4 / 18
魔王の娘 1
しおりを挟む
「ようやく見つけたぞ、俺の娘――」
黒い靄の中から現れた男性はそう言うと、ニイッと不敵に微笑んだ。
凶悪な魔物や魔王の手下を相手に討伐していた時とは比べものにならないくらいの威圧感に圧倒される。
王妃殿下はこの人が現れた時に魔王が出てきたときと同じと言っていたのを聞いたからなのか、超越した存在のように思えてしまう。
「ヘザー様!」
ハロルド様の焦った声が聞こえてハッとすると、まるで私を捕らえようとしているかのように黒い靄が近づいて取り囲んできた。
目の前の景色があっという間に黒に染まり、飲み込まれてしまうのではないかと思うと恐怖に震える。
成す術もなくぎゅっと目を閉じると、手を握っていたハロルド様が私を引き寄せて、黒い靄から庇うように抱きとめる。
「ここは……もしかして魔王城?」
呆然としたハロルド様の声が耳に落ちてきて目を開けると、いつの間にか私たちは豪奢だけど陰鬱とした雰囲気の大広間にいた。
王城と同じくらいかそれ以上に大きな建物の中にいるようだけど――カロス王国の王城ではないのは確かだ。
とはいえわかるのはそこまでで、ここはどこなのかてんで予想がつかない。
「私たち……どうなったの?」
「黒い靄に包まれてすぐにここまで転移したよ……ヘザー様を誘拐するのが目的だったみたいだね」
「そうなんだ。ここって魔王城?」
「確信はないけど、そんな気がする。魔族が現れた時と気配が似ているんだ」
ハロルド様は片手で私を抱きとめたまま、もう片方の手で剣の柄を持ち鞘から抜き出す。
「ちょうどあそこに私たちをここに連れてきた人物がいるから、聞いてみよう?」
彼の視線の先をたどると、先ほど神殿に現れた男性が赤い瞳を不機嫌そうに眇めて私たちの様子を眺めていた。
「ようやく娘を連れ戻せたというのに……鼠が一匹ついて来てしまったな」
「娘……?」
「そうだ。お前が無礼にも手に触れているその子は魔王の俺とフローレア――人族の妻との間に生まれた娘で、次期魔王のヘザーだ。その子が赤子の頃に裏切り者の部下たちが攫って人間界に連れ去ってしまってな。見つけ出すために何度も人間界に部下を送り込んだり私も探しに出たが、なぜか巧妙に跡を消されていたから見つけ出せなかったのだよ。しかしそこにいる聖騎士がその部下を倒してくれたおかげで奴がヘザーを隠すためにかけられていた魔法が解けて場所がわかったんだ。ようやく会えてうれしいよ、私の娘――」
「か、勘違いしているだけだよ! 光属性の魔力を持つ私が魔王の娘なわけがないじゃない!」
私が魔王の娘であるはずがない。
光属性の魔法は魔族にとっては毒なのだから、仮に私が魔王と人間との間に生まれた子どもなら使えないはずだ。
魔王は私の主張を最後まで聞くと、腕を組んで思案に耽る。
「ヘザーが光属性の魔力を持っているのはフローレアの力を継承したからだろう。フローレアも元聖女だからな。……私を討伐するために勇者と大聖女たちが引き連れてきた一行の中にいたが、大聖女の謀略で生死を彷徨うほどの大怪我を負ったままこの城に取り残されていたんだ」
フローレアさんが聖女だと聞いて予想はしていたけれど、二人は戦場で出会ったようだ。
「あ、あのう……あなたはそのフローレアさんと敵対していたんだよね?」
「そうだ。フローレアは俺を討伐するためにここに来たんだからな」
「自分の命を狙って襲い掛かってきたのに、どうしてフローレアさんを妻にしたの?」
「……惚れたからだ」
魔王はポッと頬を赤く染め、嬉しそうに自分の体に手を当てた。
そこに攻撃を受けた時にできた傷があるらしい……それをどうして愛おしそうに触れているのかわからない。
「魔族は自分より強いものを自分の伴侶に求めるだ。俺は強くて勇敢なフローレアに心底惚れて――勇者と聖女に裏切られて瀕死の状態だった彼女を助けた。自分の伴侶にするために」
まさか王妃殿下――元大聖女が謀略なんて……とは思えなかった。
なんせ私はその王妃殿下に濡れ衣を着せられて追放されそうになったばかりなのだから。
フローレアさんは一週間も眠ったままだったそうだけど、魔王をはじめとする魔族たちの懸命な治療の甲斐あって目を覚まし、数年かけて傷を癒したそうだ。
目覚めたばかりのフローレアさんは魔王を警戒して拒絶」していたけれど、魔王がめげずに構い倒し、ドロドロに溺愛し続けていると心を開いたらしい。
魔王の鋼のメンタルと執念、恐るべし――。
そんなわけで二人は両想いとなり結婚して私を授かったそうだ。
「ヘザーはフローレアにもよく似ている。美しくて力強い女性に成長してくれてパパは嬉しいぞ」
「パッ……?!」
まさか魔王が……それも人間離れした美しさがある顔立ちの屈強な男性にパパと自称されるとは夢にも思わなかった。
あまりにも唐突な状況に面食らうばかりの私に、魔王はまたもやニタリと不気味に笑いかけてくるものだから冷や汗がたらたらと背中を伝う。
見るだけで命の危険を感じるほどの、非常に心臓に悪い笑顔だ。
「どうして、パパと……?」
「人間は男親をそのように呼ぶのだろう?」
「それは、そうだけど……」
魔王の中で私は娘だと確定して揺るがないようだ。
たしかに私は赤子の頃に孤児院の前に捨てられていたらしくて本当の両親がどんな人だったのかは知らないし、魔王と同じ赤い瞳を持っているけれど――だからといって私が魔王の娘であるなんて納得できない。
「瞳の色や顔立ちが似ているだけで本当に血のつながった親子とは限らないよ」
「……ふむ、それでは俺の指輪をつけてみるといい。俺の魔力を込めているから、もしも本当に俺の娘ならこの真ん中についている魔石がヘザーの魔力に反応して光るはずだ」
そう言い、魔王は手につけていた仰々しい金色の指輪を外して放り投げてくる。
思わず手を伸ばして受け取ってしまったそれには凝った意匠がほどされており、土台には赤く大きな魔石がついている。
「……これをつけたら死んでしまったりしない?」
「気になるのであれば魔力を流すだけでいい」
その言葉にひと安心して、指輪に魔力を流し込む。
(光属性の魔力を流し込んだら絶対に反応しないよね)
実際に指輪は私の魔力を拒むようにブルブルと震え、宝石の表面に大きな亀裂が走った。
「ほら、光らないじゃん。だから私はあなたの娘じゃないでしょ?」
そう言い終えるや否や、指輪にはめられている赤い魔石が眩い光を放った。
「えっ?!」
「……素晴らしい! 俺がこの指輪を継承した時よりも強い光だ。ヘザーは立派な魔王になるぞ!」
魔王はずかずかと大股で歩いてくると、ハロルド様からベリッと私を引きはがして私の頭をよしよしと撫でる。
屈強な見た目にはそぐわず、そっと壊れ物に触れるような力で触れてきた。
(ま、魔王に頭を撫でられている……?)
その手は孤児院の院長がかつて撫でてくれた時のように優しい。
魔王は娘の私をとても大切に思っているようだ。だけど私は――やはり魔王を父親だと思えない。
(それに、魔王の娘なんて嫌だよ! いつか絶対に殺されるに決まってる!)
仮にここに残れば、いつかは魔王が生き残っていることを察知した魔王討伐部隊に殺されるかもしれない。
そうとなれば、私がすべきことはただ一つ。
(今ここで魔王を討伐しよう……!)
魔王を倒し、ハロルド様には私の正体を黙秘してもらう。
そうすれば私の人生は安泰だ。魔王を倒せば褒賞が出て楽に暮らせるかもしれないし一石二鳥だろう。
(フフッ、魔物討伐遠征で鍛え上げた筋肉を活かす時がきたわね)
私は魔王の手を払いのけ、後ろに飛んで距離をとる。
そのまま呪文を詠唱して浄化魔法を魔王にかけた。
瞬く間に魔王の周りに光の渦が現れ、魔王を捕らえる。
魔王は光に当たると顔を顰めて呻き声をあげた。
「うっ……」
「へ、ヘザー様?! 何をしているの?!」
聖騎士にとって魔族は忌むべき相手なのになぜかハロルド様が私の前に立ちはだかって魔王を庇う。
「ハロルド様、今ここで魔王を倒して証拠を隠滅しましょう。首を持って帰ったら伯爵位に陞爵も夢ではないわ!」
「待って! まずはお義父さんに挨拶しよう?」
「ど、どうして?!」
ハロルド様の中で魔王は私の父親だと確定したらしい。
とはいえ敵に対して挨拶するなんて、律儀なのにもほどがある。
ハロルド様は胸元に手を当てて、騎士らしく魔王に礼をとった。
「初めまして、お義父さん。私は先ほどからヘザー様に専属聖女になっていただいたハロルド・ウェントワースと申します」
そして自己紹介まで始めてしまった。
敵地で宿敵を相手に自己紹介をするなんて、もしかするとかなり天然なのかもしれない。
「さきほど神殿で見かけた時に似ていると思ったんですが、やはりあなたはヘザー様のお父さんでしたか。瞳の色はもちろん、顔立ちも似ていますね」
ハロルド様が何度も「お義父さん」と連呼しているのが引っかかるけれど、今は突っ込んでいる場合ではないから放置しておく。
「これからは私が命をかけてヘザー様をお守りするので、お義父さんは安心してください」
「おい、俺をお義父さんと呼ぶな! お前をヘザーの伴侶と認めていないぞ!」
魔王が眉根を寄せると、ついと指を動かして魔法で黒い炎を呼び寄せ、ハロルド様を攻撃する。
目にもとまらぬ速さだったのにもかかわらず、ハロルド様は剣で受け止めてそのまま炎を分断してしまった。
すると今度は魔法で黒い刃の剣を生成してハロルド様に斬りかかるけれど、ハロルド様はそれも受け止めてしまった。
もしかするとハロルド様の強さは魔王と互角なのかもしれないと思えてきた。
「小癪な鼠め、さっさとこの城から出ていけ!」
「いいえ、お義父さんに認めてもらうまでは何がなんでもここから動きません!」
ハロルド様は魔王と剣を交えている最中とは思えないほどの爽やかな笑顔を浮かべる。
「お義父さん、ヘザー様を私にください! 私にはヘザー様が必要なんです」
「ダメだ、俺の可愛いヘザーは誰にもやらない! 一人で人間界に帰れ!」
「ちょっと、二人とも何の話をしているの?!」
私の問いに二人とも答えることなく、そのまま小一時間はこのやりとりを繰り返したのだった。
黒い靄の中から現れた男性はそう言うと、ニイッと不敵に微笑んだ。
凶悪な魔物や魔王の手下を相手に討伐していた時とは比べものにならないくらいの威圧感に圧倒される。
王妃殿下はこの人が現れた時に魔王が出てきたときと同じと言っていたのを聞いたからなのか、超越した存在のように思えてしまう。
「ヘザー様!」
ハロルド様の焦った声が聞こえてハッとすると、まるで私を捕らえようとしているかのように黒い靄が近づいて取り囲んできた。
目の前の景色があっという間に黒に染まり、飲み込まれてしまうのではないかと思うと恐怖に震える。
成す術もなくぎゅっと目を閉じると、手を握っていたハロルド様が私を引き寄せて、黒い靄から庇うように抱きとめる。
「ここは……もしかして魔王城?」
呆然としたハロルド様の声が耳に落ちてきて目を開けると、いつの間にか私たちは豪奢だけど陰鬱とした雰囲気の大広間にいた。
王城と同じくらいかそれ以上に大きな建物の中にいるようだけど――カロス王国の王城ではないのは確かだ。
とはいえわかるのはそこまでで、ここはどこなのかてんで予想がつかない。
「私たち……どうなったの?」
「黒い靄に包まれてすぐにここまで転移したよ……ヘザー様を誘拐するのが目的だったみたいだね」
「そうなんだ。ここって魔王城?」
「確信はないけど、そんな気がする。魔族が現れた時と気配が似ているんだ」
ハロルド様は片手で私を抱きとめたまま、もう片方の手で剣の柄を持ち鞘から抜き出す。
「ちょうどあそこに私たちをここに連れてきた人物がいるから、聞いてみよう?」
彼の視線の先をたどると、先ほど神殿に現れた男性が赤い瞳を不機嫌そうに眇めて私たちの様子を眺めていた。
「ようやく娘を連れ戻せたというのに……鼠が一匹ついて来てしまったな」
「娘……?」
「そうだ。お前が無礼にも手に触れているその子は魔王の俺とフローレア――人族の妻との間に生まれた娘で、次期魔王のヘザーだ。その子が赤子の頃に裏切り者の部下たちが攫って人間界に連れ去ってしまってな。見つけ出すために何度も人間界に部下を送り込んだり私も探しに出たが、なぜか巧妙に跡を消されていたから見つけ出せなかったのだよ。しかしそこにいる聖騎士がその部下を倒してくれたおかげで奴がヘザーを隠すためにかけられていた魔法が解けて場所がわかったんだ。ようやく会えてうれしいよ、私の娘――」
「か、勘違いしているだけだよ! 光属性の魔力を持つ私が魔王の娘なわけがないじゃない!」
私が魔王の娘であるはずがない。
光属性の魔法は魔族にとっては毒なのだから、仮に私が魔王と人間との間に生まれた子どもなら使えないはずだ。
魔王は私の主張を最後まで聞くと、腕を組んで思案に耽る。
「ヘザーが光属性の魔力を持っているのはフローレアの力を継承したからだろう。フローレアも元聖女だからな。……私を討伐するために勇者と大聖女たちが引き連れてきた一行の中にいたが、大聖女の謀略で生死を彷徨うほどの大怪我を負ったままこの城に取り残されていたんだ」
フローレアさんが聖女だと聞いて予想はしていたけれど、二人は戦場で出会ったようだ。
「あ、あのう……あなたはそのフローレアさんと敵対していたんだよね?」
「そうだ。フローレアは俺を討伐するためにここに来たんだからな」
「自分の命を狙って襲い掛かってきたのに、どうしてフローレアさんを妻にしたの?」
「……惚れたからだ」
魔王はポッと頬を赤く染め、嬉しそうに自分の体に手を当てた。
そこに攻撃を受けた時にできた傷があるらしい……それをどうして愛おしそうに触れているのかわからない。
「魔族は自分より強いものを自分の伴侶に求めるだ。俺は強くて勇敢なフローレアに心底惚れて――勇者と聖女に裏切られて瀕死の状態だった彼女を助けた。自分の伴侶にするために」
まさか王妃殿下――元大聖女が謀略なんて……とは思えなかった。
なんせ私はその王妃殿下に濡れ衣を着せられて追放されそうになったばかりなのだから。
フローレアさんは一週間も眠ったままだったそうだけど、魔王をはじめとする魔族たちの懸命な治療の甲斐あって目を覚まし、数年かけて傷を癒したそうだ。
目覚めたばかりのフローレアさんは魔王を警戒して拒絶」していたけれど、魔王がめげずに構い倒し、ドロドロに溺愛し続けていると心を開いたらしい。
魔王の鋼のメンタルと執念、恐るべし――。
そんなわけで二人は両想いとなり結婚して私を授かったそうだ。
「ヘザーはフローレアにもよく似ている。美しくて力強い女性に成長してくれてパパは嬉しいぞ」
「パッ……?!」
まさか魔王が……それも人間離れした美しさがある顔立ちの屈強な男性にパパと自称されるとは夢にも思わなかった。
あまりにも唐突な状況に面食らうばかりの私に、魔王はまたもやニタリと不気味に笑いかけてくるものだから冷や汗がたらたらと背中を伝う。
見るだけで命の危険を感じるほどの、非常に心臓に悪い笑顔だ。
「どうして、パパと……?」
「人間は男親をそのように呼ぶのだろう?」
「それは、そうだけど……」
魔王の中で私は娘だと確定して揺るがないようだ。
たしかに私は赤子の頃に孤児院の前に捨てられていたらしくて本当の両親がどんな人だったのかは知らないし、魔王と同じ赤い瞳を持っているけれど――だからといって私が魔王の娘であるなんて納得できない。
「瞳の色や顔立ちが似ているだけで本当に血のつながった親子とは限らないよ」
「……ふむ、それでは俺の指輪をつけてみるといい。俺の魔力を込めているから、もしも本当に俺の娘ならこの真ん中についている魔石がヘザーの魔力に反応して光るはずだ」
そう言い、魔王は手につけていた仰々しい金色の指輪を外して放り投げてくる。
思わず手を伸ばして受け取ってしまったそれには凝った意匠がほどされており、土台には赤く大きな魔石がついている。
「……これをつけたら死んでしまったりしない?」
「気になるのであれば魔力を流すだけでいい」
その言葉にひと安心して、指輪に魔力を流し込む。
(光属性の魔力を流し込んだら絶対に反応しないよね)
実際に指輪は私の魔力を拒むようにブルブルと震え、宝石の表面に大きな亀裂が走った。
「ほら、光らないじゃん。だから私はあなたの娘じゃないでしょ?」
そう言い終えるや否や、指輪にはめられている赤い魔石が眩い光を放った。
「えっ?!」
「……素晴らしい! 俺がこの指輪を継承した時よりも強い光だ。ヘザーは立派な魔王になるぞ!」
魔王はずかずかと大股で歩いてくると、ハロルド様からベリッと私を引きはがして私の頭をよしよしと撫でる。
屈強な見た目にはそぐわず、そっと壊れ物に触れるような力で触れてきた。
(ま、魔王に頭を撫でられている……?)
その手は孤児院の院長がかつて撫でてくれた時のように優しい。
魔王は娘の私をとても大切に思っているようだ。だけど私は――やはり魔王を父親だと思えない。
(それに、魔王の娘なんて嫌だよ! いつか絶対に殺されるに決まってる!)
仮にここに残れば、いつかは魔王が生き残っていることを察知した魔王討伐部隊に殺されるかもしれない。
そうとなれば、私がすべきことはただ一つ。
(今ここで魔王を討伐しよう……!)
魔王を倒し、ハロルド様には私の正体を黙秘してもらう。
そうすれば私の人生は安泰だ。魔王を倒せば褒賞が出て楽に暮らせるかもしれないし一石二鳥だろう。
(フフッ、魔物討伐遠征で鍛え上げた筋肉を活かす時がきたわね)
私は魔王の手を払いのけ、後ろに飛んで距離をとる。
そのまま呪文を詠唱して浄化魔法を魔王にかけた。
瞬く間に魔王の周りに光の渦が現れ、魔王を捕らえる。
魔王は光に当たると顔を顰めて呻き声をあげた。
「うっ……」
「へ、ヘザー様?! 何をしているの?!」
聖騎士にとって魔族は忌むべき相手なのになぜかハロルド様が私の前に立ちはだかって魔王を庇う。
「ハロルド様、今ここで魔王を倒して証拠を隠滅しましょう。首を持って帰ったら伯爵位に陞爵も夢ではないわ!」
「待って! まずはお義父さんに挨拶しよう?」
「ど、どうして?!」
ハロルド様の中で魔王は私の父親だと確定したらしい。
とはいえ敵に対して挨拶するなんて、律儀なのにもほどがある。
ハロルド様は胸元に手を当てて、騎士らしく魔王に礼をとった。
「初めまして、お義父さん。私は先ほどからヘザー様に専属聖女になっていただいたハロルド・ウェントワースと申します」
そして自己紹介まで始めてしまった。
敵地で宿敵を相手に自己紹介をするなんて、もしかするとかなり天然なのかもしれない。
「さきほど神殿で見かけた時に似ていると思ったんですが、やはりあなたはヘザー様のお父さんでしたか。瞳の色はもちろん、顔立ちも似ていますね」
ハロルド様が何度も「お義父さん」と連呼しているのが引っかかるけれど、今は突っ込んでいる場合ではないから放置しておく。
「これからは私が命をかけてヘザー様をお守りするので、お義父さんは安心してください」
「おい、俺をお義父さんと呼ぶな! お前をヘザーの伴侶と認めていないぞ!」
魔王が眉根を寄せると、ついと指を動かして魔法で黒い炎を呼び寄せ、ハロルド様を攻撃する。
目にもとまらぬ速さだったのにもかかわらず、ハロルド様は剣で受け止めてそのまま炎を分断してしまった。
すると今度は魔法で黒い刃の剣を生成してハロルド様に斬りかかるけれど、ハロルド様はそれも受け止めてしまった。
もしかするとハロルド様の強さは魔王と互角なのかもしれないと思えてきた。
「小癪な鼠め、さっさとこの城から出ていけ!」
「いいえ、お義父さんに認めてもらうまでは何がなんでもここから動きません!」
ハロルド様は魔王と剣を交えている最中とは思えないほどの爽やかな笑顔を浮かべる。
「お義父さん、ヘザー様を私にください! 私にはヘザー様が必要なんです」
「ダメだ、俺の可愛いヘザーは誰にもやらない! 一人で人間界に帰れ!」
「ちょっと、二人とも何の話をしているの?!」
私の問いに二人とも答えることなく、そのまま小一時間はこのやりとりを繰り返したのだった。
12
あなたにおすすめの小説
「聖女は2人もいらない」と追放された聖女、王国最強のイケメン騎士と偽装結婚して溺愛される
沙寺絃
恋愛
女子高生のエリカは異世界に召喚された。聖女と呼ばれるエリカだが、王子の本命は一緒に召喚されたもう一人の女の子だった。「 聖女は二人もいらない」と城を追放され、魔族に命を狙われたエリカを助けたのは、銀髪のイケメン騎士フレイ。 圧倒的な強さで魔王の手下を倒したフレイは言う。
「あなたこそが聖女です」
「あなたは俺の領地で保護します」
「身柄を預かるにあたり、俺の婚約者ということにしましょう」
こうしてエリカの偽装結婚異世界ライフが始まった。
やがてエリカはイケメン騎士に溺愛されながら、秘められていた聖女の力を開花させていく。
※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。
王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります
cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
殿下、私の身体だけが目当てなんですね!
石河 翠
恋愛
「片付け」の加護を持つ聖女アンネマリーは、出来損ないの聖女として蔑まれつつ、毎日楽しく過ごしている。「治癒」「結界」「武運」など、利益の大きい加護持ちの聖女たちに辛く当たられたところで、一切気にしていない。
それどころか彼女は毎日嬉々として、王太子にファンサを求める始末。王太子にポンコツ扱いされても、王太子と会話を交わせるだけでアンネマリーは満足なのだ。そんなある日、お城でアンネマリー以外の聖女たちが決闘騒ぎを引き起こして……。
ちゃらんぽらんで何も考えていないように見えて、実は意外と真面目なヒロインと、おバカな言動と行動に頭を痛めているはずなのに、どうしてもヒロインから目を離すことができないヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID29505542)をお借りしております。
『生きた骨董品』と婚約破棄されたので、世界最高の魔導ドレスでざまぁします。私を捨てた元婚約者が後悔しても、隣には天才公爵様がいますので!
aozora
恋愛
『時代遅れの飾り人形』――。
そう罵られ、公衆の面前でエリート婚約者に婚約を破棄された子爵令嬢セラフィナ。家からも見放され、全てを失った彼女には、しかし誰にも知られていない秘密の顔があった。
それは、世界の常識すら書き換える、禁断の魔導技術《エーテル織演算》を操る天才技術者としての顔。
淑女の仮面を捨て、一人の職人として再起を誓った彼女の前に現れたのは、革新派を率いる『冷徹公爵』セバスチャン。彼は、誰もが気づかなかった彼女の才能にいち早く価値を見出し、その最大の理解者となる。
古いしがらみが支配する王都で、二人は小さなアトリエから、やがて王国の流行と常識を覆す壮大な革命を巻き起こしていく。
知性と技術だけを武器に、彼女を奈落に突き落とした者たちへ、最も華麗で痛快な復讐を果たすことはできるのか。
これは、絶望の淵から這い上がった天才令嬢が、運命のパートナーと共に自らの手で輝かしい未来を掴む、愛と革命の物語。
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました
群青みどり
恋愛
国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。
どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。
そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた!
「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」
こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!
このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。
婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎
「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」
麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる──
※タイトル変更しました
聖女の任期終了後、婚活を始めてみたら六歳の可愛い男児が立候補してきた!
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
23歳のメルリラは、聖女の任期を終えたばかり。結婚適齢期を少し過ぎた彼女は、幸せな結婚を夢見て婚活に励むが、なかなか相手が見つからない。原因は「元聖女」という肩書にあった。聖女を務めた女性は慣例として専属聖騎士と結婚することが多く、メルリラもまた、かつての専属聖騎士フェイビアンと結ばれるものと世間から思われているのだ。しかし、メルリラとフェイビアンは口げんかが絶えない関係で、恋愛感情など皆無。彼を結婚相手として考えたことなどなかった。それでも世間の誤解は解けず、婚活は難航する。そんなある日、聖女を辞めて半年が経った頃、メルリラの婚活を知った公爵子息ハリソン(6歳)がやって来て――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる