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第1章「魔界に沈んだ町」
第1章第2節「魔界に沈んだ町」
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「はぁ? またわけもなく線路をとぼとぼ歩いてたわけ? セツナも飽きないね、どうせ町の外にゃ出られないってのに」
車が一台も置かれていないガレージ。無駄に広々とした空間を最大限に活用した結果置かれたソファで、足を組んでくつろいでいたのはセツナだ。これだけ大きな態度を取っているセツナだが、ガレージの持ち主は先ほどからガミガミとうるさい声の主の方だ。
「暇さえあれば、錬金術とか言っておかしな実験してるマリーには言われたくない」
金髪と白衣に白いガーターストッキングという特徴的な出立ちの少女の名は、マルグリット・グランチェスター。本人は愛称であるマリーと呼ばれることを好んでおり、セツナも素直にそう呼んでいる。なんと言っても目を引くのはその外見だが、それに恥じぬ胡散臭い職を名乗っている。というのも、自分は錬金術師の末裔だというのだ。
広々としたガレージの隅には作業台が並べられていて、錬金術に用いられるであろう道具が整理されている。素人であるセツナから見ても奇妙なものばかりで、ホルマリンに漬けられた薬草や空っぽのフラスコ、不透明な水晶玉に分厚い書物などが並べられているようだ。
そんな作業台の近くの床に放り投げられていた本を拾い、ペラペラとめくりつつマリーは言う。
「あたしだって忙しいんだよ。分かるだろ? 町の外に出る方法を探すためにいろいろやってさ」
町の外に出るために。──どうせ町の外にゃ出られない──先ほどの発言とは矛盾しているようにも聞こえるが、結局はそこに行き着く。セツナやマリーのような生存者たちは皆、この町から出ることをどれだけ僅かであろうと望んでいるのだ。
「それなら、私と大して変わらないじゃん」
バカ言え、とマリーは間髪入れずに訂正する。
「あたしは錬金術師の末裔として、代々伝わる錬金術っつう手法に則してるんだ。あんたみたいな夢遊病と一緒にされたくないね」
はいはい、とセツナは適当に肯定する。事実として、彼女たちの住む町が置かれている状況についてマリーはかなり詳しかった。と言っても、全ては仮説の話ではあるが。
「それで、成果はあったの?」
さぁね? とマリーはわざとらしく肩を竦めると作業台に腰を寄せて足を組む。
「人間ってのは昔から安直な生き物だよな。理解できない訳の分からないものを見ると、魔力や神の力をあてがって理解したつもりになる。そうやって、神話や伝説が生まれた」
神話というものはいつの時代にも存在し、人々の拠り所となってきた。とはいえ、それらは俗に言うオカルトの括りにもなっている。
「それ、錬金術師が言うセリフじゃないね」
セツナからすれば、錬金術も神話といったオカルトと大差ない。信じる信じないは別として、根拠のない非科学だとも言える。
「チッチッチッ、分かってないね。神話や伝説は単なる御伽噺なんかじゃない。基となる理解を超えた存在があるからこそ、それを語り継ごうとして生まれる。つーことは、それは紛れもない真実ってわけ」
時に、空想上の存在が実在したと分かることもある。かつて繁栄していた恐竜は、誰も見たことのない空想上の存在に過ぎない。それが実在すると言い切れるのは、彼らの化石が見つかったからである。
つまり、どれだけ荒唐無稽な話であろうと存在する根拠さえあれば、可能性を証明することができるのだ。
「パラダイムシフトが起きた後にこの町で見つかった『魔剣ライフダスト』も本物って言いたいの?」
実はアトランティスにおいて、ある魔剣が発見された。世界に伝わるレミューリア神話によると、それは魔剣ライフダストというらしい。これもまた、神話が実在したという根拠になり得るのだ。
「レミューリア神話に登場する生命を司る魔剣ライフダスト。確かにあれは実在したけど、問題はそこじゃない。どうして天国にあるはずの魔剣がこの町で見つかったのか」
セツナたちはアトランティスに閉じ込められている。そんな町から発見された神話の遺物。
二つの事実を重ね合わせることで、見えてくるものがある。当然というべきか、謎から導き出されるものは信じられないような謎だった。
「アトランティスは天国に沈んだから」
半ば吐き捨てるようにセツナは告げた。それは自分があまりにもくだらないことを言っているという自覚から来るものだ。
「町の外に出られない現象も、今まではなかった黒い太陽が出てきたのも、それなら説明がつく」
神話によれば天国にあるとされる魔剣が見つかったから、町は天国にある。そう結びつけるのは安易で突拍子もない考えかもしれない。いや、事実そうなのだろう。いつだって、語り継がれる物語というのはそうした安易な考えのもとに成り立っているのだから。
「でも、ここが本当に天国?」
マリーの反論は尤もだ。天国といえば、死者が行くとされる楽園で苦しみのない安らぎの場所。とてもではないが、アトランティスがそうとは思えない。
「天国ってもっと良いところだと思ってたのに、あたしたちは外に出ることもできずに閉じ込められてる。そりゃ元々活気のある町じゃなかったけど、人はどんどん消えてってる。これじゃあ天国じゃなくて地獄みたいだ」
事実として、町の外につながっているはずの線路を歩いても同じ景色が続くだけ。寂しげな駅で待っていても、鉄道は一度もやってこない。加えて、町の中を行き交っていた人々は徐々に姿を消している。食料も満足に調達できない状況下なこともあって、彼らの行く末については考えたくもない。
マリーの言う通り、アトランティスが置かれている状況はとても天国と言えるものではなかった。
そう。天国というより――――
「地獄かも」
セツナの声に通う芯の冷たさ。自嘲的な言葉なのだろうが、マリーにはそれ以上のものにさえ聞こえた。
「え、もしかしてマジで言ってる?」
俯いたままのセツナの表情をおそるおそる伺うマリー。
向けられた視線に気づいたのか、セツナは一瞬だけ目を合わせる。すぐに逸らしたが、彼女は微かに笑ってこう答えた。
「冗談だよ」
「あはは、だよな。まったく驚かせやがって」
冗談だったと知り、マリーは安心して笑った。
彼女たちが置かれている状況は決して良いものではない。神話の遺物が見つかったことを抜きにしても、実際に起きている現象は彼女たちを追い詰めるに足るものだ。黒い太陽の下に閉じ込められたことでノイローゼを起こしてしまったとしてもおかしくはない。町の外に出られないということは、食料や生活用品の流通も断たれたことを意味する。今まで通りの生活を送ることは、もうできないのだから。
励まし合うことなんて柄でもないが、マリーにとってセツナは貴重な話し相手だ。彼女なりに色々と心配はしている。もしセツナが精神的に追い詰められているのなら、力になりたい。そう思っていたが、微かでも笑みを見せてくれたなら心配は杞憂だったのだろう。
「とにかく、レミューリア神話が真実だとすればアトランティスが置かれている状況には説明がつく」
空気も多少和んだところで、マリーは脱線した話を戻す。
「伝承によると、天国と地獄は魔界にあるらしい。そしてこの町で見つかったのは天国を作り上げたっていう『魔剣ライフダスト』。ここが天国か地獄かはさておき、要はアトランティスは魔界に囚われちまったと考えられるわけ」
世界に起きている謎を解くことは、町の外に出ることに繋がる。彼女たちはそのために、パラダイムシフトやレミューリア神話について独自の調査を続けていた。
何もせずに助けか死を待つよりも、有意義な過ごし方だと信じて。
「で、それだけ?」
しかし、セツナの反応はマリーにとって予想外だった。
マリーはレミューリア神話にまつわる文献を読み漁り、一つの真実に辿り着いたのだ。それを大々的に発表したにも関わらず、素っ気ない反応を受けて動揺するのも無理はない。
「それだけって……そうだよ。驚かないのか……? 総督府の連中や町のみんなが知ったらおったまげるぞ?」
バツが悪そうなマリーを見て、セツナは半ば呆れ気味に言う。
「驚くもなにも、アトランティスが天国と地獄のある魔界に飛ばされたっていう可能性の話はもう散々したし」
忘れるわけがない。いくら衝撃的な話をされようとも、何度も聞かされる内に慣れることもある。二人はアトランティスが置かれている状況については幾度も語り尽くしてきた。パラダイムシフトが起きてから何日が経過したのかもはや数えてもいないが、可能性については余地が無くなるほど議論を交わしてきたのだ。
「それはそうだけど。今までのはあくまでも可能性の話。それが事実だったって言ってるんだよ?」
マリーに言わせれば、明確に違うのは事実か可能性かという点。額面通りに受け取れば、確かに大きな進歩と言うこともできるだろう。
だがセツナに言わせれば、町が置かれている状況の謎については既に結論が出ていると確信していた。そうでないと、説明がつかないから。それは紛れもなく、二人の議論が常に同じ可能性を導き出していたことにも根拠があった。
つまり、アトランティスは魔界に沈んだのだと。
「結局は、それ以上のことは何も分からなかったんだね」
諦めて負けを認めさせようとする口ぶりに、マリーはシビレを切らしたのか作業台から腰を離してソファの方へ向かう。
「あのさ、こちとらわざわざ図書館に行ってレミューリア神話に関する書物を片っぱしから持ち出してきたんだけど。それなのに誰かさんときたら意味もなく線路をぶらついてるんだって?」
嫌味っぽい言い方に、セツナは少しだけ眉を動かす。ソファに座っている自身を見下ろすマリーを見上げ、セツナは一つだけ言い返す。
「一応言っておくけど、私だって好きでやってるわけじゃない。イヴがどうしてもって言うから」
「またそれかよ……」
いったいどんな言い訳が出てくるかとも思えば、それは聞き飽きたものだった。
「はぁ、目に見えない空想上のお友達には甘いなんて寂しいやつだな。え? しかも子供なんてタチの悪い……どれどれ」
マリーは捲し立てながらしゃがむと、セツナのお腹に向かって話しかけた。
「はろ~僕ちゃん、お散歩は楽しかったでしゅか~?」
「ちょっと」
お腹に触ろうと伸ばされた手を払い除けるセツナ。
対して、マリーは立ち上がると頬を膨らませて腕を組んだ。
「いいもん。膨れてすらない腹に話しかけるなんて虚しいこと、こっちから願い下げだっての。べーっ、だ!」
思いつく限りの文句をラジオの如く垂れ流す。すっかり拗ねた様子で目を閉じて、耳だけを傾ける。弁明すれば許すかはさておき、彼女なりに隙を見せてくれているのだろう。
すると、セツナは背もたれにかけていたマフラーを拾いソファから立ち上がった。聞こえる音からマリーも動きを察していたが、予測に反して彼女は言い返すでもなくマリーの横を通り過ぎる。すれ違う風と共に、短い言葉を残して。
「邪魔したね」
「え、もう帰っちゃうの?」
声に振り返っても、見えるのは遠のいていく背中だけ。顔が見えない以上、単に拗ねているだけかどうかも分からない。少し言い過ぎたかと思って反省するマリーだったが、謝るだけの猶予はなかった。
「うん。気が向いたらまた来るよ」
振り返らないまま言葉を交わし、マフラーを首に巻いたセツナはガレージの出口へ向かう。シャッターは閉まっているため、基本的に出入りするのは扉だ。
「あ、あぁ。気をつけてな」
ガタン、と静かなガレージに扉の閉まる音が響く。別れの挨拶は、きっと彼女の耳には届かなかっただろう。
車が一台も置かれていないガレージ。無駄に広々とした空間を最大限に活用した結果置かれたソファで、足を組んでくつろいでいたのはセツナだ。これだけ大きな態度を取っているセツナだが、ガレージの持ち主は先ほどからガミガミとうるさい声の主の方だ。
「暇さえあれば、錬金術とか言っておかしな実験してるマリーには言われたくない」
金髪と白衣に白いガーターストッキングという特徴的な出立ちの少女の名は、マルグリット・グランチェスター。本人は愛称であるマリーと呼ばれることを好んでおり、セツナも素直にそう呼んでいる。なんと言っても目を引くのはその外見だが、それに恥じぬ胡散臭い職を名乗っている。というのも、自分は錬金術師の末裔だというのだ。
広々としたガレージの隅には作業台が並べられていて、錬金術に用いられるであろう道具が整理されている。素人であるセツナから見ても奇妙なものばかりで、ホルマリンに漬けられた薬草や空っぽのフラスコ、不透明な水晶玉に分厚い書物などが並べられているようだ。
そんな作業台の近くの床に放り投げられていた本を拾い、ペラペラとめくりつつマリーは言う。
「あたしだって忙しいんだよ。分かるだろ? 町の外に出る方法を探すためにいろいろやってさ」
町の外に出るために。──どうせ町の外にゃ出られない──先ほどの発言とは矛盾しているようにも聞こえるが、結局はそこに行き着く。セツナやマリーのような生存者たちは皆、この町から出ることをどれだけ僅かであろうと望んでいるのだ。
「それなら、私と大して変わらないじゃん」
バカ言え、とマリーは間髪入れずに訂正する。
「あたしは錬金術師の末裔として、代々伝わる錬金術っつう手法に則してるんだ。あんたみたいな夢遊病と一緒にされたくないね」
はいはい、とセツナは適当に肯定する。事実として、彼女たちの住む町が置かれている状況についてマリーはかなり詳しかった。と言っても、全ては仮説の話ではあるが。
「それで、成果はあったの?」
さぁね? とマリーはわざとらしく肩を竦めると作業台に腰を寄せて足を組む。
「人間ってのは昔から安直な生き物だよな。理解できない訳の分からないものを見ると、魔力や神の力をあてがって理解したつもりになる。そうやって、神話や伝説が生まれた」
神話というものはいつの時代にも存在し、人々の拠り所となってきた。とはいえ、それらは俗に言うオカルトの括りにもなっている。
「それ、錬金術師が言うセリフじゃないね」
セツナからすれば、錬金術も神話といったオカルトと大差ない。信じる信じないは別として、根拠のない非科学だとも言える。
「チッチッチッ、分かってないね。神話や伝説は単なる御伽噺なんかじゃない。基となる理解を超えた存在があるからこそ、それを語り継ごうとして生まれる。つーことは、それは紛れもない真実ってわけ」
時に、空想上の存在が実在したと分かることもある。かつて繁栄していた恐竜は、誰も見たことのない空想上の存在に過ぎない。それが実在すると言い切れるのは、彼らの化石が見つかったからである。
つまり、どれだけ荒唐無稽な話であろうと存在する根拠さえあれば、可能性を証明することができるのだ。
「パラダイムシフトが起きた後にこの町で見つかった『魔剣ライフダスト』も本物って言いたいの?」
実はアトランティスにおいて、ある魔剣が発見された。世界に伝わるレミューリア神話によると、それは魔剣ライフダストというらしい。これもまた、神話が実在したという根拠になり得るのだ。
「レミューリア神話に登場する生命を司る魔剣ライフダスト。確かにあれは実在したけど、問題はそこじゃない。どうして天国にあるはずの魔剣がこの町で見つかったのか」
セツナたちはアトランティスに閉じ込められている。そんな町から発見された神話の遺物。
二つの事実を重ね合わせることで、見えてくるものがある。当然というべきか、謎から導き出されるものは信じられないような謎だった。
「アトランティスは天国に沈んだから」
半ば吐き捨てるようにセツナは告げた。それは自分があまりにもくだらないことを言っているという自覚から来るものだ。
「町の外に出られない現象も、今まではなかった黒い太陽が出てきたのも、それなら説明がつく」
神話によれば天国にあるとされる魔剣が見つかったから、町は天国にある。そう結びつけるのは安易で突拍子もない考えかもしれない。いや、事実そうなのだろう。いつだって、語り継がれる物語というのはそうした安易な考えのもとに成り立っているのだから。
「でも、ここが本当に天国?」
マリーの反論は尤もだ。天国といえば、死者が行くとされる楽園で苦しみのない安らぎの場所。とてもではないが、アトランティスがそうとは思えない。
「天国ってもっと良いところだと思ってたのに、あたしたちは外に出ることもできずに閉じ込められてる。そりゃ元々活気のある町じゃなかったけど、人はどんどん消えてってる。これじゃあ天国じゃなくて地獄みたいだ」
事実として、町の外につながっているはずの線路を歩いても同じ景色が続くだけ。寂しげな駅で待っていても、鉄道は一度もやってこない。加えて、町の中を行き交っていた人々は徐々に姿を消している。食料も満足に調達できない状況下なこともあって、彼らの行く末については考えたくもない。
マリーの言う通り、アトランティスが置かれている状況はとても天国と言えるものではなかった。
そう。天国というより――――
「地獄かも」
セツナの声に通う芯の冷たさ。自嘲的な言葉なのだろうが、マリーにはそれ以上のものにさえ聞こえた。
「え、もしかしてマジで言ってる?」
俯いたままのセツナの表情をおそるおそる伺うマリー。
向けられた視線に気づいたのか、セツナは一瞬だけ目を合わせる。すぐに逸らしたが、彼女は微かに笑ってこう答えた。
「冗談だよ」
「あはは、だよな。まったく驚かせやがって」
冗談だったと知り、マリーは安心して笑った。
彼女たちが置かれている状況は決して良いものではない。神話の遺物が見つかったことを抜きにしても、実際に起きている現象は彼女たちを追い詰めるに足るものだ。黒い太陽の下に閉じ込められたことでノイローゼを起こしてしまったとしてもおかしくはない。町の外に出られないということは、食料や生活用品の流通も断たれたことを意味する。今まで通りの生活を送ることは、もうできないのだから。
励まし合うことなんて柄でもないが、マリーにとってセツナは貴重な話し相手だ。彼女なりに色々と心配はしている。もしセツナが精神的に追い詰められているのなら、力になりたい。そう思っていたが、微かでも笑みを見せてくれたなら心配は杞憂だったのだろう。
「とにかく、レミューリア神話が真実だとすればアトランティスが置かれている状況には説明がつく」
空気も多少和んだところで、マリーは脱線した話を戻す。
「伝承によると、天国と地獄は魔界にあるらしい。そしてこの町で見つかったのは天国を作り上げたっていう『魔剣ライフダスト』。ここが天国か地獄かはさておき、要はアトランティスは魔界に囚われちまったと考えられるわけ」
世界に起きている謎を解くことは、町の外に出ることに繋がる。彼女たちはそのために、パラダイムシフトやレミューリア神話について独自の調査を続けていた。
何もせずに助けか死を待つよりも、有意義な過ごし方だと信じて。
「で、それだけ?」
しかし、セツナの反応はマリーにとって予想外だった。
マリーはレミューリア神話にまつわる文献を読み漁り、一つの真実に辿り着いたのだ。それを大々的に発表したにも関わらず、素っ気ない反応を受けて動揺するのも無理はない。
「それだけって……そうだよ。驚かないのか……? 総督府の連中や町のみんなが知ったらおったまげるぞ?」
バツが悪そうなマリーを見て、セツナは半ば呆れ気味に言う。
「驚くもなにも、アトランティスが天国と地獄のある魔界に飛ばされたっていう可能性の話はもう散々したし」
忘れるわけがない。いくら衝撃的な話をされようとも、何度も聞かされる内に慣れることもある。二人はアトランティスが置かれている状況については幾度も語り尽くしてきた。パラダイムシフトが起きてから何日が経過したのかもはや数えてもいないが、可能性については余地が無くなるほど議論を交わしてきたのだ。
「それはそうだけど。今までのはあくまでも可能性の話。それが事実だったって言ってるんだよ?」
マリーに言わせれば、明確に違うのは事実か可能性かという点。額面通りに受け取れば、確かに大きな進歩と言うこともできるだろう。
だがセツナに言わせれば、町が置かれている状況の謎については既に結論が出ていると確信していた。そうでないと、説明がつかないから。それは紛れもなく、二人の議論が常に同じ可能性を導き出していたことにも根拠があった。
つまり、アトランティスは魔界に沈んだのだと。
「結局は、それ以上のことは何も分からなかったんだね」
諦めて負けを認めさせようとする口ぶりに、マリーはシビレを切らしたのか作業台から腰を離してソファの方へ向かう。
「あのさ、こちとらわざわざ図書館に行ってレミューリア神話に関する書物を片っぱしから持ち出してきたんだけど。それなのに誰かさんときたら意味もなく線路をぶらついてるんだって?」
嫌味っぽい言い方に、セツナは少しだけ眉を動かす。ソファに座っている自身を見下ろすマリーを見上げ、セツナは一つだけ言い返す。
「一応言っておくけど、私だって好きでやってるわけじゃない。イヴがどうしてもって言うから」
「またそれかよ……」
いったいどんな言い訳が出てくるかとも思えば、それは聞き飽きたものだった。
「はぁ、目に見えない空想上のお友達には甘いなんて寂しいやつだな。え? しかも子供なんてタチの悪い……どれどれ」
マリーは捲し立てながらしゃがむと、セツナのお腹に向かって話しかけた。
「はろ~僕ちゃん、お散歩は楽しかったでしゅか~?」
「ちょっと」
お腹に触ろうと伸ばされた手を払い除けるセツナ。
対して、マリーは立ち上がると頬を膨らませて腕を組んだ。
「いいもん。膨れてすらない腹に話しかけるなんて虚しいこと、こっちから願い下げだっての。べーっ、だ!」
思いつく限りの文句をラジオの如く垂れ流す。すっかり拗ねた様子で目を閉じて、耳だけを傾ける。弁明すれば許すかはさておき、彼女なりに隙を見せてくれているのだろう。
すると、セツナは背もたれにかけていたマフラーを拾いソファから立ち上がった。聞こえる音からマリーも動きを察していたが、予測に反して彼女は言い返すでもなくマリーの横を通り過ぎる。すれ違う風と共に、短い言葉を残して。
「邪魔したね」
「え、もう帰っちゃうの?」
声に振り返っても、見えるのは遠のいていく背中だけ。顔が見えない以上、単に拗ねているだけかどうかも分からない。少し言い過ぎたかと思って反省するマリーだったが、謝るだけの猶予はなかった。
「うん。気が向いたらまた来るよ」
振り返らないまま言葉を交わし、マフラーを首に巻いたセツナはガレージの出口へ向かう。シャッターは閉まっているため、基本的に出入りするのは扉だ。
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