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「リュスト、さん……なんで」
正確に時間を計っているわけではないが、それでもいつも帰ってくるより随分と早い。
「忘れもんだよ。今日は娼館街だけじゃなくて町の方にも薬卸す予定だったんだがすっかり忘れてたんで取りに来たんだが……泣いてんのか?」
つかつかと僕に近づいてきて、リュストさんは袖で乱暴に僕の目元を拭った。昨日殴られたあざに当たって痛んだが、何も言わずにされるがままになった。
僕の目元がすっきりしたのを確認すると、彼は肩を押しのけるようにして一歩前に出る。
「で、誰だお前」
ぴり、と空気が緊張する。リュストさんの声は随分と刺々しいものだった。
僕でさえびくりと肩がはねて、恐怖を感じている。矛先にいる少年は、たまったものじゃないだろう。――いや、少年にはもう、周りを見る余裕なんてなかった。
「帰りたい……」
リュストさんの質問には答えず、その場に泣き崩れてしまった。窓枠に手をかけて、覗き込んだリュストさんは、少年の全貌が見えたんだろう。チッ、と舌打ちが聞こえてきた。彼もまた、少年がどこからここに、なんのために来たのかわかったようだ。
リュストさんは少年の腕を持ち上げると、乱暴に引っ張り上げた。細身に見えるのに、よくやるものだ。
べちゃ、と床に放り投げ、リュストさんは窓を閉めた。そして、後ろ手でその鍵を閉める。少し不自然な鍵の閉め方に違和感を覚えたが――その理由はすぐにわかった。
リュストさんは自身のベルトを引き抜き、少年の腕を拘束した。あまりにも鮮やかな手腕で、少年も僕も、反応に遅れる。
「はな、せっ……!」
「自由にさせるかよ。婆にいい土産ができたな。お前、あの娼館街から逃げ出してきたんだろ? 悪いが、見逃せねえ立場なんでな」
少しも悪いと思っていないような表情で、リュストさんは言った。はいつくばって身をよじる少年だったが、たったベルト一本の拘束は緩みやしない。
逃げられない、と悟った彼は、助けて、と僕にすがってくる。さっき僕に突き放されたのをもう忘れたのか――それとも、僕の方がまだ話が通じると思ったのか。そんなことないのにね。
だって僕は、この少年に底知れぬ苛立ちを覚えているのだから。
「この人に気に入られている方が大事だから、ごめんね?」と小さくささやく。大した声量ではなかったが、少年の耳に届いたようだ。
「ふざ、け、んなっ……! 俺は、帰りたい、だけなんだ……!」
「帰れねえよ」
涙を貯める少年に、バッサリとリュストさんは言う。そして一度、ちらと僕の方も睨まれた気がする。
「異世界の人間を召喚する魔術があるのは知ってる。でも、それを使うような魔術師は大国の宮廷魔術師だけだろうよ。こんな世界の端の小国の、そのなかでもとりわけ田舎のこんな村にそんな奴が足を運ぶことなんてねえ。魔術が使えるやつなんて王城に一人か二人いればいい、なんてこんな国に召喚魔術に理解があるわけがねえ。お前は――お前らは、一生帰る手段を知る人間に会えることなんて、ねえんだ」
突きつけられる現実に、少年は表情なく、静かに涙をこぼした。
「おとなしく股ァ開いて客取って、金を稼ぐんだな。いつか金がたまったら大国に行けるだろうさ。まあ、そんなに金を貯められるほど娼館主が金を持たせるとも、またこうして外に出られるようになるとも思わねえけどな。ハハッ、第一、大国の宮廷魔術師に会うコネもねえか」
おとなしくなった少年の腕を、ぐいと引っ張る。彼はもう、抵抗しなかった。
無抵抗の少年を抱え上げ、僕を見る。随分と渋い顔をしていて。苦虫をかみつぶしたような表情で、何か言いあぐねていたが、口を何度か開いたり閉じたりを繰り返し――ようやく言葉にした。
「お前もついて来い。こいつ掲げてたら薬が持てねえ」
荷物持ち、ということだろうか。それにしても随分と嫌な顔をする。それほどまでに花祭りに行かせたくないということか。別に今更女の人とどうこうしたいと思わないのに。
僕は素早く身支度をして、リュストさんの後を追った。
正確に時間を計っているわけではないが、それでもいつも帰ってくるより随分と早い。
「忘れもんだよ。今日は娼館街だけじゃなくて町の方にも薬卸す予定だったんだがすっかり忘れてたんで取りに来たんだが……泣いてんのか?」
つかつかと僕に近づいてきて、リュストさんは袖で乱暴に僕の目元を拭った。昨日殴られたあざに当たって痛んだが、何も言わずにされるがままになった。
僕の目元がすっきりしたのを確認すると、彼は肩を押しのけるようにして一歩前に出る。
「で、誰だお前」
ぴり、と空気が緊張する。リュストさんの声は随分と刺々しいものだった。
僕でさえびくりと肩がはねて、恐怖を感じている。矛先にいる少年は、たまったものじゃないだろう。――いや、少年にはもう、周りを見る余裕なんてなかった。
「帰りたい……」
リュストさんの質問には答えず、その場に泣き崩れてしまった。窓枠に手をかけて、覗き込んだリュストさんは、少年の全貌が見えたんだろう。チッ、と舌打ちが聞こえてきた。彼もまた、少年がどこからここに、なんのために来たのかわかったようだ。
リュストさんは少年の腕を持ち上げると、乱暴に引っ張り上げた。細身に見えるのに、よくやるものだ。
べちゃ、と床に放り投げ、リュストさんは窓を閉めた。そして、後ろ手でその鍵を閉める。少し不自然な鍵の閉め方に違和感を覚えたが――その理由はすぐにわかった。
リュストさんは自身のベルトを引き抜き、少年の腕を拘束した。あまりにも鮮やかな手腕で、少年も僕も、反応に遅れる。
「はな、せっ……!」
「自由にさせるかよ。婆にいい土産ができたな。お前、あの娼館街から逃げ出してきたんだろ? 悪いが、見逃せねえ立場なんでな」
少しも悪いと思っていないような表情で、リュストさんは言った。はいつくばって身をよじる少年だったが、たったベルト一本の拘束は緩みやしない。
逃げられない、と悟った彼は、助けて、と僕にすがってくる。さっき僕に突き放されたのをもう忘れたのか――それとも、僕の方がまだ話が通じると思ったのか。そんなことないのにね。
だって僕は、この少年に底知れぬ苛立ちを覚えているのだから。
「この人に気に入られている方が大事だから、ごめんね?」と小さくささやく。大した声量ではなかったが、少年の耳に届いたようだ。
「ふざ、け、んなっ……! 俺は、帰りたい、だけなんだ……!」
「帰れねえよ」
涙を貯める少年に、バッサリとリュストさんは言う。そして一度、ちらと僕の方も睨まれた気がする。
「異世界の人間を召喚する魔術があるのは知ってる。でも、それを使うような魔術師は大国の宮廷魔術師だけだろうよ。こんな世界の端の小国の、そのなかでもとりわけ田舎のこんな村にそんな奴が足を運ぶことなんてねえ。魔術が使えるやつなんて王城に一人か二人いればいい、なんてこんな国に召喚魔術に理解があるわけがねえ。お前は――お前らは、一生帰る手段を知る人間に会えることなんて、ねえんだ」
突きつけられる現実に、少年は表情なく、静かに涙をこぼした。
「おとなしく股ァ開いて客取って、金を稼ぐんだな。いつか金がたまったら大国に行けるだろうさ。まあ、そんなに金を貯められるほど娼館主が金を持たせるとも、またこうして外に出られるようになるとも思わねえけどな。ハハッ、第一、大国の宮廷魔術師に会うコネもねえか」
おとなしくなった少年の腕を、ぐいと引っ張る。彼はもう、抵抗しなかった。
無抵抗の少年を抱え上げ、僕を見る。随分と渋い顔をしていて。苦虫をかみつぶしたような表情で、何か言いあぐねていたが、口を何度か開いたり閉じたりを繰り返し――ようやく言葉にした。
「お前もついて来い。こいつ掲げてたら薬が持てねえ」
荷物持ち、ということだろうか。それにしても随分と嫌な顔をする。それほどまでに花祭りに行かせたくないということか。別に今更女の人とどうこうしたいと思わないのに。
僕は素早く身支度をして、リュストさんの後を追った。
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