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エピローグ
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――元王妃プリシラが事件を起こしてから、三ヵ月経った。
事件後、王妃はひと月も待たずに裁判にかけられて処刑を言い渡された。
国民を守るべき立場の王妃が自身の私利私欲のために国民を傷つけたことは決して許されなかったのだ。
事件に加担した元王妃殿下の父親やその家門の騎士たち、暗殺ギルドの面々もまた、処刑を言い渡された。
そして彼女の夫である国王陛下は、妻の罪に気づけなかった責任をとるかたちで退位し、第一王子が次の国王になった。
そしてもう一人、神殿長も罪を見抜けなかった責任を取り、神殿長を退任した。今は地方の教会で神官をしているらしい。
この事態を収めた大聖女アシュリーの評判は上がった。彼女が無実を証明した元聖女ヘザーについては、王家と神殿から謝罪があったのだけど――もう二度と、神殿に戻らなかった。
なぜならその聖女――私は、古巣の孤児院で、ハロルドと一緒に院長のお手伝いをしているから。
「ハロルド、そろそろおやつの時間だから、みんなを食堂に集めて」
うららかな春の日差しが温かい午後。
王都の片隅にある孤児院の庭園に出た私は、子どもたちと一緒に畑に生えた雑草を抜いている人物に声をかける。
子どもたちと一緒に地面を見ていたハロルドの肩がピクリと動く、顔を上げて私の顔を見ると、パッと目を輝かせた。
その様子はまるで、大好きな飼い主を見つけた犬のようで可愛らしい。
「わかった。すぐに連れていくよ。さあ、みんな。手洗いとうがいをしてから食堂に行こう」
子どもたちはハロルドの呼びかけに、「は~い!」と元気よく返事をする。
ぞろぞろと孤児院の建物に入っていく途中、ハロルドは子どもたちの列から逸れると、私の頬にチュッと音を立ててキスをした。
「――っ」
「あはは、赤くなって可愛い」
「もうっ、不意打ちをしかけてくるなんて卑怯だよ!」
「ごめん。ヘザーを見つけたらつい……触れたくなるから」
「うっ……」
恋人になってから、私たちは変わった。
お互いに呼び捨てで呼び合うようになり、以前よりぐんと距離が近くなった。
特にハロルドは、やたらとスキンシップをとりたがる。
気恥ずかしく思うものの、なんやかんやで絆されて、止めることができない。熱を持ったあの水色の目で愛おしそうに見つめられると、どうしても言葉が出てこなくなってしまうのだ。
***
食堂へ向かうと、院長がおやつの準備をしていた。
今日のおやつは、アシュリー様が届けてくれた小麦粉と砂糖とバターを使ったパンケーキだ。
アシュリー様は時おり、こうして嬉しい差し入れを持って来てくれる。
「院長、生地を混ぜるのは私がするから、座ってて」
「ありがとう、助かるよ。棚の掃除もしてくれてありがとうね」
「次の満月まで帰ってこれないかもしれないから、できるだけのことをしておくよ」
今夜、私とハロルドは魔界に行く。
一度魔界へ行くと、なんやかんやで長居してしまうのだ。
パパとママが引き留めるし、ルシファーが後継者教育をすると張り切ってしまい、帰られなくなったこともある。
彼らは今も、私を次期魔王にしようとしている。
「いつもすまないねぇ。老いぼれになってしまったせいで、何をするのにも時間がかかって困るよ」
「気にしないで。私とハロルドの二人で仕事をしたら、あっという間に終わることなんだから!」
院長が気にしないよう、努めて明るい声でそう言うと、院長は何も言わずに私の頭を撫でた。
「ハロルドはいい子だねぇ。毎日ヘザーに会うと幸せそうだし、進んで手伝ってくれる。二人が出会えて本当に良かった」
「うん……私には勿体ないくらい、いい人だよ」
ハロルドは毎日、屋敷からここに通っている。
最初は傭兵になるつもりだったハロルドだけど、元王妃プリシラから国民を救った褒賞として領地を賜り、領主となった。今は領主の仕事をするかたわら、こうして孤児院の仕事を手伝ってくれている。
私は孤児院に住み込みだ。初めはハロルドから一緒に住もうと提案があったけれど、院長の近くで手伝いたいと言って断った。
(だけど、今回の里帰りから帰って来たら、一緒に住むんだよね……)
ハロルドは屋敷の隣に孤児院を立て、そこに子どもたちと院長を招くことにしたのだ。
今の建物は老朽化が進んでいたこともあり、院長も子どもたちも喜んだ。
おやつの時間が終わり、食器を片付けようとすると、子どもたちが代わりに洗うと言ってくれた。
皿洗いを見守っていようとそばにいると、院長の手が私の肩を叩く。
「ここは私に任せて、二人はもう出発しなさい。ヘザーのご両親たちが首を長くして待っているはずだわ」
「は~い。行ってきます」
「ありがとうございます。行ってきますね」
私とハロルド様は、客間に置いていた荷物を持って、孤児院の外に出る。
「今回こそ決着をつけるよ。お義父さんに認めてもらって、ヘザーにプロポーズする」
「――フン、小僧のその自信はどこから来るんだ」
不機嫌な声が聞こえて振り向くと、パパとママ――そして、毛玉姿のルシファーがいた。
「えっ?! どうしたの?!」
「ふふっ、カーティスが待ちくたびれちゃったから、みんなでヘザーを迎えに来たのよ」
「ピャーッ……」
待ちくたびれたと言えば可愛いが、きっと迎えに行くと言ってルシファーの制止を振り切って来たのだろう。その証拠に、ルシファーがげっそりとしているし、声に覇気がない。
「さあ、ヘザー。帰ってパパと沢山話そう! ――小僧、お前は今回の戦いで叩きのめしてやるから覚悟しろ!」
「はいっ、お義父さん!」
「ハロルド、さっきのは死刑宣告だよ?! どうして嬉しそうなの?!」
「お義父さんに認めてもらえるチャンスがあるから嬉しいんだよ」
「命がけだけどね……」
突っ込みを入れると、ハロルドはこっそりと私に耳打ちする。
「それでもいいよ。だって、命を賭けられるくらいヘザーを愛しているから」
「――っ」
耳を押さえて振り向く私を、ハロルドは眼差しを蕩けさせて見つめ返してくる。
かつて強欲聖女と呼ばれて疎まれていた私は今、大切な人たちに囲まれて、賑やかな毎日を送っている。
(結)
***あとがき***
最後まで読んでいただきありがとうございました!
途中で投稿が途絶えて申し訳ございません…。
みなさまに応援いただき、なんとか完結まで辿り着けました。温かい応援に感謝申し上げます。
強欲に見えて実は心優しいヒロインのヘザーと、爽やかに見えて実はドがつくほどヒロインに執着しているヒーローの凸凹コンビはいかがでしたでしょうか?
二人のお話が少しでも皆様の日々の楽しみになっていましたら嬉しいです。
それでは、新しい物語の世界でまたお会いしましょう!
事件後、王妃はひと月も待たずに裁判にかけられて処刑を言い渡された。
国民を守るべき立場の王妃が自身の私利私欲のために国民を傷つけたことは決して許されなかったのだ。
事件に加担した元王妃殿下の父親やその家門の騎士たち、暗殺ギルドの面々もまた、処刑を言い渡された。
そして彼女の夫である国王陛下は、妻の罪に気づけなかった責任をとるかたちで退位し、第一王子が次の国王になった。
そしてもう一人、神殿長も罪を見抜けなかった責任を取り、神殿長を退任した。今は地方の教会で神官をしているらしい。
この事態を収めた大聖女アシュリーの評判は上がった。彼女が無実を証明した元聖女ヘザーについては、王家と神殿から謝罪があったのだけど――もう二度と、神殿に戻らなかった。
なぜならその聖女――私は、古巣の孤児院で、ハロルドと一緒に院長のお手伝いをしているから。
「ハロルド、そろそろおやつの時間だから、みんなを食堂に集めて」
うららかな春の日差しが温かい午後。
王都の片隅にある孤児院の庭園に出た私は、子どもたちと一緒に畑に生えた雑草を抜いている人物に声をかける。
子どもたちと一緒に地面を見ていたハロルドの肩がピクリと動く、顔を上げて私の顔を見ると、パッと目を輝かせた。
その様子はまるで、大好きな飼い主を見つけた犬のようで可愛らしい。
「わかった。すぐに連れていくよ。さあ、みんな。手洗いとうがいをしてから食堂に行こう」
子どもたちはハロルドの呼びかけに、「は~い!」と元気よく返事をする。
ぞろぞろと孤児院の建物に入っていく途中、ハロルドは子どもたちの列から逸れると、私の頬にチュッと音を立ててキスをした。
「――っ」
「あはは、赤くなって可愛い」
「もうっ、不意打ちをしかけてくるなんて卑怯だよ!」
「ごめん。ヘザーを見つけたらつい……触れたくなるから」
「うっ……」
恋人になってから、私たちは変わった。
お互いに呼び捨てで呼び合うようになり、以前よりぐんと距離が近くなった。
特にハロルドは、やたらとスキンシップをとりたがる。
気恥ずかしく思うものの、なんやかんやで絆されて、止めることができない。熱を持ったあの水色の目で愛おしそうに見つめられると、どうしても言葉が出てこなくなってしまうのだ。
***
食堂へ向かうと、院長がおやつの準備をしていた。
今日のおやつは、アシュリー様が届けてくれた小麦粉と砂糖とバターを使ったパンケーキだ。
アシュリー様は時おり、こうして嬉しい差し入れを持って来てくれる。
「院長、生地を混ぜるのは私がするから、座ってて」
「ありがとう、助かるよ。棚の掃除もしてくれてありがとうね」
「次の満月まで帰ってこれないかもしれないから、できるだけのことをしておくよ」
今夜、私とハロルドは魔界に行く。
一度魔界へ行くと、なんやかんやで長居してしまうのだ。
パパとママが引き留めるし、ルシファーが後継者教育をすると張り切ってしまい、帰られなくなったこともある。
彼らは今も、私を次期魔王にしようとしている。
「いつもすまないねぇ。老いぼれになってしまったせいで、何をするのにも時間がかかって困るよ」
「気にしないで。私とハロルドの二人で仕事をしたら、あっという間に終わることなんだから!」
院長が気にしないよう、努めて明るい声でそう言うと、院長は何も言わずに私の頭を撫でた。
「ハロルドはいい子だねぇ。毎日ヘザーに会うと幸せそうだし、進んで手伝ってくれる。二人が出会えて本当に良かった」
「うん……私には勿体ないくらい、いい人だよ」
ハロルドは毎日、屋敷からここに通っている。
最初は傭兵になるつもりだったハロルドだけど、元王妃プリシラから国民を救った褒賞として領地を賜り、領主となった。今は領主の仕事をするかたわら、こうして孤児院の仕事を手伝ってくれている。
私は孤児院に住み込みだ。初めはハロルドから一緒に住もうと提案があったけれど、院長の近くで手伝いたいと言って断った。
(だけど、今回の里帰りから帰って来たら、一緒に住むんだよね……)
ハロルドは屋敷の隣に孤児院を立て、そこに子どもたちと院長を招くことにしたのだ。
今の建物は老朽化が進んでいたこともあり、院長も子どもたちも喜んだ。
おやつの時間が終わり、食器を片付けようとすると、子どもたちが代わりに洗うと言ってくれた。
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私とハロルド様は、客間に置いていた荷物を持って、孤児院の外に出る。
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「えっ?! どうしたの?!」
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「はいっ、お義父さん!」
「ハロルド、さっきのは死刑宣告だよ?! どうして嬉しそうなの?!」
「お義父さんに認めてもらえるチャンスがあるから嬉しいんだよ」
「命がけだけどね……」
突っ込みを入れると、ハロルドはこっそりと私に耳打ちする。
「それでもいいよ。だって、命を賭けられるくらいヘザーを愛しているから」
「――っ」
耳を押さえて振り向く私を、ハロルドは眼差しを蕩けさせて見つめ返してくる。
かつて強欲聖女と呼ばれて疎まれていた私は今、大切な人たちに囲まれて、賑やかな毎日を送っている。
(結)
***あとがき***
最後まで読んでいただきありがとうございました!
途中で投稿が途絶えて申し訳ございません…。
みなさまに応援いただき、なんとか完結まで辿り着けました。温かい応援に感謝申し上げます。
強欲に見えて実は心優しいヒロインのヘザーと、爽やかに見えて実はドがつくほどヒロインに執着しているヒーローの凸凹コンビはいかがでしたでしょうか?
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