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魔王の娘 2

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 ハロルド様と魔王の戦いはまだまだ止まず、城内の壁やら床やらを破壊しながら延々と剣を交えている。

「二人とも、いい加減止めなよ……」

 遠巻きにその様子を眺めている私の視界の端に、小さな紫色の塊が入り込んでくる。

「ん?」

 気になって振り向くと、いつの間にか現れた紫色の毛玉がその場でピョコピョコと飛び跳ねているではないか。

「何あれ?」
 
 じっと目を凝らすと毛玉にはつぶらな赤い目があり、どうやらただの毛の塊ではなく生き物のようだ。
 
 赤い目を持っているから、生き物の中でも魔物に分類されるものだろう。

 毛玉はハロルド様と魔王に気を取られているようで、私の存在には気づいていない。

(よ~し、暇つぶしに捕まえてみるか)
 
 私は足音を忍ばせてソロリと毛玉に近づいてみるけれど、どんなに近づいても毛玉は私に気づかない。

 魔物にしてはずいぶんと鈍感だし無防備で、すぐにでも他の魔物に食べられてしまいそうだ。
 果たしてこの毛玉は魔界で生きていけるのだろうかと不安になる。

 とはいえ狩りに同情は不要だ。
 私は一気に距離を詰めて、毛玉に手を伸ばし――片手で掴んで捕らえた。
 
「隙ありぃぃぃぃっ!」
「ギギッ! ピギャーッ!」

 毛玉が逃げ出そうとするから両手でガッチリと捕まえる。

「意外と触り心地がいいな……毛皮を剥いで商人に売れば高くついたりして?」
「キイィィィィ」
 
 毛玉は私の言葉がわかるらしい。
 目に涙を浮かべてブルブルと震え上がると、死に物狂いで藻掻いて私の手からすり抜けてしまった。
 
「ピギッ! ピャァァァッ!」
「あ、待ちなさい!」
「ギャギャッ!」
 
 床に降り立った毛玉は跳ねながら逃げる。

 その後を追いかけていると、大広間の扉が開き――黒のマーメイドドレスを着た女性が中に入ってきた。

 透き通るような白い肌や波打つ水色の髪、ぱっちりと大きな目の色は紫水晶――遠目から見てもわかるくらい美人だ。

 彼女のもとに毛玉が駆けより、その場で飛び跳ねてピィピィと鳴いて何やら訴えかけている。
 
「あら、ルシファー! 姿を見ないと思ったら、ここにいたのね」
「ピギッ!」

 黒のマーメイドドレスの女性は毛玉もといルシファーを見てにこにこと柔らかく微笑んだ。
 
 鈴を転がすような澄んだ声で、魔王城の住人だとは思えないほど優しそうな口調だ。

 もしかすると、ルシファーはあの女性が飼っている魔物か使い魔なのかもしれない。
 
(……いや、待てよ。ルシファーってまさか、魔王の手下と言われているあのルシファー?!)
 
 私の記憶が正しければ、ルシファーとは魔王の右腕と言われていた悪魔ではなかっただろうか。

 かつて神殿で読んだ記録では、過去に魔王討伐へ向かった部隊の半分物勢力を削いだ恐ろしい悪魔で大聖女――当時の王妃殿下に倒されたと書いていた。

(きっと同じ名前を付けられただけよね? だって、さっき私に素手で捕まえられたくらい弱いんだもの)
 
 魔王の右腕だったルシファーなら私が手でつかむ前に気づいて攻撃してくるはずだし、あれはただの毛玉だろう。

「キイィィィィ!」
「ふふ、カーティスを探してここに来たのね?」
「ピギッ! ピャァァァッ!」
「そうねぇ、カーティスはいつも神出鬼没だから探すのが大変ね」

 女性はおっとりとした調子でルシファーに相槌を打っている。

 ルシファーは飛び跳ねながら私の顔をチラチラと見ているからきっと私のことを言いつけているはずなのだけど、女性はそのことに気づいていないから、もしかするとルシファーの言葉を理解していないのかもしれない。

(まあ、翻訳でもしない限りあの鳴き声で何を言っているのかまではわからないわよね……)
 
 全身全霊で私から受けた仕打ちを言いつけようとしていたルシファーもそれを悟ったのか、力なくその場に落ちてコロンと転がった。
 その姿に哀愁がただよっているものだから、少し同情してしまう。

 女性は転がっているルシファーを見て「可愛い」と呟くと、紫色の瞳をハロルド様と魔王に向けた。
 
「ねぇ、カーティス。そのお方は人間のお客様? 二人で何をしているの?」
「フ、フローレア! 違うんだ、この鼠が入り込んできたから追い返そうとしているところだったんだよ」
 
 カーティスと名前を呼ばれた魔王は剣を力いっぱい振ってハロルド様を退けると、女性――フローレアさんのもとに飛ぶように駆け寄った。

(フローレアということは……あの人が私の……母親?)

 魔王は私がフローレアさんに似ていると言っていたけれど、あんなにも綺麗な人に自分が似ているとは思えない。
 髪の色が同じなだけではないだろうか。

 魔王はフローレアさんを抱き寄せると、彼女の額にチュッっとキスをした。
 かなり溺愛しているようで、彼女を見る瞳がすっかり蕩けてしまっていて魔王の気迫を感じられない。
 
「ヘザーを……俺たちの娘を連れて来たんだ――ほら、あそこにいる美人がヘザーだよ。大きくなっているけど、わかるだろう?」

 そう言い、魔王が私の方を見る。

 フローレアさんもつられて顔を私の方に向けて――両手で口元を覆った。

「……っ、ヘザー……!」
 
 喉から絞り出すような声で私の名前を呼ぶと、魔王の腕から抜け出して駆け寄ってきた。

「本当にヘザーだわ! 丸くて広いおでこが変わらない……瞳の色はカーティスにそっくりで、紅玉ルビーみたいに綺麗……無事で良かった。こんなにも大きくなったのね……」

 フローレアさんは目にいっぱいの涙を浮かべ、私の頬にそっと手で触れる。

 もしも本当の親が私を見つけて、喜んでくれたら――。

 孤児院に居た頃にその夢を抱かなかったわけではない。
 だけど二人は現れず、幼い私の希望は徐々に砕けていった。
 
 それなのに両親に望みを抱かなくなった今では、父親を名乗る人物が私を迎えに来て、母親を名乗る人物がこうして涙を浮かべて再会を喜んでくれるなんて皮肉なものだ。

(幼い頃なら、素直に二人の気持ちを受け入れられたのかもしれないけれど……)
 
 愛おしそうに私を見つめる眼差しに心が落ち着かなくて、私は彼女の手を振り払った。

「違う……私の家族は院長だけだもん……」
「……っ」
 
 フローレアさんは傷ついたような表情を浮かべた。
 
 いたたまれなくなった私は開いている扉から外に出て――フローレアさんたちから逃げた。
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