エルフに転生したら花吐き病になりまして、生薬素材のために思い人に飼われています

ひやむつおぼろ

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花吐くエルフ

プロローグ 

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 化学のノートをたたんでため息をつく。燃焼の化学式を暗記し、過去問を解いて……。それでも採点結果は芳しくなくて担任も進路指導の先生も、「進学したほうがいいんじゃないか」という。でも、俺は早く救急隊員になりたい。予備校も大学も必要ない。いま、努力すれば最短でなれるはずなんだ。採点結果を握りしめて帰り支度を済ませる。

 通知を切っていたメッセージアプリを開いて絶句する。「いつもの教室で待ってる」というメッセージが来ていたからだ。それも二時間前に!帰りが遅くなるから一人で帰れと言っていたのに……日が傾いてオレンジ色になった廊下のリノリウムをきゅっと鳴らしながらいつもの空き教室に行く。

 きれいに並んだ机、窓際の席に一人、スマホを手にもちすすり泣いている。うつむいて嗚咽を吐きながらぽつぽつ泣いている、学校の怪談じみた女は俺の幼馴染だ。

「おい。何泣いてんだよ。ーーー。」
「あ、ーーー。これ見てよマジで泣けるから。」

 荷物を背負い教室のカギを返して、帰路に就く。幼馴染はスマホを、漫画と小説の投稿サイトの画面を見せてくる。少年誌で連載されている人気漫画のバディが、片方だけ華奢に書かれているファンアート……いわゆる二次創作だ。幼馴染は腐女子というものらしく、同性愛者の話をよく創作して発信し、他の腐女子同志の二次創作を見ている。この学校にはあまり同志がいないらしくて、もっぱら一人でいることが多い。俺があんまり拒否しないことをいいことに、たまに自分がいいなと思ったお勧めの作品を見せてくる。ファンアートなのに…いやだからこそなのだろうか、バトルシーンもカッコ良かった…。しかし、そのあといきなり、華奢の方がトイレに駆け込み花を口から吐き出した。

「なんでこいつ花を吐き始めたんだ?」
「花吐き病だよ。そういう創作奇病……病気。」
「フィクションの病気か。」

 検索エンジンの窓に花吐き病と入れると、まとめサイトが現れる。ふーん「片思いをした人間だけが発病する植物を嘔吐する奇病」で、「片思いを成就させると、白百合を吐いて終わる」……随分とロマンチックな病気だな。

「少女漫画がもとになってるのか。この病気の感染経路は?」
「誰かが吐いた花に触るとってのを見たことあるよ。はー、にしたって…。こんな素敵設定をこの世に出してくれた作者並びに出版社に感謝。」


 幼馴染は明後日の方向に頭を下げる。こいつは少しだけ変わったやつで、出版社の本社が立っている方角にお辞儀をするのだ。

 オレはひときしりその奇行をみて苦笑いすると、スクールバッグを肩にかけなおす。明日提出の課題があるとか体育がめんどいとか笑いあっていつも通りの帰路を辿っていく。

「それで、救急隊員にはなれそうなの?」
「……あんまり、試験結果がよくなくて。」
「それでも、がんばるんでしょ。ーーは救急車のお兄さん、あこがれてんだよね。」
「俺は救急隊員になって、一人でも多くの人を助けるんだ。あの時みたいに目の前で死にそうな人がいたら……。ちゃんと手を差し出せるように。 」
「……そっか。かなうといいね。」

 幼馴染ははにかみながら応援してるよと、こちらを見つめ黒い髪を耳にかける。まるっとした耳が西日に当たって赤くなる。

 そんな平和ないつも通りの1日はすぐに色を変えた。

 大きな影が電柱に体を擦り付けて、猛スピードで迫ってくる。トラックだ。

 バキッと音がして、サイドミラーが吹っ飛ぶ。

 黒い髪がふわっと暴走車の風に煽られるのを見て、オレは幼馴染を突き飛ばした。オレと、トラックを、チャコールグレーの目が信じられないって見開かれて…。それで…。

ーーー

「ーーカ、スピカ。起きてくれ。」

 ギイッと鉄格子の檻が開きベッドの柵に繋がれた鎖を、屋内なのに外套を頭まですっぽり被ったご主人様が解く。

 そう、鉄格子と鎖。なんなら足には足枷だってついている。ここは人権と出版社とスマホがあった世界ではない。

 自分の耳を引っ張る。尖ってんだよな耳が。肌は透けるように不健康に白く、爪は青く、髪もまっちろけ。日本にいたときの黒髪も日に焼けた肌ももうない。なんならタッパもない。いや、エルフの里だとまぁまぁ背の高い方だったんだけどな。目の前の男の方がでけぇんだもの。泣けてくるぜ。

 がっちゃんばったん。孔雀の羽のハタキが1人でに動き、ちりやゴミを風で外へ追いやる。カップがソーサーと共にUFOのように浮かんでサイドテーブルに行儀よく座る。ポットが傾きなみなみと紅茶が注がれる。

「はい、ご主人様」

 あたたかなお茶が喉を潤していく。

「いい返事だ。具合はどうだい?君は沢山吐かないといけないから、喉をよく痛めるだろう。」

「……。ご主人様、奴隷には身に余るお言葉です。」

 込み上がってくるものを無理やり押さえ込む。まだ時間じゃない。仕事場で、吐かなきゃ。

「今日も、調合しなきゃならないんだ…。よろしく頼むよ。」

 ポンポンっと頭を撫でられ、そのまま、横抱きにされる。外套からは、ご主人様の匂いが、して…、分厚い皮の外套越しにぬくもりを、感じて…。

「…ごしゅじ、ん…ご主人様、揺れるから、とても吐きそうです。」

「ええっ!ここで吐かれたら困るよ。」

「急いでください。」

 間違えるな、今じゃない、傷つくな。柔らかな匂い、柔らかな口調。でもそれはオレが、薬に使える薬草を吐くからだ。その薬草はご主人様の大切な人のために使われるんだ。

ーー
 木でできた大きなたらいを抱え込む。

 ゲェッと吐いた花は、花弁をたっぷりと開き甘い匂いを放つ。花も茎も根も、傷つかないように、喉の奥を開く。

 吐いた花は手袋越しに拾われる。でもそれは生けられることも、愛でられることも、腕に抱かれることもなく、ご主人様が聖水で洗ったあと、天日干しされ、乳鉢ですり潰される。

「うん。今日もいい花だ。ありがとうね。」

「ゥ…げぇ…」

 喉を広げる。汚らしく、涎で汚れた花弁がたくさん桶の中に山積みになる。汚いそれを、一つ一つご主人様は拾い上げ、種類ごとに分けて並べていく。

「ああ、今日は一段とよく吐くね。この花は鎮痛に必要なものだから、ありがたいな。」

「…奥様のご病気が治るといいですね。」

「あぁ、あぁ…。ありがとうスピカ。君のおかげだよ」

 言葉を詰まらせながら、ご主人様は優しく笑う。
 それだけで、また胸が苦しくなり花が喉奥からこみ上げる。
 ああ、花吐き病、なんて厄介な病気なんだ…。鮮やかな花が、俺の悲劇を嘲り笑うのだ。
 お前は諦められていないと。
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