嫌われ者の強欲聖女は気まぐれで助けた爽やか系執着聖騎士様に懐かれています

柳葉うら

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プロローグ

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「――はい、傷が塞がったからもう大丈夫だよ」

 私は治療していた人物にかざしていた手を離し、そのまま思いきり伸びをする。
 この連日は魔物討伐で岩山で野宿したうえに戦場を駆けまわっているし、治癒魔法を酷使し続けたせいで体が重くてしかたがない。

「あ~、疲れた」
 
 聖女だって人間だもの。
 たくさん魔法を使えば疲れるのだから、少しは休憩させてほしい。

 私は物心がつく頃には孤児院にいて、十歳になった年に神官がやってきて魔力測定をした時に光属性の魔力があるとわかると聖女として神殿に連れていかれ、それからずっとこき使われ続けている。
 
 この国――カロス王国の国民は誰もが魔法を使うことができるのだけど、使える属性魔法は人それぞれ異なるから一定の年齢になると神官に測定してもらうことが義務付けられている。
 大多数が一つの属性魔法しか使えないけど、稀に三属性使える人もいるらしい。

(私も三属性使いがよかったなぁ……そうしたら、高給取りの魔導士になれたのに……)

 光魔法も十分珍しいのに、私のような孤児院出身の聖女は安月給で働かされる。 
 神殿で祈りを捧げたり祭典で華々しい演出をする聖女はみんな貴族家出身の聖女だけ。

 ちなみに私は一番過酷な配属先と言われている魔物討伐<女神の翼>付きの聖女で、そこに所属している聖騎士たちと一緒に魔物討伐に駆り出される毎日を送っている。
 
「はぁ……毎日身を粉にして働いているんだから、少しは労わってほしいよ」
 
 ぼやきながら腕を回している私に、先ほど治療したばかりの人物――私と同じ部隊に所属している聖騎士が突然立ち上がると、深々と頭を下げた。
 
 彼――ハロルド・ウェントワースは風変わりな騎士で、銀色の髪をボサボサと伸ばしており、とくに前髪が長くて顔のほとんどが隠れてしまっている。
 そんな状態では歩くどころか剣を持って魔物と戦うのは難しいだろうに、出会った時から今までずっとそのスタイルを維持している。

 年齢は私と同じくらいらしいけれど、なんせ長い前髪で顔が隠されているせいで見た目では年齢がわからない。

「あ、あの……ヘザー様に無駄な労力をかけてしまって、すみませんでした……」

 私のぼやきを聞いて責任を感じたのか、ハロルド様がオドオドとした声で謝罪の言葉を口にする。
 ただの呟きだというのに、真剣に受け止めてしまったらしい。

 愚痴や文句を言われるのには慣れているけれど、謝られることは滅多にないから調子が狂う。
 
「謝らないでよ。あなたたち聖騎士を治癒するのが私の仕事なんだから」
「ですが、魔物との戦闘でできた傷ではなかったのでヘザー様に治していただくべきではありませんでした。それに、私なんかのために力を使わせてしまい申し訳ないです……」

 教えてくれなくても、その現場を見ていたから知っている。
 彼の怪我は魔物ではなく――聖騎士の先輩の仕業でできたものだった。

 スラリとして背が高く、手入れをすれば輝きそうな銀色の髪を持っているのに、このぶ厚い前髪の壁と気弱そうな話し方のせいで目をつけられてしまっているのだ。
 
(それに彼は、『ウェントワース家が神に捧げた生贄』だから……彼に暴力を振っても実家から報復を受けないとわかっているから、平気で傷つけるのね……下劣だわ)
 
 ハロルド様はこの国――カロス王国の宰相であるウェントワース伯爵の庶子で、彼の存在を邪魔に思ったウェントワース伯爵夫人が裏で手を引き、聖騎士団の中でもとりわけ危険な任務を任されるこの<女神の翼>部隊に配属させられたそうだ。

 <女神の翼>部隊――私が専属聖女として所属しているこの部隊は、凶悪な魔物の討伐の担うから常に死との隣り合わせで、聖騎士団では最も人気がない部隊だ。
 
 実家から疎まれているハロルド・ウェントワースは聖騎士団の中にいるたちの悪い連中の格好の獲物にされているし、彼らに絡まれているところを見かけても周囲の人間は助けようとしない。
 
(神官も聖女も聖騎士も、口先では崇高なことを言っているけど中身はただの人間なのよね)
 
 女神の信仰よりも自分たちの明日の生活のことを一番に考えて動いているのだから。

(まあ、私もその人間のうちの一人なのだけど)
 
 私はそっと溜息をついて彼を見上げる。

「……無駄とは思っていないよ。それとも、私に余計な世話だと遠まわしで言っているの?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
 
 慌てて頭を横に振った彼の前髪が乱れて、隠れていた水色の瞳がちらりと見えた。

(んんっ?!)
 
 少しだけ垣間見れた素顔に目が釘付けになる。
 
 髪と同じ銀色の長く繊細な睫毛に縁どられている目は、少し目尻が下がり気味だからなのか優しそうな雰囲気がある。
 銀色の眉毛は形が整っているし、鼻筋はもすっと通っていて彫りが深い。
 
(この人……本当はものすごく、イケメンなのでは?!)

 せっかくの美貌を隠しているのは勿体ない……と言うのは口実で、隠されているものを見てみたいという好奇心が湧いた。

(それなら暴いてやろうじゃないの!)
 
 私は下げていた鞄の中から鋏を取り出し、彼に向き直る。

 にっこりと聖女らしい微笑みを浮かべてみせると、ハロルド様はぶるぶると震える。

「ハロルド様、じっとして! その鬱陶しい前髪を斬ってあげるだけだから!」
「え、ええと……ヘザー様が散髪を?」
「腕は確かだから安心して! この前髪が騎士様の魅力を半減していてもったいないの!」

 髪を切るのは慣れている。自分の髪を自分で切っているし、遠征中に聖騎士や協力で来てくれている魔導師たちの髪を切って小遣い稼ぎをしているから、それなりに上手だと自負している。
 
 私は震える聖騎士見習い様を笑顔の圧で大人しくさせて、彼のパサパサの前髪を鋏で切る。
 まずは長さを短くして、それから形を整え――最後に毛先を整えた。

 顔の半分を覆っていた前髪が短くなると、彼の顔立ちがしっかり見えるようになった。
 
「うん、我ながらいい出来!」
 
 満足のいく仕上がりになって久しぶりにはしゃいでしまった。
 なんせ素顔のハロルド様は――とてつもないイケメンなのだ。
 
「思った通り、とても綺麗な顔ね」
「そう……でしょうか?」
「ええ、ハロルド様以上の美形を見たことがないって断言する!」
 
 これはお世辞ではなく本心だ。ハロルド・ウェントワースは恐ろしく顔が整っている。
 
 もう少し栄養と自信をつければ国一番の美丈夫になること間違いなしだと思う。

「ハロルド様、これからは背筋を伸ばして胸を張ってよ。あなたは聖騎士の中でも最も過酷な任務を担う<女神の翼>部隊の聖騎士なんだから、堂々としていいんだって。それに、国民を魔物から守るために命を賭して戦っているのなんてカッコいいじゃない!」
「で、ですが……私は大して取柄がないので、堂々とはできません……」
「んもう、取柄ならその顔だよ。本当に美形なんだって! なんなら、私の好みど真ん中なんだからね? だから胸を張ってください。絶対に猫背はダメだよ。はい、約束!」
 
 ずいと彼の目の前に小指を差し出すと、彼は少し逡巡した後、自分の小指を絡ませた。
 
 ハロルド・ウェントワースは照れくさそうに微笑む。
 
「ありがとうございます。聖女様に励ましていただいたおかげで力が漲ってきた気がします。……このご恩は決して忘れません」
「恩だなんて大袈裟な。私はただ、自分の職場に目の保養が欲しかっただけだし。……まあ、もし恩返ししてくれるのなら、私が窮地に立たされた時に助けてね?」
「はい、命に代えてもあなたを守ります」

 別に命までかけてくれなくていいのにと思ったけど、とりあえずスルーした。

「ふう、いい仕事をしたわね」
 
 この時、自分の腕に酔いしれている私はまだ予想すらできなかった。
 ハロルド様が後に美貌と自信を手に入れ、魔王の手下のうちの一人を倒してとある地方都市を守り抜き、男爵位と名誉を手に入れるなんて。

 そして――。
 
「――聖女ヘザー様。私は私の全てをあなたに捧げます。だからいつか、あなたに告白する機会をください」

 彼が私の後姿に向かってそう呟いていたこともまた、知る由もなかった。 
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