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強欲聖女 1

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 それから一年がたったとある日のこと。

「ヘザー、お前を神殿から追放する!」
 
 朝の祈祷のために祈りの間へ行った私は、大勢の神官と聖女と聖騎士たち――そしてなぜかこの国の王妃殿下が集うその場で、神殿長から解雇を言い渡された。

 いきなり追放だなんて冗談が過ぎると言いたいところだけど、あいにくこの神殿長は生真面目で冗談を言うような人ではない。

 この男は齢三十歳にして神殿長まで昇りつめた秀才で、超がつくほど信仰心が強い。
 真面目で正義感が強いのは神官として素晴らしいことだと思うけど、いかんせん融通が利かないから厄介な人でもある。

 私は前々から彼に目をつけられていて、折に触れて態度が悪いだの信仰心が足りないなど忠告されてきた。
 アシュリー様を見習えと言ってきたけれど、前線で戦う私と温室で祈るだけのアシュリー様を比べないでもらいたい。

「追放だなんて……いったい、私が何をしたと言うのですか?」
「フン、白々しい。お前が大聖女のアシュリー様を陥れようとしていたからに決まっている。女神様に仕える身でありながら人を陥れるなど言語道断。恥を知れ!」
 
 神殿長の言葉にどよめきが起こり、四方八方から敵意を込めた突き刺さるように鋭い視線が飛んでくる。
 
「やっぱり強欲聖女だな。欲にまみれて悪事に手を染めようとしたんだろ」
「魔物のような赤い瞳だし、絶対に何かするとは思っていたのよね。どうしてあんな魔族のような人が光属性の魔法を持っているのだかわからないわ」

 私は真っ赤な瞳と水色の髪を持って生まれてきた。
 孤児院にいた頃、養子を探しに来た大人たちは私のこの瞳を見る度に不気味だと言い、私を引き取ろうとしなかったのを覚えている。

 子ども心に大人たちからの拒絶に傷ついてはいたけれど、その度に院長が私を抱きしめて、この瞳の色や髪の色を褒めてくれたことが心の支えだった。
 
 私はそんな院長が大好きだ。血は繋がらなくても、彼女が自分の親だと思っている。

「アシュリー様を陥れようとするなんて最低ね。これだから孤児院出身の聖女は嫌なのよ」
「全くだ。アシュリー様に嫉妬したんじゃないか?」

 私が言葉を交わしたこともないアシュリー様に嫉妬しているだなんて、随分とまあ勝手なことを言ってくれる。
 
 アシュリー様は私たち聖女の頂点に立つ存在で、カロス王国の全国民から慕われている人気者だ。

 美人で艶やかなストロベリーブロンドの髪や宝石を彷彿とさせる緑色の目を持っており、美貌の大聖女として外国にも名を馳せている。
 彼女は伯爵令嬢だけど気さくな性格で誰にでも分け隔てなく接しており、聖女の鑑だと褒めそやされているのだ。
 
 そんなアシュリー様とは違い、私は強欲聖女と囁かれている。
 褒められるどころか疎まれており、この神殿で働く同僚たちの中には目が合うと睨みつけてきたり、いちゃもんを言ってくる者もいる。
 
 彼らが言うには、私がお給金の分しか働かないのは職務怠慢で、聖女の仕事内容にない依頼に追加料金を要求するのは意地汚くてみっともないらしい。
 
 中には私が密かに小遣い稼ぎをしていることに目くじらを立てている者もいるけれど、聖女は期限付きの仕事なのだから引退後に向けて蓄えを作っていてもいいではないか。
 私には財産も帰る家もないのだから、なおさらお金が必要なんだもの。

 とにかくまあ、私のそのような呼び名と悪評も相まって、いわれのない罪を着せられようとしているけど助け舟は来ない状況だ。
 寄ってたかって人を悪者に仕立て上げるなんて、本当に女神に仕える者たちなのかと疑いたくなる。

(あ~あ。こんな職場、こっちから願い下げだと言ってやりたいところだけど……まだまだ貯金が溜まっていないから、辞めさせらえるわけにはいかないんだよね……)

 世の中は金だ。生活するのはもとより、やりたいことをするためにはどうしても金が必要になってくる。
 
 だから不本意だけど、自分の将来のためにもここは堪えて、弁明するしかない。……本当は、すぐにでも出て行ってやりたいくらいだけど。

 私は溜息をついて、神殿長を睨み返す。

「神殿長、私は魔物討伐に同行している忙しい身です。それなのにアシュリー様を陥れる計画を立てられるはずがありません。まずは私の言い分も聞いた後再度調査をしてください」
「それは不要だ。お前の動向は全て王妃陛下の指示のもと国家騎士団が調べ上げた。証拠は揃っているんだ」
「……はい?」

 ここでようやく、王妃殿下が私を糾弾するためにこの場に来ているのだと理解した。

(だけど、なぜ王妃殿下が絡んでいるの?)

 王妃殿下は公爵家出身の元大聖女で、十数年前の魔王討伐で大きな功績を上げて国王陛下と結婚して王族の一員となった。
 あいにく彼女の子どもは誰も光属性の魔力を受け継がなかったようだが、姪にあたるアシュリー様が光属性の魔力を持っていて聖女になったから彼女に会いに度々この神殿を訪ねているという話を聞いたことがある。
 
「王妃殿下の前で図が高いぞ。跪け!」
「痛っ……」
 
 神殿長の言葉に呼応するように神殿警備隊の聖騎士に拘束されて、その場で無理やり跪かされる。
 突然のことでバランスを崩して膝を打ちつけてしまい、皮膚が擦り切れる痛みを感じた。
 
 痛みに顔を顰めていると、頭上からふっと影が落ちてきた。
 見上げた先にいたのは不機嫌な神殿長と不安そうな表情のアシュリー様、そして――扇子で口元を隠して私を睨みつけている王妃殿下だ。

 王妃殿下は燃えるように赤い髪を結い上げ、白地に金糸と宝石を縫い付けた豪奢なドレスを着た壮年の女性。
 私が自分の可愛い姪を害そうとしたと勘違いしているからなのか、彼女の緑色の目は吊り上がっていて強い敵意が宿っている。
 
 しかし彼女は一瞬にしてその敵意を仕舞い込むと、憐憫を滲ませた眼差しにさっと変わった。
 
「ヘザー、あなたがしたことは決して許される事ではないわ。だけどあなたはアシュリーを蹴落とそうと画策するほど前線での戦いで追い詰められていたのよね? 可哀想に……」

 王妃殿下はそう言うと、私の目の前まで歩み寄ってしゃがんだ。

 罪人に慈悲深い言葉をかける王妃を称賛する囁きが囁かれてざわざわとする中、私は王妃殿下がくすりと笑う声を確かに聞いた。

「――いい気味だわ。あなたって本当に、あの女にそっくりで目障りだったのよ」
「えっ……?」
 
 王妃殿下は私の耳元でそう呟くと、まるで私のために祈っているかのように手を胸の前に組む。
 周囲の人たちはそんな彼女を、罪人にも祈りを捧げる心優しい王妃だと思っているようだけど、私は先ほどの言葉を聞いてしまっただけに恐ろしい呪いをかけられているような気がした。

 理由はわからないけれど、私は王妃殿下の不興を買って――陥れられたようだ。
 
「アシュリー様を害そうとした罪は重い。本来なら処刑すべきだが、慈悲深いアシュリー様が処刑を望まなかったから解雇だけで済んだこと、アシュリー様に感謝しろ」

 神殿長もグルなのだろうかと思うものの、生真面目で融通が利かない性格の彼がそのようなことをするとは考えにくい。

 私に残された道はただ一つ……無罪を主張するだけ。
 
「あの、私は本当に何もしていません」
「しらばっくれるな。アシュリー様の部屋に魔物を呼び寄せるの香を置いたのはお前だろう!」
「本当に身に覚えがないんです。詳細に調査してください」
「お前の部屋から香の破片が出てきたぞ。それに、商人への取り調べで、お前が香を買ったという証言もとれている!」

 断じて私は商人には会っていない。
 商人とは貴族を相手に商売する生き物なのだから、聖女とはいえ家名のない私に物を売るはずがないのだ。

「まったく、証人に金を握らせてそう言わせたんですか? はっきり言って、私は人を殺す道具を買うくらいなら貯金して老後の資金にしたいくらいです」
「往生際が悪いぞ、この強欲聖女め。今すぐここから立ち去れ!」

 私が犯人だと信じて疑わない神殿長が怒りに顔を真っ赤にしてしまってブルブルと震えている。
 これ以上の訴えは刺激になってしまい、事態がさらに悪化してしそうな予感がした。

 身に覚えのない罪を着せられて悔しいけれど、私にできるのはここまでなのだろう。
 
(はぁ、ここまでなのかぁ……私、これからどうなるのかな?)

 住む場所と新しい仕事を見つけなければならないけれど、神殿を追放された聖女という噂が流れると雇ってもらえなさそうだ。
 
 ――女神様が見ているなら今すぐに助けてほしい。
 
 恨みがましい気持ちで女神像を見上げたその時、聖騎士たちがいる方向からどよめきが聞こえて顔を向ける。

 そこには一年前とはすっかり変わって、すらりと背が高く精悍な顔立ちをしたハロルド様が人並みを掻き分けて前に出てきていた。
 
 素顔を晒すようになった彼の美貌に王国中の女性が虜になっており、彼を一目見ようと魔物討伐についてきた女性もいるくらいだ。
 それに彼は魔王の手下のうちの一人を倒してとある地方都市を守り抜き、国王陛下から男爵位を賜った英雄でもある。

 美貌の英雄は私に歩み寄ると、片手を差し出して蕩けるような微笑みを浮かべる。

「ヘザー様、民の聖女をお辞めになるのでしたら――ぜひとも私だけの聖女様になっていただけませんか?」
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