境界の扉

衣谷一

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2.図書部捜索チーム

結成

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 ファミレスを後にした高畑に石田から連絡があったのは夕方も日が暮れる境目の時間帯だった。柏の葉キャンパス駅の改札を出たところに待合スペースがあるから明日の午後二時に来て欲しい、というメッセージは、高畑と浦の二人に向けられていた。

 聞いたことない駅名を路線検索アプリで検索してやってきたのは大体待ち合わせ時間から十分ほど手前だったか。どうやら大きなショッピングモールがあるらしく、電車の往来する音を聞く度に同世代らしい人がたくさん降りてきた。待合スペースの横では小さな物産展が開かれていて、高校生数人に干し芋を勧めていた。

 一団の中にスマートフォンとにらめっこをしている浦がいて、高畑と目が合っていなければ、そのままショッピングモールに流れていってしまいそうだった。

 隣りあって待合スペースの椅子に腰掛ければ、たちまち周囲の空気が淀んでゆく。それぞれ別れてから考えることもあった。石田拓朗のメッセージを読んで頭を抱えたことや、狂ったとも取れるような行動をとっている理由を想像して創作に手がつかなくなったこと。いっそのこと連絡してしまおうと思ってメッセージを投げてみれば、

「疲れているので後にしてください」

とはねのけられて頭にきたこと。

 少しでも話をすればいいのに、二人は静かに石田孝之の登場を待った。スマートフォンで暇をつぶすわけでもなく、ただ口を固く閉ざして、これから起きうることを想像するのである。

 石田は何をしようとしているのか。

 待ち合わせの時間を過ぎてやってきた石田孝之は二人をまず駅前のマクドナルドに誘った。石田は座る場所を探すよう伝えて、二人は四人がけテーブルを見つけて腰かけた。カウンターの様子を伺っていれば、飲み物とフライドポテトをトレーに乗せてやってきた。

「急に呼び出して悪い。コーラとポテトをとりあえず買ってきたが、飲めないとかあるか?」

 椅子に滑り込みながら謝罪を口にした石田孝之はコーラを取り上げて一口吸い込んだ。

「拓朗のことですよね」

 高畑は石田の喉がうねるのを見届けてから口にした。喉仏めがけた先制パンチだ。昨日の事件に巻き込まれてからの呼び出しである。取り上げる話題は火を見るよりも明らかだし、石田の目の下にできたクマが物語っていた。

 石田も話そうとする内容をあらわにされたことは驚くべきことではなかっただろう、驚く様子もなしに、弱々しい目のまま、

「まあ、分かるよな」

と言葉を垂らした。

「用件は一つ。拓朗の捜索を手伝ってはくれないか? 本当なら俺一人でやるつもりだったんだ。場数は踏んでいるから拓朗みたいなヘマをしない自信はある。でもな、俺には十分な時間がない。受験のことを考えると俺だけでは無理だ」

「警察は動いていないんですか? 俺達がやるよりも警察に任せたほうがいいと思うんですが」

「警察にはもう捜索をしてもらっている。でも相手は境界の扉なんだ、警察だけでは足りない」

「何ができるんですか、俺達に。境界の扉の向こう側に行けと言うんですか」

「境界の扉を暴く。境界の扉が何たるかが分かれば、拓朗を向こう側から呼び戻すことができる。そうすれば、拓朗を取り戻すことができる」

「私、分からないことがあるんですが」

 石田と高畑のやり取りに浦が割り込む。

「警察では足りない、というのはなぜですか? 警察が捜索をしているならいずれ見つかるはず。見つかるだけでは足りないんですか?」

 石田はポテト数切れを掴んで口に押し込んだ。浦へ答えを返さないで咀嚼している間の空気の息苦しさと言ったら。店内のBGMはまるで聞こえなかった。目の前にあるコーラに手を伸ばすのもはばかれた。石田ただ一人のみが動くのを許されているように思えた。

「俺はこの手の話、要はオカルトだが、この話を分析するにあたって肉体と精神を分けて考える。怪奇や都市伝説、心霊は体と心に対して別々に作用する。例えば怪物に首を絞められていると思っていたら、実際には自分の腕で自分の首を締めているといったような。同じことが境界の扉にでも起きているんじゃないかっていうのが俺の仮説だ」

「すみません、分かんないです」

「どう言ったら簡単かな。拓朗の心は境界の扉の向こう側にいるかもしれないが、拓朗の体は境界の扉の向こう側にはない、つまりは現実に存在している、と考えているってこと」

「でもそれが警察だけでは足りない理由にはならないのでは」

「警察は拓朗の体は見つけられる。でも、心を見つけることはできない。心を見つけ出すことができなければ、警察が見つけたものは腐りゆく定めの死体だ」

 こんがらがった石田の言葉が一瞬にして一本の糸となる。糸の先には太い針があって乱暴に二人を刺すのである。彼が口にした、死体、という言葉は激しい嫌悪感をもたらす。体の内側から食い破ろうとする何かがのたうち回るのだ。

 一番聞きたくない言葉だった。一度意識してしまえば石田拓朗のたどる可能性が増えてしまう。失踪者が戻ってくる可能性だけを考えていた。無事に見つかって日常に戻る想像しかしていなかった。

 高畑は口から出かかっている言葉を必死にこらえた。浦は言葉の効力性に顔をしかめて、石田孝之から目をそらした。

「だから、二人に頼みたい。考えるのも厳しいことだけど、可能性があるのは間違いない。ならばその可能性をなくさないと」

「探すにしても、俺達にはとっかかりがないです。どう探せばいいのかも分からないんです。それぐらいのアドバイスはもらえるんですよね」

「ああ、だからこのポテトとコーラを平らげてはくれないか。そろそろここを出よう。俺からのアドバイスだ」

 自分のコーラを引き上げてトレーを押しやった。コーラのカップ周りの水滴が垂れて、トレーに敷かれた紙がびちゃびちゃに濡れそぼっていた。ポテトはしなびていた。
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