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じゃれているつもりはない 2
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「ギギッ!」
ルシファーは眦を釣り上げると、魔王の頭から飛び降りる。
するとルシファーのふわふわの体が宙を舞った途端、ぼわんと煙が立ち昇ってルシファーの体を覆った。
「な、何が起こったの?!」
驚いていると魔王の両肩を、どこからともなく現れた大人の男の人の手がガッチリと掴んで――。
「魔王様、お止めください。そのように振り回すとヘザー様が怪我をしてしまいます!」
聞き覚えのない男性の声が、耳元に落ちてきた。
「人間の血が混ざっているヘザー様は我々とは違って脆いのですから、力加減してください!」
ガミガミと魔王に説教をするなんて、ただ者ではなさそうだ。
誰だろうと思って見上げて見ると――紫色の髪を黒色のリボンで綺麗に結び、銀縁メガネが特徴的な中性的なイケメンがいるではないか。
眼鏡の奥にあるのは少し垂れ目がちな赤い瞳だ。
新しい人が出てきたぞと興味津々に観察していると、魔王がその中性的なイケメンに舌打ちした。
「なんだ、ルシファー。フローレアの前でその姿になるなと言っただろう」
「えっ、この人がルシファーなの?!」
驚いた私は思わず目の前にいる中性的なイケメンの姿をまじまじと観察する。
人間になったルシファーはハロルド様と同じくらいスラリと背が高く、黒い上下にレースアップのブーツを合わせており、魔王の手下らしい黒づくめの装いだ。
髪の毛の紫色と赤い瞳が毛玉の時と同じだけど、その他はまるっきり違う。
私の掌におさまるくらいの毛玉がこんなにも背の高いイケメンになるなんて、誰が想像できるだろうか。
「けっ……毛玉が人間になった……?!」
「いいえ、むしろこれが僕の本来の姿です」
ルシファーはキリリとした表情で訂正する。
「どうして毛玉になっているの? 今の姿の方が何倍もいいじゃない」
「魔王様からの命令なのです。フローレア様の近くに人型でいると嫉妬して気が狂いそうになるから人型を止めろとのお達しで――」
「ナニソレ理不尽過ぎない!?」
私情で家臣の姿を毛玉にさせるなんて暴君もいいところだ。
「こんなにイケメンなのに毛玉でいないといけないなんてもったいない……」
私がそう呟くと、ハロルド様と魔王が揃って「イケメン……」と復唱する。
途端に魔王がルシファーに殺気を飛ばしたものだから、ルシファーがびくりと肩を揺らした。
「ヘザー様、もしかしてルシファー殿のような外見が好みなの?」
ハロルド様が悲痛な顔で、声を震わせて聞いてくる。
今にも倒れてしまいそうなほど顔色が悪い。
「うん、好みではあるね」
「――っ?!」
私の答えに、ハロルド様は息を呑んでたじろいだ。
「……以前は私の顔が好みど真ん中と言っていたのに……」
「ハロルド様の顔も好みだよ」
「どちらの顔が一番好き?」
「えっ……そういうのは特にないんだけど……」
「……そう」
静かに相槌を打ったハロルド様は、どことなく凄みのある笑顔を浮かべて手袋を脱ぐと――ルシファーの足元に投げた。
「ルシファー殿に決闘を申し込みます。どちらがヘザー様の一番の好みになるか決めませんか?」
「待って! 私の顔の好みを決めるのに決闘する必要ある?!」
私が引き留めると、ハロルド様はしゅんとした表情になる。
「あるよ……ヘザー様の一番になりたいから」
「えっ?」
いつもは澄んだハロルド様の水色の瞳が、今は妙に熱っぽく見える。
「私がヘザー様にとって一番でありたいんだ」
「な、なんだか告白みたいなんだけど……」
するとハロルド様は照れくさそうに微笑む。
「そう、告白しているんだよ? だって遠まわしに言っても匂わせても、ヘザー様は少しも気づいてくれないから」
「――っ!」
瞠目する私に、ハロルド様は眉尻を下げる。
「ま、まさか魔王をお義父さんと呼んでいたのは……」
「ヘザー様の父だから、ヘザー様に相応しい伴侶と認めてもらうためにアピールしていたんだ」
「てっきり冗談かと……」
「私が冗談を言う人間だと思う?」
「うっ……」
確かにハロルド様は冗談を言うような人ではない。
真面目で誠実――神殿に所属している同僚たちに聞けば誰もが口を揃えてそう評価するだろう。
だけど――。
「どうして、私みたいな強欲聖女を好きになるの……?」
私はハロルド様とは正反対で、職務怠慢で意地汚くて――嫌われ者の強欲聖女なのに……。
「一年前にヘザー様が私を変えてくれたから……『ウェントワース家が神に捧げた生贄』と言われて虐められていた私に唯一救いの手を差し伸べてくれたヘザー様の、真っすぐで思いやりのある心に惹かれたんだよ」
そう言い、ハロルド様は自分の前髪にそっと触れる。
「あの神殿で、真に人々を平等に助けてくれる人はヘザー様しかいない。綺麗ごとを囁いて己の醜い心を隠している他の者たちとは違う――そんなヘザー様の最愛になりたい」
「……っ」
「すぐに返事をしなくていいよ。ヘザー様の答えをずっと待っているし……この先も絶対にヘザー様しか愛さないから」
「ちょ、ちょっと……!」
ハロルド様は私を美化し過ぎている。
私はただ聖女の仕事だからハロルド様の怪我を治した。
おまけに髪を切ったのはただの好奇心だ。
(それなのに、ハロルド様の目には善人として映っていたなんて……)
愕然として言葉を失う私を、魔王がぎゅっと抱き寄せてきた。
「鼠にうちのヘザーはやらない! ルシファー、その鼠を叩きのめせ!」
「御意。ウェントワース殿、その決闘を引き受けて差し上げましょう」
こうして、ハロルド様とルシファーの決闘が始まってしまった。
二人は魔王城の中庭で決闘することになり、私たちは離れた場所に用意された観客席でその戦いを見守る。
ハロルド様もルシファーも、目にも留まらぬ速さで剣を交わらせているからどちらが優勢なのかわからない。
それは魔王とフローレアさんも同じのようで、二人ともじっと決闘を眺めている。
早くも退屈になった私は、欠伸をかみ殺していて気付いた。
(もしかして、今が攻撃のチャンスなのでは……?!)
魔王はすっかりハロルド様とルシファーの決闘に気を取られているし、両手は私を抱っこするのに使っているからすぐには使えないだろう。
「貰ったぁぁ!」
私は素早く魔王の顔に両手を向けて、浄化魔法の短縮呪文を詠唱する。
広げた両手から光の球が生れて、魔王へと放たれるのだけれど――。
「――おっと」
魔王が私の脇の辺りを掴んでぐんと持ち上げたせいで、光の球が魔王から外れて魔王城の壁にぶつかった。
今の私は魔王に高い高いをされている状態だ。
「……ヘザー、この俺に不意打ちをかけてくるとは――」
「ひえっ」
魔王の赤い目がギラリと光るものだから身が竦む。
(やばい……魔王が怒ったかもしれない……!)
両足が宙に浮いて不安定で、おまけに無防備だ。
この体勢で魔王に攻撃されるとひとたまりもない。
思わずぎゅっと目を瞑ると、下の方から笑い声が聞こえてきた。
そっと目を開けると、魔王はデレデレと目尻を下げて私を見ているではないか。
「フッ、まだ遊び足りなかったか。満足するまでパパが遊び相手になってやる」
「ち、ちが~う!」
「パパもヘザーと一緒に遊びたいから遠慮するな」
こうして、ハロルド様とルシファーが熾烈な戦いを繰り広げている中、私は魔王に恐怖の高い高いをされるのだった。
***
結局、勝負は夜になっても決着がつかなかったから引き分けとなる。
その後もハロルド様はルシファーを敵対視していたけれど、ルシファーが毛玉に戻ってからは睨まなくなった。
ルシファーは眦を釣り上げると、魔王の頭から飛び降りる。
するとルシファーのふわふわの体が宙を舞った途端、ぼわんと煙が立ち昇ってルシファーの体を覆った。
「な、何が起こったの?!」
驚いていると魔王の両肩を、どこからともなく現れた大人の男の人の手がガッチリと掴んで――。
「魔王様、お止めください。そのように振り回すとヘザー様が怪我をしてしまいます!」
聞き覚えのない男性の声が、耳元に落ちてきた。
「人間の血が混ざっているヘザー様は我々とは違って脆いのですから、力加減してください!」
ガミガミと魔王に説教をするなんて、ただ者ではなさそうだ。
誰だろうと思って見上げて見ると――紫色の髪を黒色のリボンで綺麗に結び、銀縁メガネが特徴的な中性的なイケメンがいるではないか。
眼鏡の奥にあるのは少し垂れ目がちな赤い瞳だ。
新しい人が出てきたぞと興味津々に観察していると、魔王がその中性的なイケメンに舌打ちした。
「なんだ、ルシファー。フローレアの前でその姿になるなと言っただろう」
「えっ、この人がルシファーなの?!」
驚いた私は思わず目の前にいる中性的なイケメンの姿をまじまじと観察する。
人間になったルシファーはハロルド様と同じくらいスラリと背が高く、黒い上下にレースアップのブーツを合わせており、魔王の手下らしい黒づくめの装いだ。
髪の毛の紫色と赤い瞳が毛玉の時と同じだけど、その他はまるっきり違う。
私の掌におさまるくらいの毛玉がこんなにも背の高いイケメンになるなんて、誰が想像できるだろうか。
「けっ……毛玉が人間になった……?!」
「いいえ、むしろこれが僕の本来の姿です」
ルシファーはキリリとした表情で訂正する。
「どうして毛玉になっているの? 今の姿の方が何倍もいいじゃない」
「魔王様からの命令なのです。フローレア様の近くに人型でいると嫉妬して気が狂いそうになるから人型を止めろとのお達しで――」
「ナニソレ理不尽過ぎない!?」
私情で家臣の姿を毛玉にさせるなんて暴君もいいところだ。
「こんなにイケメンなのに毛玉でいないといけないなんてもったいない……」
私がそう呟くと、ハロルド様と魔王が揃って「イケメン……」と復唱する。
途端に魔王がルシファーに殺気を飛ばしたものだから、ルシファーがびくりと肩を揺らした。
「ヘザー様、もしかしてルシファー殿のような外見が好みなの?」
ハロルド様が悲痛な顔で、声を震わせて聞いてくる。
今にも倒れてしまいそうなほど顔色が悪い。
「うん、好みではあるね」
「――っ?!」
私の答えに、ハロルド様は息を呑んでたじろいだ。
「……以前は私の顔が好みど真ん中と言っていたのに……」
「ハロルド様の顔も好みだよ」
「どちらの顔が一番好き?」
「えっ……そういうのは特にないんだけど……」
「……そう」
静かに相槌を打ったハロルド様は、どことなく凄みのある笑顔を浮かべて手袋を脱ぐと――ルシファーの足元に投げた。
「ルシファー殿に決闘を申し込みます。どちらがヘザー様の一番の好みになるか決めませんか?」
「待って! 私の顔の好みを決めるのに決闘する必要ある?!」
私が引き留めると、ハロルド様はしゅんとした表情になる。
「あるよ……ヘザー様の一番になりたいから」
「えっ?」
いつもは澄んだハロルド様の水色の瞳が、今は妙に熱っぽく見える。
「私がヘザー様にとって一番でありたいんだ」
「な、なんだか告白みたいなんだけど……」
するとハロルド様は照れくさそうに微笑む。
「そう、告白しているんだよ? だって遠まわしに言っても匂わせても、ヘザー様は少しも気づいてくれないから」
「――っ!」
瞠目する私に、ハロルド様は眉尻を下げる。
「ま、まさか魔王をお義父さんと呼んでいたのは……」
「ヘザー様の父だから、ヘザー様に相応しい伴侶と認めてもらうためにアピールしていたんだ」
「てっきり冗談かと……」
「私が冗談を言う人間だと思う?」
「うっ……」
確かにハロルド様は冗談を言うような人ではない。
真面目で誠実――神殿に所属している同僚たちに聞けば誰もが口を揃えてそう評価するだろう。
だけど――。
「どうして、私みたいな強欲聖女を好きになるの……?」
私はハロルド様とは正反対で、職務怠慢で意地汚くて――嫌われ者の強欲聖女なのに……。
「一年前にヘザー様が私を変えてくれたから……『ウェントワース家が神に捧げた生贄』と言われて虐められていた私に唯一救いの手を差し伸べてくれたヘザー様の、真っすぐで思いやりのある心に惹かれたんだよ」
そう言い、ハロルド様は自分の前髪にそっと触れる。
「あの神殿で、真に人々を平等に助けてくれる人はヘザー様しかいない。綺麗ごとを囁いて己の醜い心を隠している他の者たちとは違う――そんなヘザー様の最愛になりたい」
「……っ」
「すぐに返事をしなくていいよ。ヘザー様の答えをずっと待っているし……この先も絶対にヘザー様しか愛さないから」
「ちょ、ちょっと……!」
ハロルド様は私を美化し過ぎている。
私はただ聖女の仕事だからハロルド様の怪我を治した。
おまけに髪を切ったのはただの好奇心だ。
(それなのに、ハロルド様の目には善人として映っていたなんて……)
愕然として言葉を失う私を、魔王がぎゅっと抱き寄せてきた。
「鼠にうちのヘザーはやらない! ルシファー、その鼠を叩きのめせ!」
「御意。ウェントワース殿、その決闘を引き受けて差し上げましょう」
こうして、ハロルド様とルシファーの決闘が始まってしまった。
二人は魔王城の中庭で決闘することになり、私たちは離れた場所に用意された観客席でその戦いを見守る。
ハロルド様もルシファーも、目にも留まらぬ速さで剣を交わらせているからどちらが優勢なのかわからない。
それは魔王とフローレアさんも同じのようで、二人ともじっと決闘を眺めている。
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魔王が私の脇の辺りを掴んでぐんと持ち上げたせいで、光の球が魔王から外れて魔王城の壁にぶつかった。
今の私は魔王に高い高いをされている状態だ。
「……ヘザー、この俺に不意打ちをかけてくるとは――」
「ひえっ」
魔王の赤い目がギラリと光るものだから身が竦む。
(やばい……魔王が怒ったかもしれない……!)
両足が宙に浮いて不安定で、おまけに無防備だ。
この体勢で魔王に攻撃されるとひとたまりもない。
思わずぎゅっと目を瞑ると、下の方から笑い声が聞こえてきた。
そっと目を開けると、魔王はデレデレと目尻を下げて私を見ているではないか。
「フッ、まだ遊び足りなかったか。満足するまでパパが遊び相手になってやる」
「ち、ちが~う!」
「パパもヘザーと一緒に遊びたいから遠慮するな」
こうして、ハロルド様とルシファーが熾烈な戦いを繰り広げている中、私は魔王に恐怖の高い高いをされるのだった。
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結局、勝負は夜になっても決着がつかなかったから引き分けとなる。
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