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聖騎士様は外堀を埋めているところ 1

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 魔王城に連れて来られてから一週間が経った。

 私は相変わらず魔王の隙を突いて攻撃をしてみるけど、すぐに避けられてしまう。
 そして彼に捕まって散々構われる――という流れを飽きるほど繰り返していた。

「つ、疲れた~!」
 
 今日も失敗して魔王にぐりぐりと頬擦りの刑に処せられていた私は疲労困憊だ。
 幸にもルシファーがまた人間の姿に戻って助け出してくれたおかげでなんとか逃げ出せた。

 今は魔王城の庭園にあるティーテーブル避難して休憩しているところだ。

「ああ、もう! 魔王が強過ぎる!」
「当り前です。魔王様はこの世で一番強いお方なのですから」

 そう言い、ルシファーは私に紅茶を淹れてくれた。
 
 今ではすっかり私の執事のように動いているこのルシファーは、十数年前に王妃殿下たちが魔王討伐へ向かった時に彼らの戦力を半減にしたあのルシファーだ。

 人間界では王妃殿下に倒されたと伝わっているけれど、実際はかすり傷を受け程度で済んだらしい。

 フローレアさんの証言によると、魔王討伐部隊は数名の仲間を犠牲にしてルシファーの目を欺いて彼から逃げたのだとか。
 そうして魔王に遭遇した時、フローレアさんが魔王に致命傷を負わせた瞬間を目撃した彼女たちは魔王はもう葬り去ったものだと思いこむ。

 王妃殿下たちは魔王の生死を確認することなく、自分たちの手柄を立てるために功労者であるフローレアさんを襲って――そのまま魔王城を去った。
 
(王妃殿下も勇者も、嘘をついて今の地位を手に入れたんだね……あんな人たちが国の中心にいるなんて世も末だわ)

 ちなみに勇者は魔王討伐後に王国騎士団の団長の地位を手に入れている。
 
 片や国王と結婚するために、片や騎士団長になるために、仲間を裏切って捨ててきた。
 そんな人たちがカロス王国を良くしてくれるとは思えない。

(そう言えば、王妃殿下は私を見て「あの女にそっくりで目障りだった」と言っていたけれど……それって、もしかして――フローレアさんのこと?)

 美人で魔王を倒すほどの実力があったということは、それなりに敵対視していたのではないだろうか。

(姿が似ている人を見て目障りに思うくらいなんだから、劣等感を抱いていたんだろうなぁ)
 
 私があの美人に似ているとは思えないけれど、髪の色は同じだ。
 ただ髪の色が同じだからという理由で目を付けられていたなんてあんまりだと思う。

「――ところで、ルシファーは毛玉の姿にならなきゃいけないのは不満じゃないの?」
「いいえ、全く。魔王様のご要望を叶えるのが右腕である私の務めですから」

 ルシファーはキリリとした表情で言い切った。
 
「……大した忠誠心だね……」
「フフッ、そうですよね? 私以上に魔王様の右腕に相応しい魔族はいませんよ」
 
 どうやらルシファーは自分が魔王の右腕であることに誇りを持っているらしく、フフンと胸を張って得意気だ。

「じゃあ、魔界でルシファーの次に強いのは魔王ってこと?」
「そうです――と言いたいところですが、実際はフローレア様でしょうね。なんせ十数年前に魔王様に致命傷を与えましたから」
「……それに、今ではすっかり魔王をメロメロにしているよね」
「ええ、惚れた方が負けとはこの事ですね」

 ルシファーはしみじみとした表情で頷くと、そっと視線を魔王とフローレアさんに向ける。

 二人は人目も魔物目も憚らずイチャイチャしているから、見ているこっちが恥ずかしくなる。
 
「あと、ウェントワース殿もいい線はいっていますね。魔王様や僕と互角に戦っていますから」
「ふ~ん。そうなんだ」

 ハロルド様は毎日、魔王と剣を交わしている。
 
 怪我を負うこともあるけれど重傷になったことはないから、たしかに強いと思う。
 
「――おや、噂をすればウェントワース殿が来ましたね。また魔王様に勝負を挑んでいます」
「……本当だ。毎日よくやるよ……」

 ルシファーが言うには、魔王は手加減抜きでハロルド様と戦っているらしい。
 
 いつかは本気でハロルド様を消し炭にしてしまうのではと不安になった私はハロルド様を止めたんだけど――。

(私の伴侶に相応しいと魔王に認めてもらえるまでは絶対に引き下がらないって言われちゃったんだよね……。ハロルド様って意外と頑固なんだから……)

 そんなことを言われると、魔王との戦いで怪我を負ったハロルド様をそのままにしておくわけにもいかなくて――二人の戦いが終わった後はハロルド様を治療している。

 ちなみに魔王が涙目で「パパにはしてくれないの?」と聞いてくるのだけど、魔王に光属性の魔法を使えば治療どころか傷口に塩を塗るようなものだからルシファーに止められている。
 
(いつか大怪我をしたって、知らないんだから……)
 
 はぁ、と溜息をついてハロルド様と魔王の方に再び目を向けると、いつの間にか二人の周りに人垣ならぬ魔物垣ができているではないか。
 
「昨日までは全然いなかったのに……どうして急に見に来たんだろ?」
「どうやら目的はウェントワース殿のようですよ――ほら、見てください。あそこにいる小鬼ゴブリンたちがウェントワース殿に手を振っています」
「えっ? 本当に?」

 ルシファーが指を差した方向を見てみると、確かに小鬼がハロルド様に手を振っている。
 そしてハロルド様が手を振り返すと、その場で飛び跳ねて踊り始めた。

「ま、魔物たちの人気者になってる……?!」
「そのようです。ここ数日、場内の魔物に声をかけて親交を深めているそうですよ」
「聖騎士なのに魔物と仲良くするなんて……一体どういうつもりなの?」
「フフッ……さあ、どうしてでしょうね?」

 ルシファーは心当たりがあるようだけど、はぐらかして教えてくれなかった。

「教えてくれたっていいじゃない。ケチ」
「いつかわかりますよ」
 
 そう言い、赤い瞳をすっと細めてハロルド様を見る。
 
「――ウェントワース殿はとても恐ろしい方ですよ。魔物たちを虜にし、自身の味方につけながら魔王様に近づいているのですから」

 ルシファーが何かを呟いたけど、あまりにも小さな声だったから上手く聞き取れなかった。
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