嫌われ者の強欲聖女は気まぐれで助けた爽やか系執着聖騎士様に懐かれています

柳葉うら

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聖騎士様は外堀を埋めているところ 2

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 それからさらに二週間が経ち、私はそれなりに魔王城での生活に慣れてきた。
 
(まあ、ぐうたら過ごしているだけだから、慣れなければならないことなんて一つもないんだけど……)
 
 このところの私の日課は、魔王城の庭園に座ってぼんやりすることだ。

 今日も私は魔王城の庭園にあるティーテーブルで優雅に紅茶を飲んでいる。
 その傍らで、毛玉姿のルシファーがフワフワと転がっている。

「はぁ、暇だなぁ」
「ギギッ!」
 
 ルシファーがもの言いたげな目を向けてくる。
 ここ数日、彼はやたら私に後継者教育をしようとして分厚い本を持って来ては読めと言うのだ。
 次期魔王になるつもりがない私は、もちろん読んでいない。

 今日も自室に積み重ねられた本を無視してこの庭園に来たところだから、ルシファーは暇なら本を読めとでも思っているのだろう。
 
(それにしても、魔王城の中って意外と平和だね)
 
 衣食住は保証されているし、今のところは危害を加えてきそうな魔物もいない。
 
 私は相変わらず魔王を襲撃しているのだけど失敗して――私が遊びたがっているのだと勘違いした魔王に構い倒される。
 
(ハロルド様と魔王の戦いの方も進展がないな……あの二人、いつまでやるつもりなんだろう?)
 
 ここに来て以来、ハロルド様は毎日欠かさず魔王と一戦を交えているけれど、今のところ引き分けばかりだ。
 
 魔王は毎日、「明日こそお前を消し炭にしてやる!」とハロルド様に捨て台詞を吐いているけれど、本当は手加減をしているのではないかと思う。

(それとも、ハロルド様の実力が魔王と互角なの……?)

 もしそうなら、ぜひとも私と協力して魔王を討伐してほしいところだけど――。

(お願いしても絶対に聞いてくれなさそう……)
 
 なんせこれまでに私が何度誘っても、ハロルド様は首を縦に振ってくれないのだ。
 彼が言うには、魔王が私の実の父親で、それでいて私を溺愛しているから倒すつもりはないらしい。
 
「聖騎士なのに、そんな理由で魔王を倒さないなんておかしいよ……」

 魔王は人間の敵で、倒さなければならない存在だ。
 それに魔王を倒したら褒賞がもらえるし、世界中の人々から英雄と呼ばれて一目置かれる存在になれるだろう。

 魔王を倒した方が得られるものが多いのに……どうしてそれを手にしようとしないのかわからない。

「はぁ……このまま満月の日になったら、どうなるんだろう?」

 満月の日になれば人間界と魔界が繋がるけれど、果たして魔王が大人しく帰してくれるのだろうか。

 現に私が「早く人間界に帰りたい」と零すと、ここに残れと言って聞かないのだ。
 フローレアさんやルシファーも私が魔界に残るよう説得してくるけれど、私はここの住人になるつもりはない。
 
 魔族の一員になんてなりたくないし、私はお金をたんまりと貯めてから孤児院に戻って院長のお手伝いをするという夢があるから――。
 
「……院長に、会いたいな」

 最後に会ったのは、もうずいぶんと前だと思う。
 魔物討伐の要請が立て続けに入ってきたせいで二ヶ月は会いに行っていないだろう。
 
 私は孤児院を出た後も月に一度は孤児院を訪ねて院長に会っているから、こんなに期間が空いてしまうと院長が心配しているに違いない。

 やるせなさに溜息をついて机の上に頬杖をついていると、背後からふっと影が落ちてきた。
 振り向くと、いつの間にやってきたのか、ハロルド様が立っているではないか。
 
「ヘザー様は本当に院長が好きだね。たしかにあの方は思慮深くて優しくて――ヘザー様が唯一心を開く理由もわかるよ」
「えっと……ハロルド様は院長のこと、知っているの?」
「うん、ヘザー様が会いに行っているところを見かけたことがあるから知っているよ。それに、私も何度か話をしたことがあるんだ」
「う、嘘……」
「本当だよ。孤児院の子どもが街で迷子になっていたのを見つけたから送り届けたことがあるんだけど――それ以来、時々会いに行っているんだ」
「――っ」
 
 ハロルド様が言う通り、孤児院にいる子どもが好奇心から街に飛び出してしまい、そのまま迷子になったという事件があった。
 
(そういえば、院長が『ものすごいイケメンが連れて来てくれた』と言っていたけど……そのイケメンって、ハロルド様だったんだ……)

 院長の話では、そのイケメンも時々ここを訪ねては仕事を手伝ってくれると言っていた。
 いつか私に会わせたいと言っていたけれど……タイミングが合わなくて会えないままだったのだ。

「ねぇ、ヘザー様が一生懸命稼いでいるのは――院長のためでしょう? 聖女を引退したら孤児院に戻って、そこで働くために準備していること……実は、院長先生から聞いたんだ」
「そ、そんなことまで話しているの?!」
「院長とはよく、ヘザー様の話をしているからね。だって私も彼女も、二人ともヘザー様のことが大好きだから」
「~~っ!」
 
 端正な顔で微笑まれながら「大好き」なんて言われると、頬が熱くなってしまう。
 不意打ちをくらって何も言い返せなかった私は、思わずくるりと背を向けてハロルド様から顔を隠してしまった。

「私も一緒に孤児院で働かせてもらえないかな?」

 そんな私に、ハロルド様が背後から声をかけてくる。
 
「一緒って……もしかして、聖騎士を辞めるつもりなの?」
「うん、けっこう稼いだし……傭兵として働きながら孤児院の仕事を掛け持ちしようかなと思っているんだ。――人間界に帰ったら、一緒に孤児院へ行こう?」

 どうして、と問いかけようとしたその時、周囲の空気がヒヤリと冷たくなったのを感じて震えた。
 空がどんよりと暗くなり、風が吹いて周囲の木々がざわざわと音を立てて揺れる。その音とともに、地を這うような低い声が耳に届いた――魔王の声だ。

「鼠の分際で調子に乗るな。満月の夜になったらお前だけが人間界に帰れ」

 すると、どこからともなく魔王が目の前に姿を現した。
 いつも険しい顔つきをしている魔王が、今は憎悪を露にしてハロルド様を睨みつけていて――その表情が自分に向けられているわけではないのに、思わず震えそうになった。
 
「ヘザーが人間界に戻る必要はない。これからも魔界で俺たちと一緒に暮らすのだ」
「嫌だよ。だって私、ここにいたくないもん」
「それはお前がまだこの場所に慣れていないからだ。人間界よりもずっといいに決まっている」
 
 睨み合う私と魔王の間に、ハロルド様が割って入った。

「お義父さん、どうか考え直してください。ヘザー様にとって人間界は故郷なんです。だから普段は人間界で生活して、時おり魔界を訪ねるようにするのはいかがでしょうか?」
「黙れ! 鼠ごときが俺たちの問題に首を突っ込んでくるな!」

 魔王が叫んで右手で宙を斬ると、途端にハロルド様の体が浮いて壁に叩きつけられる。そのままずるりと力なく地面に伏したハロルド様を見て、背筋が凍った。

「ハロルド様!」
「――くっ」

 ハロルド様は顔を歪めて苦しそうに呻いている。
 私は慌ててハロルド様に駆け寄り、彼の体に治癒魔法をかけた。

「キィィ」

 ルシファーも近くにやってきて、気遣わしい表情でハロルド様の顔を覗き込んでいる。
 
「大丈夫、私が魔法で治すよ……全身を強く打ったみたいだから、時間がかかるけど」
 
 体の一部分なら早く治せるけど、全身となると慎重にしなければならないから時間がかかる。
 ハロルド様の表情を見ながら少しずつ魔法をかけて治癒していると、魔王が私の手を取ってハロルド様から引き離してきた。
 
「ヘザー、軟弱な人間など捨ておけ」

 頭の中でぶちりと何かが切れる音がした。
 
 勝手に傷つけておいて捨ておけなんてあんまりだ。
 この数日間で、もしかすると魔王は案外いい奴なのかもしれないと思っていたけれど――やっぱり魔族は凶暴で残忍なんだと思い知った。
 
 私は魔王の手を振りほどき、彼の赤い瞳を睨みつける。
 
「いい加減にしてよ。ずっと迎えに来なかったくせに、今さらずっと一緒に暮らせだなんて勝手にもほどがあるでしょ!」
「ヘザー! 俺たちはずっと探していたけど見つけられなかったんだ」
「言いわけなんて聞きたくない!」
 
 私はハロルド様の体を助け起こす。
 ハロルド様は体の痛みに顔を顰めつつもゆっくりと起き上がった。

「ハロルド様、歩けそう?」
「うん、ヘザー様がさっき治癒魔法をかけてくれたおかげで動けるようになったよ」
「私の部屋で残りの治療をするから、もう少し頑張って」
「ありがとう……だけど、その前にお義父さんと話そう?」
「……そんな必要ないよ。あんなの、父親だと思わないから」

 そう言った直後、魔王が息を呑んだ声が聞こえてきたけど――そんなこと、知ったものか。
 
「こんなところ、次の満月には絶対に出て行ってやるんだから!」

 私は魔王に向かって捨て台詞を吐くと、ハロルド様を連れて庭園を後にした。
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