謝漣華は誘惑する。

飴谷きなこ

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旺昭儀、密会する。

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 今や旺妃おうひ改め、旺昭儀おうしょうぎとなった夏遥かようの宮はとても静かだ。
しわぶき一つ聞こえず、仕える侍女も女官も宦官も、下働きたちですらも声ひとつ立てもしない。
大司農であった父が勅勘ちょっかん(皇帝の怒り)を賜り、外宮内に設けられた牢に収監されてからと言うもの、遥の周りの状況も一変した。

 父の罪に連座して、本来であれば冷宮送りになるものを皇子を産み参らせた母であると言う立場を考慮されて、位を妃から昭儀に格下げし、蟄居閉門ちっきょへいもんとなった。
まだ父が関わったという事件は調査中ということで、これ以上の罰はないだろう。

 しかし、遥の産んだ皇子であるりょうは、静まり返った宮で不安に思うのか、ぐずる回数が増えた。
遥自身もあやしたりするのだが、産後すぐに乳を含ませることもなく乳母に渡してしまっているせいか、いまいち遥を母だと認識していない気がする。
正妻ではない遥の場合、母親もしくは母方親族になんらかの問題があれば、子は嫡母である正妻、つまりは皇后が養育するかもしくはほかの妃嬪が養育に当たることになる。
今回は遥には直接の咎はないとされて、諒は手元で養育することを許されたが、いつまた子と引き離されるかもわからない。
それも遥にはとても腹立たしいことだった。

 自分が生んだ唯一の子であると言うこともあって、諒はかわいいと思う。
機嫌よくきゃっきゃと笑い声をあげているのを見ると、自然と頬も緩み、その乳の匂いのする顔にみずからの頬をすり寄せたりするのだ。

 乳母に抱かれて緩やかに体を揺らされながら機嫌よく笑う我が子を見るにつけ、遥は今自分が置かれている現状が怖くなる。
このまま父がかかわった事件で、父に罪があるとなれば、遥の連座は免れるかどうかわからない。
たった一度の幸運で生まれた諒の誕生を、皇上は殊の外喜んでくれて、遥に妃の地位を与えてくれたが、今、父が勅勘を賜ったことで連座されて位を簡単に引き下げられた身としては、将来が不安で仕方がない。
今まではとにかく諒を次の帝位に付けようといろいろと根回しなどをしてきたのだが、このままではもしかすると母子そろって殺されてしまうこともあるかもしれない。

 諒自身は命長らえたとしても、わたくし自身はどうなるのか。

 良くて冷宮送りかもしれないが、場合によっては賜死の可能性もある、と思うと体がぶるりと震えた。

 この子の為に、無事に育て上げる為、生き延びる為に。
先の東宮は梅貴人に命じて、どこかの国の商人だとか言う者から献上された毒を少しずつ飲ませて病気に見せかけて殺した。
その東宮が薨去してから、すぐに別の成人した皇子が立太子したが、これも同じように毒を少しずつ盛っていけばいいだろう。
幸い、当今の皇子は先の東宮を含めてたったの三人だ。
皇女はそれなりにいるが、全て降嫁したか出家して尼となったか女道士として神仏に仕えている。

 父の事件でみずからの地位が格下げになったり、待遇がここまで変わるとは思わなかった。
やはり、上位の妃嬪の地位は必要だ。
それとやはり金はどうしても要る。
遥は実家から連れてきた腹心の侍女、小青しょうせいを側に招き寄せて、耳打ちをする。
小青はその言葉に耳を傾け、頷くと遥の耳飾りなどの装身具を持ち出す。
正門の警備をしている責任者へ渡し、梅貴人へ使いを出した。





 梅貴人が旺昭儀の宮を訪れたのは、辺りがすっかり暗くなってからだった。

「お召しによりまかりこしました」

 跪礼をして、許しを得て顔を上げるが、その目は伏せたままだ。

「梅貴人。先日のお薬の事なのだけど」

 かちゃり、と茶器の蓋をずらして優雅に茶を飲みつつ、旺昭儀が何でもないことのように口火を切った。

「とても良く効いて助かったわ。もう少し、欲しくて」

 茶器を小卓へ置くと、梅貴人に向き直る。

「お願いできないかしら」

 可愛らしく小首をかしげてお願いとは言うが、命令である。
格下げされたとは言え、嬪の位に留め置かれている旺昭儀とたかが側女の一人にすぎない梅貴人とでは、その地位は天と地ほどの差がある。
それほどまでに後宮内における地位とは絶対なのだ。

「……お使いになるのは、旺昭儀さまでいらっしゃるのでしょうか? 」
「そうね……時たま、わたくし不安になるの」

 ほっそりとした指を団扇の柄に添えて、華奢なあごに当てて思案して見せる。
梅貴人はそれを聞いて、背中に冷たい汗が伝い落ちるのを感じる。
小さな青磁の香炉から、薄く煙が立ち上り、すがしい香りが辺りに漂った。

「ほしいものってしっかりと手の中に握りこんでおかないと、いつの間にか誰かのものになっていたりするでしょう?」

 そう言って遥はそのまま小首をかしげて見せた。

「あなたもそう思わなくて?」

 仕草はあくまで優雅で可憐だ。
けれどその愛らしい花びらのような口から出てくる言葉は、猛毒を含んでいる。

「おねがいできるかしら」

 既にひと一人手にかけてしまった梅貴人に拒否権はない。
優雅に一礼をすると、闇に紛れて旺昭儀の宮を退出する。
旺昭儀が謹慎を命じられている以上、訪問は目につかないようにしなければならない。
急いで自分の宮に戻った梅貴人は腹心の侍女を呼んで何事か命じた。
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