霊界アドバイザー黒神

景綱

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霊界アドバイザー黒神

思わぬ事実に心が沈む

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「おお、なかかなのべっぴんさんだ。悲しませるとはおまえは罪な男だ」
「ひゃ」

 菜穂は悲鳴を上げて俺から離れた。
 社長はいったい何をしている。ものすごくスケベな顔をしているじゃないか。変態にしか見えない。そんなことは口が裂けても言えないけど。
 社長のおかげなのか偶然なのか不思議と涙が止まった。こうなることを予想しての行動なのかわからないが本当に不思議な人だ。ふざけているのか真面目なのかさっぱりわからない。

「菜穂、この人はここの社長だ。大丈夫だ」
「そ、そうなの。けどここの社長ってどういうこと」

 うーん、なんて答えたらわかりやすいだろうか。説明が難しい。悩む俺をよそに猿渡が隣へ来て口を挟む。

「社長、こんなところで立ち話もなんですし中で説明されてはいかがでしょう。黒神主任も記憶が蘇ったようですしすべてをお話になられたほうがいよろしいかと」
「うむ、そうだな。猿渡の言う通りだ。では中へ行こう」


***



「はい、あの世特製スッキリジュースです」

 寧々が緑色のシュワシュワした飲み物を持ってきた。これはなんだ。あの世特製ってなんだか飲みづらい。
 寧々のそばにいた猿渡が咳払いをして「それは単なるメロンソーダです」と訂正した。
 なんだメロンソーダか。けど、なんでメロンソーダなんか。こういう場には似合わないと思うのだが意味があるのだろうか。
 チラッと寧々を見遣ると美味しそうにゴクゴク飲んでいた。もしかして寧々が飲みたかっただけなのか。そうかもしれない。

「まあ、なんだ。二人についてはいろいろと話さなきゃいけないことがあってな。何から説明すればいいのか。猿渡、わしの手帖を持って来てくれ」
「はい、かしこまりました」

 そう口にした次の瞬間、手帳を手渡していた。
 早い。というか一歩も動いていないように見えた。実際に動いていなかったのか。予測してポケットに忍ばせていたってことも。
 猿渡に目を向けていたら少しだけ口角をあげた。あれは笑っている顔だ。たぶん。どういう笑みなのだろうか。まあいいか。

「そうそう、黒神は本来八十八歳まで生きる予定であったのだ。その命を自ら捨てた。だがそれについてはわしらの落ち度もあってな」

 落ち度。どういうことだ。

「デジタル妖怪よ」

 後ろにいた寧々の言葉に振り返り「もしかして」と呟いた。

「黒神の思っていること、たぶん正解。デジタル妖怪の闇に取り込まれてしまったの。けど、私たちはそれを阻止できなかったの。ごめんなさい」

 やっぱり俺の自殺はデジタル妖怪のせいだったのか。でも、なんで阻止できなかったのだろう。猿渡と寧々だったら簡単に排除できたはず。そんなに強い妖怪じゃなかった。
 猿渡に目を向けると深々と頭を下げて「申し訳なく思っています」と口にした。
 何か事情があったのだろう。けど、それで納得はできない。本来なら俺は自殺しなかったってことだろう。もしかして謝罪の意味で特例措置されたのか。自殺の理由も教えなかったのは隠蔽いんぺいしようとしていたのか。
 んっ、自殺したときの映像にデジタル妖怪は見えなかった。まさか映像も改竄かいざんされていたのか。なんだか腹が立ってきた。

「黒神よ。腹立たしいとは思うが聞いてくれ。実はな。デジタル妖怪も進化していてな。あのときは検知するのが遅れてしまったのだ。しかもあのときは違う場所に複数現れて混乱状態にあった。だがそんなこと理由にはならないな」
「社長、ちゃんと全部話さなきゃダメ。遅れたのは菜穂さんと母親を助けていたからでしょ」

 えっ、どういうことだ。

「寧々、詳しく話せ」
「うん、話してあげる。社長いいでしょ」

 頷く社長を見て寧々は話し出した。

「黒神が闇に取り込まれようとする少し前、菜穂さんのいる病院にあいつら現れたのよ。病院には弱っている人間がいっぱいいるもの。あいつらにとってはパラダイスだったでしょうね。それで一番近くにいた菜穂さんと母親が狙われていたの」
「それで」
「デジタル妖怪は簡単に倒せたわ。わたしたちもデジタル妖怪も普通の人には見えないから騒ぎにはならなかった。けどね。菜穂さんが影響を受けて心肺停止状態になってしまって。わたしたちは菜穂さんの魂を引き戻すことに尽力していたの。その間に、黒神は……。ごめんなさい。進化したデジタル妖怪を察知するのは難しいの。今では社長のみが察知できている状態だけどね」

 俺は菜穂に目を向けて小さく息を吐き出した。
 納得できる回答だ。もし俺の命が助かったとしても菜穂がいなくなっていたら結局自殺をしてしまったかもしれない。俺は弱い人間だ。そのときはきっと地獄行きになっていただろう。

「それはわかった。なら、今なんでここに菜穂がいるんだ」
「それはだな。菜穂さんの心が黒神、おまえに会いたい、会いたいと願っていたせいだ。それで」
「待てよ。それで死んだと言いたいのか。そんなことって」

 社長は下を向いて溜め息を漏らした。
 嘘だろう。そんなことって。俺はなんのために……。俯き頭を抱えた。そのとき寧々が吹き出した。
 なんだこいつ笑いごとじゃないだろう。睨みつけようとしたところで社長まで笑い出した。気づけば猿渡までもが笑い出した。そうかと思えば菜穂まで腹を抱えて笑っている。
 なんだ、どういうことだ。

「すまん、すまん。菜穂さんは死んでなどおらぬ。大丈夫だ。安心せい。ちょっと幽体離脱してもらっただけだ。全部、芝居だ」
「し、芝居」
「そう、芝居だ。ここはあの世とこの世の狭間の世界だ。忘れたか。ここへ来ても生きる運命の者は帰れるってことを。ふぉふぉふぉ」

 何が芝居だ。ふざけるにもほどがある。こんなの冗談にもなりゃしない。けど、ホッとした。菜穂に目を向けると笑っていたはずが涙目になって俯いていた。どうしたのだろう。まさか、死んでいないって嘘なのか。

「菜穂、どうした」

 菜穂の様子に皆も静かになり真面目な顔つきになっている。おい、おい、どうした。雰囲気が暗いぞ。変なこと言い出すんじゃないだろう。やめてくれよ。

「覚。私は大丈夫よ。けどね。覚が私のために死んでしまったことが悲しいの。生きていても会えないんでしょ。ここに来ることはもうできないでしょ」

 菜穂の言葉に俺は答えることができなかった。一緒に笑ったり泣いたりときには喧嘩したりすることもできない。生きていれば普通にできることができない。菜穂の隣にいることはできない。菜穂の言う通りだ。残念だけど。だからって死にたいとは思ってほしくない。

「すまない。本当にすまない。わしらのせいだ。黒神が亡くなって人間界にちょっとした歪みも生じている。それをどうにか修正せねばならない。そのために黒神がここにいると言っても過言ではない」

 いったい社長は何を言いたいのだろう。
 歪みがなんだ。ここにいるからなんだっていうんだ。菜穂とは一緒にいられないだろう。

「あっ、もう時間みたい」

 時間。
 なんの時間だ。まさかお昼寝タイムとか言わないよな。ふざけるんじゃないぞ。

「菜穂さん」

 菜穂がどうかしたのか。隣の菜穂へ目を向けると姿が消えかかっていた。

「そろそろ元の世界に帰る時間のようだな」

 そうか、ずっとここにいられるわけじゃないのか。そりゃそうだ。わかっている。菜穂は生きているのだから。嬉しいことではなるが悲しいことでもある。もう会って話はできないのか。
 あっ、消えてしまった。

「すまぬ黒神。だがある程度優遇はしてやるからな。このツルピカハゲ頭に誓って」

 何がツルピカハゲ頭に誓ってだ。ある程度優遇か。それよりも生き返らせてほしかった。無理なのはわかっているけど。本当だったら八十八まで生きられたなんて聞いちまうとな。なんだかやるせない。

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