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第二章 妃選び
18.妃候補たち(2)
しおりを挟むお茶会を終え、準備をする時にも使った王宮の一室で着替えて化粧を落としたミモザは寮に戻ると、時間は早いが風呂に入り、部屋に戻って勢いのままにベッドに突っ伏した。普段の仕事の何倍も疲れていた。ノックの音が聞こえたのでのろのろと体を起こして扉を開けると、夕食を持ったティンクと、なんとアンナベルがいた。ミモザのことを心配してわざわざ様子を見に来てくれたのだ。
ミモザはベッドに置いてあったクッションをいくつか床のカーペットの上に置いてそこに座った。ティンクも当たり前のようにそのクッションに座る。アンナベルは慣れていないだろうと椅子をすすめたが、彼女も同じように床に座ることを希望してどこか楽しそうにクッションの一つに腰を下ろした。
アンナベルも衣装を着替えていて、彼女らしい落ち着いた雰囲気のワンピースドレスを着ていた。「それで」と、ミモザが部屋に置いてあったポットのお湯を使ってお茶の用意をしている間にティンクが口を開いた、
「どうだった?」
「どうだったんだろう……」
思い出すだけでため息が出る。
「陛下とは会えた?」
「陛下はいつも参加しませんよ」
苦笑いしてアンナベルが言った。結局、あの後も国王が姿を見せることはなかった。妃候補が一人増えようが、彼には関係ないことなのだろう。
「陛下との親睦を深めるためのお茶会なんでしょう? 陛下がいないで、いつもどうしてるの?」
「一応、おしゃべりを……全員でというわけではなくて、近くの席に座った方たちとですが……早々に誰かが席を立ってしまうこともありますけど」
「そうなんだ……今日は全員ずっといたけど」
ミモザは言った。
「その様子だと色々言われたんでしょう?」
「言われないわけないよ」
「そうだよね」
「わたしももっとミモザをかばえればよかったんですけど……ごめんなさい」
「アンナベルが気にすることはないよ。疲れたけど、傷ついたわけじゃないし……アンナベルこそ大変だったでしょう?」
アンナベルは答えづらそうに微笑んだ。
「何を言われたの?」
「シトロンさまが選んだ候補者なんてロクでもないって」
「えぇ? 何それ? 言ったのって、人間の王女さま?」
「ううん、軍部の候補者」
「それって怒られないの? シトロンさまって、国王陛下の直属の秘書官なんでしょ?」
職業で差別することはよくないことだと言われているザルガンドでも当然仕事上の上下関係は存在する。たしかに一軍人であるロスソニエルとシトロンならシトロンの方が立場的には上かもしれない。
「ロスソニエルさんはシトロンさまにかなり、その……厳しい態度をいつもとっていて……わたしも何度か廊下で彼女がシトロンさまに詰め寄っているのを見たことがあります。シトロンさまは相手にしてないようでしたけど……」
それはシトロンがさぞうんざりしているだろう……ミモザはシトロンがかわいそうになった。
「お妃さまになりたいのに、シトロンさまにそんな態度とってたらダメじゃない?」
「彼女は別に王妃になりたいわけじゃないから……」
「そう言っていましたね。そんな気はしていたんですがああやってはっきり言われたのは今日がはじめてです」
「どういうこと?」
「軍部が妃選びをはじめた財務大臣のドゥーイ卿を牽制するために推薦した候補者みたい」
「ロスソニエルさん自身は亡くなった王妃さまのことを慕っていて、王妃さま以外は認めないという態度をずっととっていたんですが……そういう考えだから、軍部も彼女を候補者にしたんでしょうね」
たしかに推薦した候補者が本気で王妃になりたいと思いはじめたら意味がない。もちろん王妃が軍人ならば軍部の権力は増すかもしれないが軍部のトップはそれを望まないだろう。
「政治って感じ」
「わたしも似たような理由で候補者になったからなんとも」
「そうでしたね」
ミモザはあくまでシトロンが牽制のために候補者を送り込んだと見せる――主に宰相府の文官に対して――ための候補者だ。かと言って、ロスソニエルのように候補者を糾弾するつもりは全くないのだが。アンナベルとのんびりお茶を楽しめればいいと思っている……そううまくはいかなそうではあるが。
「候補者って、ミモザとアンナベルを入れて七人? その中から王妃さまが選ばれるのかな……」
「どうでしょう……最終的に決めるのは陛下でしょうし、陛下の恋のお話のこともありますから。父はそれを信じていないので、候補者の中から選んでいただくつもりでいるようですけど……」
「父?」
ロスソニエルが茶会でアンナベルのことを「父親の力でこの場にいる」と言っていた。まさか……ミモザは目を丸くした。
「はい……ドゥーイ卿は、わたしの父です」
***
アンナベルはザルガンドで生まれた精霊族だ。精霊は人間が作った物や道具などが年月を経て一定以上魔力を帯びることで生まれる魔族のため人間の国の出身者が多い。が、アンナベルは両親が精霊だったためこのザルガンドで精霊として生まれた。母親も同じく精霊の一族に生まれた精霊で、ザルガンドの地方都市出身だ。祖父母はそれなりに大きな商会を経営していたが、母はあまり商売には興味がなく、おっとりとしていて庭いじりが趣味だった。
父であるドゥーイは人間の国に生まれた精霊で、元は甕だったらしい――祖父から聞いた話で、父から直接聞いたことはなかった――人間の持ち物だった頃、持ち主の人間がその古い甕の中に金貨を貯めこんでいた影響か、父は精霊として生まれた時から金勘定がうまく、商売の才能があった。
見た目がほとんど人間と変わらなかったこともあり、父は生まれた人間の国で色々な商売をして暮らしていたそうだ。その後、ザルガンドへ移り住み、祖父に気に入られて母と結婚することになったらしい。
商売をつづけながらも父は名も無き王都へ引っ越して、王宮の財務部で働きはじめた。それからあっという間に今の財務大臣の地位に昇りつめたのだった。
アンナベルは母のことは好きだし大切に想っていたが、父には同じ感情を抱けなかった。父は金や権力のためなら何でもするところがあったし、アンナベルや母のこともそのためなら利用する。今回の妃選びもそうだった。アンナベルはもちろん王妃になどなりたくなかったし、いっそ母を連れて家を出たいとも思ったが、体の弱い母に苦労をかけることはできない。母の実家に向かうにしても祖父は父を気に入っているのでどんな反応をされるかわからなかった。結局、父によって強引に彼女は妃候補にされてしまった。しかも、あくまで保険として……。
***
「……似てないんだね」
ミモザはつぶやいた。他には特に何も思い浮かばなかった。
「わたしも遠目からしかドゥーイ卿のこと見たことないけど確かに似てない……アンナベルはこんなにかわいいのに……痩せてるし」
ティンクも同意した。
「か、かわいいかは……わたしは、母似なんです」
ティンクの言葉にアンナベルは頬を赤らめた。
「アンナベルが財務大臣の娘ってことは、財務大臣はアンナベルを王妃さまにって考えているの? アンナベルならやさしい王妃さまになるだろうけど……」
「父の本命はわたしではないんです。おそらくベライドのローズ王女かイシルマリのリリアナ王女だと思います。わたしは保険というか……引き立て役ですね……。父は自分の推薦した候補者が妃になれば、自分の権力が強くなると考えているんだと思います。今は宰相閣下もいないですし、動き時だと思ったんでしょうね……それから――」
「それから?」
アンナベルは眉を下げた。身内の恥を明かしている気分なのだろう。
「ザルガンドはアルディモアとしか国交を開いていませんから、他の人間の国はつながりを持ちたいみたいで……利害が一致した国から候補者を集めたようなんです」
「それが、ベライドやイシルマリ?」
「はい。特にベライドは――父の出身国で、ザルガンドと同じくらい手広く商売をしているみたいなので、仲がいい貴族も多いらしくって……父は仕事のことを話さないので、詳しくはわかりませんが…」
選ばれれた候補者の国からは見返りがあるのかもしれない。ザルガンドには人間の国では見られないような珍しい物が多くある。また、魔族の国と友好関係にあれば近隣国への牽制にもなるだろう。ベライド、イシルマリ、トロストの三国はその辺りのうまみから候補者を送ることにしたのかもしれない。それで王妃に選ばれたとしたらドゥーイには謝礼があってもおかしくはないだろう。
「誰も選ばれなかったらどうするの?」
「本当に、どうするんでしょうね……」
重く息を吐いて、アンナベルはひと口お茶を飲んだ。
「陛下の恋の話のこと思うと、可能性は高いよね」
「人間の国には伝わってないのかな?」とティンクが言った。
「ザルガンドの魔族でも父や父の派閥の魔族たちはあまり信じていないですし、魔族の少ない人間の国ではなおさらかもしれませんね……伝わっていても父なら誤魔化してしまいそうです……後々、問題にならなければいいのですが……」
ドゥーイがうまいこと言って候補者を募ったのなら国同士の問題が起きることはあるかもしれない。ミモザはなぐさめるようにアンナベルの肩を撫でた。
「そんなに気に病まないで」ミモザは言った。「もし後から問題になったとしても、それは財務大臣の責任なんだから。候補者を募ったのだって大臣なんだし」
「ミモザ……」
「大丈夫。何かあったとしても、自分は関係ないって気にせず放っておくのが一番だと思う」
「……ちょっとおいしいごはんが食べられる、くらいの気持ちで妃選びにも参加したんです、って?」
アンナベルが頬を緩めたので、ミモザも笑った。理由を知らないティンクがきょとんとしたのでアンナベルがミモザとの出会いを話すと、ティンクも明るい笑い声をたてたのだった。
***
イシルマリの王女であるリリアナは、実際のところ妃候補が増えたことに対して何の感情も抱いてはいなかった。その候補者が聖女アルティナの髪飾りの一件で顔を合わせたあの使用人だとは思わなかったが。
おそらく、あの一件がきっかけで王の秘書官だという青年が彼女を候補者にしたのだろう。理由はわからないが――一番考えられることは、この妃選びの主催者であるドゥーイの対抗馬として、だろうか? 対抗馬になれるかは別として……。
「新しい候補者の方が今日から参加されたと聞きましたが」
リリアナの髪にやわらかな香りのする香油をなじませながらジュリアがたずねた。今日の茶会に伴っていたのは別の侍女だったので、ジュリアはあの使用人が妃候補になったことを知らなかったのだが、それを伝えると驚いて手を止めてしまった。
「まあ……使用人の方が……候補者に? それはあまりにも殿下に対して失礼なのでは?」
ジュリアの声は困惑していた。ここがイシルマリであれば確かに問題になっていただろう。
「この国にはそういう考え方はないようです」
リリアナはそういうものだと受け入れている。この国に――この王宮に滞在するようになってから驚くことは多くあったが、一々目くじらを立てるべきではないとリリアナはすぐに受け入れるようにしていた。もちろん、自分たちに対しては「もう少しこのように対応してほしい」という希望を告げることもあり、それは相手もきちんと受け入れてくれる。
「わたくしたちは今後のためにもこの国での言動には気をつけなければなりません」
「申し訳ありません」というジュリアの声を聞きながらリリアナは目を閉じた。そう、今後のためだ。リリアナは王妃の座には関心がなかった。
元々、この国の妃候補となる予定だったのはイシルマリのとある高位貴族の令嬢で、その貴族はドゥーイと商売でつながりがあった。他国の妃選びに、ということだったので王家に黙っているわけにもいかず、その貴族は許可を得に来たのだが、話を聞いたリリアナの父である国王がリリアナを候補者として向かわせるように話を持っていったのだ。
王家はアルディモアがザルガンドと国交を結んでから、イシルマリも同じく国交を結ぶことができないかと常々その機会をうかがっていた。この妃選びは、やっと手にしたチャンスだった。当然、リリアナは王妃になることよりも国同士の繋がりを得ることを第一の目的とするように言われている。
そしてそれはあくまで対等かそれ以上の関係でなければならなかった。アルディモアは一応は対等な関係でいるが、ザルガンドの方が上の立場なのは傍から見れば明らかだ。アルディモアよりやや国力の劣るイシルマリが国交を結べたとして、果たして対等な関係にまで持ち込めるのだろうか? だからこそ、ささいな言動にも気をつけなければいけない。
新しい候補者を気にするならば、肝心の国王に会う方法を考えなければ……リリアナはゆっくりと息を吐いた。
ベライドの王女であるローズは自身にあてがわれた客室に戻るとその表情を途端に険しくし、大きく舌打ちをした。腹が立って仕方がなかった。あの無礼な軍人の女はもちろんのこと、新しい妃候補にもだ。使用人と一国の王女である自分とを同じ立場に置くなど、考えられない。しかしそれを表立って批判するのは愚かだということも彼女はよくわかっていた。
「あのミモザとかいう小娘のことを調べておきなさい」
彼女に従順なベライドの侍女たちは一礼するとすぐに動きはじめた。表立って批判することはできないが、すぐに妃候補から引きずり降ろさないと気が済まない――これでもしあの使用人が選ばれるようなことが万が一にもあれば……ローズには許しがたいことだった。今はまだ国王が姿を現していないが、今後のことはわからないのだから。
他の妃候補たちも無関心の者、憤りを感じる者、その反応は様々だった。それぞれに思惑を抱えるこの妃選びがどうなるのかは、まだ誰も知らずにいた。
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