エルフに転生したら花吐き病になりまして、生薬素材のために思い人に飼われています

ひやむつおぼろ

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花吐くエルフ

一話 エルフ 転生 里八部

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 エルフとして生まれ、オレは戸惑っていた。日本での記憶は夢で断片的に、しかし鮮明に思い出していた。奇妙で近未来的な前世を己の前世であると自覚するまでには時間がかかって、エルフ族のスピカとして生活して20年経ってた。

 今まで、エルフとして菜食主義的、自然主義的に生きていたのに急に科学調味料の味と肉の味の旨さを知ってしまったんだぞ。その破壊力といったらないだろ?

 それに、人間とエルフは何故か戦争しているし。

 戦争を経験してない高校生の記憶は、人間と戦争することに対して嫌悪を示していた。
目の前で人間が血を流す。血を流しながらエルフに立ち向かって、切り捨てられていく。矢がいられて、血が噴き出て冷たくなっていく。医療班がいないのかそれとももとよりこの兵士たちに十分な包帯や薬が配られていないのか、たくさんが目の前で死んでいく。

 エルフたちはポーションを煽り、人間の攻撃で受けた傷を完全に回復させてから反撃する。最初は頭数が少なく劣勢だったエルフ軍は、人間を殺し、肩を並べた。

 うめいてうずくまって、死に絶える人間の姿をずっと見続けるなんて俺は耐えられなかった。

ーー

「スピカ、一体どうしてしまったんだ。」

 とうとう、戦地で人間を殺そうとした兵士を止めてしまった。その人間は撤退したが、この行動はエルフの里からすればひどい裏切りだ。里に帰ったあと、すぐに呼び出されてしまった。後ろには騎士団長、目の前には四半世紀生き抜いてきた里の長。ピリリと張り詰めた空気のなか、口を開く。

「人間とエルフの違いがわかりません」

「…もうしてみよ」

 白い髭を蓄えた長が膝の上でしわくちゃで傷まみれの手を握りしめる。

「人間とエルフは同じ姿形をしています。私に家族や仲間がいるのと同じく、人間達にも家族や仲間がいるはずなのです。私が戦場で人間を殺せば家族仲間が苦しみ恨むでしょう。1人殺せば、10人から、10人殺せば100人から恨みを買います。恨みは人間に武器を握らせるでしょう。そしてまた繰り返すのです。…人間がエルフを1人殺せば私たちが恨みます。おなじです。」

 ぎしっと騎士団長の皮鎧が音を立てる。

「人間を1人残らず殺すべきだと、思わんのか。」

「そうすれば、きっとエルフも人間もどちらも滅びるでしょう。恨みがある限り暴力は止まりません。私たちは人間に殺されるのでは無く、自分たちが生み出した恨みに、暴力に殺されるのです。」

 長は拳を解き、頭を抱えた。後ろで兵長も呆れたと言ったため息をはいた。

「お前はなんて青いんだ…。」

「お前の言い分はよくわかった。戦場で偽善を振りかざされてはたまらん。スピカを戦場から外す。」

「……。」

「返事は?」

「はい」

ーー

 結局、オレは納得できなかった。オレが戦場に立とうが立たまいが関係ないだろう。戦争がある限り、エルフが人間を殺すことに変わりないんだ。

 自宅謹慎中こっそり家を抜け出し、戦場に赴いた。救急キットと隠密の外套を持って。危険なのは重々わかっている。だが、それより何より死んでしまうのを黙ってみてはおけなかった。

ーー

 戦の最前線から少し外れたところまで負傷した人間を運ぶ。兜が外れ、ふわふわとした、しかし艶のひとつもない金髪が姿を見せる。腹の傷は止血用に包帯を巻いて処置したが、頭に打撲痕がある。内出血していたら……。あまり動かしてはならない。慎重に魔法を使って人間を運ぶ。

「う、ぁ…てんしさま、か?…」

「しっかりしろ。まだお前は生きてる。薬を飲め。」

 まだ歳はもいかないだろう幼さを残した少年が死にかけている。前世のトラウマがダブる。手を止めれば死ぬと奮い立ちながら行動する。幸いファンタジー世界だ。ポーションは外傷にかけてよし飲んでよしなのだ。体力が回復するかどうかは、本人の気持ち次第だが。

「てんしさま、なぜ……?もう苦しいんだ。死にたいんだよ。ころしてくれ。」

「何を……。おいっ、大丈夫か」

 いきなり口元を覆い始めた。吐かないように必死に口を覆っているが、気道に吐瀉物が詰まれば死にかねない。オレは少年の手をひきはがす。

 ごぼっという音と共に少年は、花を吐き出した。唾液に濡れた花が俺の手の中に現れる。

 花に詳しくないオレには花言葉どころかこの花の名前さえわからない。ただ疲弊しきった少年から、艶やかな大振りの花弁の花が吐き出される様を呆然と眺める。

 ポーションが効けば体力も戻るはずなのに。彼は傷ついた様子で蹲り花を吐き出す。

「ぐっ、ゥ…。もう、やだ。おれは、もう兄さんをすきじゃないから、もうかんちがいなんてしないから…ころして、いやだ、もう、つらいんだよ。」

「花吐き病…」

 腐女子の幼馴染の戯言を思い出す。花をまだ吐いてる。百合の花じゃないということは、彼はその人を思い続けているんだろう。

 天使様、殺してくれよ。彼は自決用のナイフをオレに手渡す。

「もう、いやなんだ。おれは。はくたびに、みじめになる。絶対に、伝えちゃダメだ。死ねないままずっと隣にいたんだ。でも、せんそうで死ねば、自殺じゃない。国のせいにできる。徴兵で戦死したら……。おれはこのはなを、はかまでもってけるんだ。」

 彼の翠の瞳が翳っていく。腹の傷を止血した包帯から、血が出始める。

「だから、ころしてほしい」

「ーっ、ふざけんな。何が花吐き病だ。次の恋にでも行けばいいだろ。なんでそいつを諦めないんだ。なんでお前が死ななきゃなんねぇんだよ。」

「…できないから吐いてるんじゃないか。てんしさまはばかだな」

 血が止まらない。ポーションが効いていない。生きるつもりがなければ、ポーションは通用しないんだ。

「おい、しっかりしろ!」

「次は、しあわせなこいがしたい、おねがいだよ、てんしさま」

「……、くそ」

 少年は静かになった。光を通さなくなった瞳は、黄色の花弁を風に揺らし散っていった花を虚に写していた。

ーー

黄色のチューリップ 望みのない愛


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