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2.図書部捜索チーム
呼びかけに応じて
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課題の勉強をする、課題の面倒を片手間に見る。ソースコードを書く。
本来の用事はもはや忘れ去られていた。石田から示されたメッセージに二人は打ちのめされた。石田拓朗は境界の扉の向こうで取材という名の勇者ロト的生活を過ごしていて、帰り方も分からないで、後々探すと言い放つ始末だった。危機感のかけらもなかった。
「石田って、こんなにやばい奴だっけ」
「やばいというか、題材に真摯と言ったほうがいいんじゃないかな」
「真摯って、やり過ぎにも程があるでしょ」
「境界の扉って題材には踏み込んじゃいけない世界があって、石田は何も考えずに入り込んでしまった、そんなところかもしれない」
「尻拭いができない、石田先輩はそう言ってたね」
高畑は石田とのトーク画面を閉じて友だち一覧に戻した。その時点で表示されている『石田孝之』にカーソルを重ねた。この段階で連絡をしてみるべきか。もう少し様子を見て何が起きているのかをもう少しはっきりさせるべきか。
石田は本気で向こう側にいるのか、そう言い張っているだけなのか。
石田の取材を止めるべきか、ネタを持ち帰ってくるのを期待するか。
トラックパッドの直前で身動きが取れなくなっていた一本指を沈め、いよいよ石田孝之とのトークに挑んだ。
「石田拓朗が連絡してきました」
「高畑宛にか」
石田孝之からの返信は五秒もかからなかった。
「話は現実らしくはないのですが、異世界というか、境界の扉の向こう側に行ったようで」
「それで、拓朗は戻ってくると言ったのか?」
「戻り方は知らないと、おいおい探すと」
「何をしたと言っていた?」
「モンスターを倒したとか」
「ざっくりといえばゲームのような世界ってことか」
「そうなります」
矢継ぎ早に来た質問がはたと途絶えた。既読マークは付いているから内容は見ているらしいが、次に来るべきメッセージが届かなかった。
高畑はトーク画面を石田拓朗としていたものに切り替えて、一通り画面キャプチャを撮った。石田孝之とのトークに戻るなり、その時点でも返信はなくて、立て続けに画面キャプチャを連投した。
全ての画面キャプチャをトークに乗せて、横で既読マークが付いてゆく。ややあって返信が来た。
「まだ生きていたのか、よかった」
間をおいて絞りだされた石田孝之の言葉に連想されるのは図書部での激高した姿だった。石田は弟の死をすでに想定していたのだ。失踪が知らされた瞬間ではない、石田拓朗が境界の扉を題材にすると発表したその時から、兄は彼が死ぬ可能性を考えていたのだ。尻拭いができない、すなわち、命の危機に陥ってしまう。
グループトークに招待することを提案したら二つ返事だった。部員を相手に激しい感情を見せた彼だから、この問題の中心人物たる弟には相当厳しい攻撃を与えるものと想像するのは簡単だった。
高畑の予想、浦に至っては期待に近い気持ちだったが、石田兄が初めて送った言葉はすこぶる落ち着いた調子だった。
「今すぐ帰ってくるんだ。方法が見つけられなければ俺を頼れ。場数は踏んでる」
これまでとは異なる反応だった。二年生との対話ではアプリをずっと監視しているかのような速度で既読マークがついたにもかかわらず、兄のメッセージはその気配がなかった。
パンケーキを一口大に切り取って口に放った。
「反応ないね。既読つかないし」
「なんだろう、兄だから? 相手したくないとか」
「私は既読スルーされたのに? もしかして気づいていないだけじゃ」
「ありえなくはないけれど」
トーク画面のアイコンに『1』のバッチ表示があった。石田拓朗からのメッセージだ、高畑はトークの一番下を確かめたが、あるのは兄のメッセージ、弟からのメッセージは届いていなかった。まだ未読のままだった。
よくよく見てみれば、石田は石田でも兄の方からのメッセージが別のトークにやってきていて、
「そもそもなんだが、あいつは『ここではない世界』でLINEなんかできるのか?」
と指摘した。
高畑は腕を組んで背もたれに体を預けた。石田の問いかけに高畑は答えることができなかった。石田からメッセージが飛んできたからてっきり使えるものだと思っていた。考えてみれば当たり前である。日本に比べて遥かに不便だと石田拓朗は言っていた。彼の連絡はLINEだった。その矛盾にどうして気づかなかったか。やりとりが極めて自然だった。
「ですが、実は境界の扉の向こう側にいなくて、そこら辺で連絡している可能性も」
「分からない。材料がない」
誰も石田拓朗に近づくことができなかった。高畑も浦もLINEの画面以外に石田へ近づく手段がなかった。石田孝之の『分からない』という言葉も二人の思考を停止させる。危ない橋を渡ってきた石田孝之が分からないというのは、危なすぎるか、どの橋を渡ればいいのか分かっていないということだ。
「拓朗に呼びかけてみてもらっていいか? どんな内容でもいい。最近の暮らしぶりが当たり障りない」
石田孝之とのトークにメッセージが届く。
「石田先輩は何をしようとしているのかな」
「分からないけど、何か思うところがあるんじゃないのかな。とりあえず言うことを聞いておこうか」
飯田孝之が言ったとおり、石田孝之がどんな一日を過ごしているのかを質問してみる。反応がないことを期待していたが、すぐに既読マークがついてメッセージが返ってくるのだ。
「朝起きて、朝ご飯食べたら、役所の窓口に出向いてクエストを探して、それでその日のクエストをしている感じです」
「あとは次の街に移動するため馬車に乗せてもらったり、行商人について行ったり。まだ歩いて街を移動することは経験してませんね」
「仕事によっては日をまたいでダンジョンに入らないといけないらしいです。僕はやったことはないですが、そんなボリュームの仕事が掲示されているのを見ました」
石田拓朗は饒舌に異世界の生活をつづった。兄が送ったメッセージには、何をしたのだろうか、既読マークがつかないままだった。
一日のざっとした流れを話したかと思えば、こちらから振ってもいないのに食事の話を始める。見たこともある食べ物もあれば見たこともない食べ物か疑う見た目もあった、と。モンスターも食料として扱われていること、など。
石田拓朗が自慢気に語っている横で石田孝之から連絡が届いた。トーク画面を閉じてもなお異世界レポートは止まらず、新着メッセージ数はどんどん増えてゆく。
石田孝之とのトーク画面。高畑が反応するよりも早く浦が細い悲鳴を上げた。高畑も開いてから固まってしまった。送られたメッセージの意味を理解するのに頭を全て使い切ってしまって、体が動かなかったのだ。
「携帯に電話をかけてみたが、電源が入っていないらしい。あいつはどこからLINEしてるんだ?」
石田孝之のメッセージを噛み砕く。高畑と浦が陽動している間、兄は弟に電話をかけた。つながったかと思えば、耳にするのは『おかけになった電話番号は、電源が切られているか、電波の届かない』といった類のメッセージを再生されたのだろう。スマートフォンが圏外である時、LINEのメッセージが送れるものか。
新着メッセージは、まだ増えていた。
怖くなってLINEアプリを閉じた。アプリの裏に控えていたテキストエディタが表に出てきてコーディングを求めていたが高畑の指はソフトの求めをことごとく拒んだ。パンケーキの上に巻かれたホイップクリームはだらけて白い皿に垂れ流された。
ファミレスというスペースで食事を楽しむ一行や勉強に集中する一行がいる中、高畑と浦のテーブルは別れ話に入る直前のカップルだった。黙々と食事をしているわけでもなければ、勉強にいそしんでいるわけでもなかった。ただ画面が黒くなったスマートフォンを持っているのと、ノートパソコンに視線を落とすだけの二人組。互いに視線を合わせないで、自分の持ち物ばかり見ていた。
当然ながら本来の目的を続ける考えはない、いや、石田拓朗のことを考えることも避けたかった。
「そのさ、今日はもう、やめない?」
浦の切り出した言葉に高畑はノートパソコンを畳んだ。
本来の用事はもはや忘れ去られていた。石田から示されたメッセージに二人は打ちのめされた。石田拓朗は境界の扉の向こうで取材という名の勇者ロト的生活を過ごしていて、帰り方も分からないで、後々探すと言い放つ始末だった。危機感のかけらもなかった。
「石田って、こんなにやばい奴だっけ」
「やばいというか、題材に真摯と言ったほうがいいんじゃないかな」
「真摯って、やり過ぎにも程があるでしょ」
「境界の扉って題材には踏み込んじゃいけない世界があって、石田は何も考えずに入り込んでしまった、そんなところかもしれない」
「尻拭いができない、石田先輩はそう言ってたね」
高畑は石田とのトーク画面を閉じて友だち一覧に戻した。その時点で表示されている『石田孝之』にカーソルを重ねた。この段階で連絡をしてみるべきか。もう少し様子を見て何が起きているのかをもう少しはっきりさせるべきか。
石田は本気で向こう側にいるのか、そう言い張っているだけなのか。
石田の取材を止めるべきか、ネタを持ち帰ってくるのを期待するか。
トラックパッドの直前で身動きが取れなくなっていた一本指を沈め、いよいよ石田孝之とのトークに挑んだ。
「石田拓朗が連絡してきました」
「高畑宛にか」
石田孝之からの返信は五秒もかからなかった。
「話は現実らしくはないのですが、異世界というか、境界の扉の向こう側に行ったようで」
「それで、拓朗は戻ってくると言ったのか?」
「戻り方は知らないと、おいおい探すと」
「何をしたと言っていた?」
「モンスターを倒したとか」
「ざっくりといえばゲームのような世界ってことか」
「そうなります」
矢継ぎ早に来た質問がはたと途絶えた。既読マークは付いているから内容は見ているらしいが、次に来るべきメッセージが届かなかった。
高畑はトーク画面を石田拓朗としていたものに切り替えて、一通り画面キャプチャを撮った。石田孝之とのトークに戻るなり、その時点でも返信はなくて、立て続けに画面キャプチャを連投した。
全ての画面キャプチャをトークに乗せて、横で既読マークが付いてゆく。ややあって返信が来た。
「まだ生きていたのか、よかった」
間をおいて絞りだされた石田孝之の言葉に連想されるのは図書部での激高した姿だった。石田は弟の死をすでに想定していたのだ。失踪が知らされた瞬間ではない、石田拓朗が境界の扉を題材にすると発表したその時から、兄は彼が死ぬ可能性を考えていたのだ。尻拭いができない、すなわち、命の危機に陥ってしまう。
グループトークに招待することを提案したら二つ返事だった。部員を相手に激しい感情を見せた彼だから、この問題の中心人物たる弟には相当厳しい攻撃を与えるものと想像するのは簡単だった。
高畑の予想、浦に至っては期待に近い気持ちだったが、石田兄が初めて送った言葉はすこぶる落ち着いた調子だった。
「今すぐ帰ってくるんだ。方法が見つけられなければ俺を頼れ。場数は踏んでる」
これまでとは異なる反応だった。二年生との対話ではアプリをずっと監視しているかのような速度で既読マークがついたにもかかわらず、兄のメッセージはその気配がなかった。
パンケーキを一口大に切り取って口に放った。
「反応ないね。既読つかないし」
「なんだろう、兄だから? 相手したくないとか」
「私は既読スルーされたのに? もしかして気づいていないだけじゃ」
「ありえなくはないけれど」
トーク画面のアイコンに『1』のバッチ表示があった。石田拓朗からのメッセージだ、高畑はトークの一番下を確かめたが、あるのは兄のメッセージ、弟からのメッセージは届いていなかった。まだ未読のままだった。
よくよく見てみれば、石田は石田でも兄の方からのメッセージが別のトークにやってきていて、
「そもそもなんだが、あいつは『ここではない世界』でLINEなんかできるのか?」
と指摘した。
高畑は腕を組んで背もたれに体を預けた。石田の問いかけに高畑は答えることができなかった。石田からメッセージが飛んできたからてっきり使えるものだと思っていた。考えてみれば当たり前である。日本に比べて遥かに不便だと石田拓朗は言っていた。彼の連絡はLINEだった。その矛盾にどうして気づかなかったか。やりとりが極めて自然だった。
「ですが、実は境界の扉の向こう側にいなくて、そこら辺で連絡している可能性も」
「分からない。材料がない」
誰も石田拓朗に近づくことができなかった。高畑も浦もLINEの画面以外に石田へ近づく手段がなかった。石田孝之の『分からない』という言葉も二人の思考を停止させる。危ない橋を渡ってきた石田孝之が分からないというのは、危なすぎるか、どの橋を渡ればいいのか分かっていないということだ。
「拓朗に呼びかけてみてもらっていいか? どんな内容でもいい。最近の暮らしぶりが当たり障りない」
石田孝之とのトークにメッセージが届く。
「石田先輩は何をしようとしているのかな」
「分からないけど、何か思うところがあるんじゃないのかな。とりあえず言うことを聞いておこうか」
飯田孝之が言ったとおり、石田孝之がどんな一日を過ごしているのかを質問してみる。反応がないことを期待していたが、すぐに既読マークがついてメッセージが返ってくるのだ。
「朝起きて、朝ご飯食べたら、役所の窓口に出向いてクエストを探して、それでその日のクエストをしている感じです」
「あとは次の街に移動するため馬車に乗せてもらったり、行商人について行ったり。まだ歩いて街を移動することは経験してませんね」
「仕事によっては日をまたいでダンジョンに入らないといけないらしいです。僕はやったことはないですが、そんなボリュームの仕事が掲示されているのを見ました」
石田拓朗は饒舌に異世界の生活をつづった。兄が送ったメッセージには、何をしたのだろうか、既読マークがつかないままだった。
一日のざっとした流れを話したかと思えば、こちらから振ってもいないのに食事の話を始める。見たこともある食べ物もあれば見たこともない食べ物か疑う見た目もあった、と。モンスターも食料として扱われていること、など。
石田拓朗が自慢気に語っている横で石田孝之から連絡が届いた。トーク画面を閉じてもなお異世界レポートは止まらず、新着メッセージ数はどんどん増えてゆく。
石田孝之とのトーク画面。高畑が反応するよりも早く浦が細い悲鳴を上げた。高畑も開いてから固まってしまった。送られたメッセージの意味を理解するのに頭を全て使い切ってしまって、体が動かなかったのだ。
「携帯に電話をかけてみたが、電源が入っていないらしい。あいつはどこからLINEしてるんだ?」
石田孝之のメッセージを噛み砕く。高畑と浦が陽動している間、兄は弟に電話をかけた。つながったかと思えば、耳にするのは『おかけになった電話番号は、電源が切られているか、電波の届かない』といった類のメッセージを再生されたのだろう。スマートフォンが圏外である時、LINEのメッセージが送れるものか。
新着メッセージは、まだ増えていた。
怖くなってLINEアプリを閉じた。アプリの裏に控えていたテキストエディタが表に出てきてコーディングを求めていたが高畑の指はソフトの求めをことごとく拒んだ。パンケーキの上に巻かれたホイップクリームはだらけて白い皿に垂れ流された。
ファミレスというスペースで食事を楽しむ一行や勉強に集中する一行がいる中、高畑と浦のテーブルは別れ話に入る直前のカップルだった。黙々と食事をしているわけでもなければ、勉強にいそしんでいるわけでもなかった。ただ画面が黒くなったスマートフォンを持っているのと、ノートパソコンに視線を落とすだけの二人組。互いに視線を合わせないで、自分の持ち物ばかり見ていた。
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