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作戦開始だ
しおりを挟む飯塚加奈だ。
キョトンとした顔をした彼女と目が合った。
「来たか。待っていたぞ」
猫地蔵の言葉に俺は振り返り、「どういうこと」と訊いていた。
「魔主に対抗するにはあの者の力も必要だってことだ」
彼女の力って。何か特別な力を持っているのか。
「ゆづっち、そういうことじゃないと思うよ。まあ、ゆづっちには見えないだろうけど、赤い糸が結ばれているもの。あたし、こういうの堪らなく好き。応援しちゃう」
赤い糸。
俺は左手の小指をみつめた。糸なんてどこにもない。本当に赤い糸で結ばれているのだろうか。彼女の顔に目を向けると、同じように左手をみつめていた。どことなく頬が赤く染められているように映る。
「愛の力ですね。それは素晴らしい。流石、猫地蔵様」
猫地蔵は咳払いをひとつして、「稲山、褒めたところで何もでぬぞ」と呟いた。
「もちろん、わかっています」
「まあ、よい。とにかく、作戦開始だ。カナとユヅル、こっちへ来い」
猫地蔵に言われるまま近づいてく。隣に彼女の体温を感じる。赤い糸なんて言われたせいで、どうしても意識してしまう。
「カナが気になるのはわかるが、ほら、ユヅル。こっちを見ろ」
「いや、その、それは」
「カナも下を向くでない。照れている場合ではないのだ」
「あっ、すみません」
猫地蔵に向き直ると、額にまたしても肉球を押しつけてきた。きっと、彼女も同じなのだろう。本当に便利な力だ。猫地蔵の考える作戦がこれですべて理解できてしまうのだから。
んっ、これは。なるほど、作戦はひとつじゃないのか。それだけ魔主の力が強大なのだろう。人の運命を書き換えちまうのだから、相当なものだろう。そんな奴を簡単に封印なんてできないか。
猫地蔵は俺に向けて瞬きすると口角をあげた。わかっている。もうひとつの作戦は秘密にしろっていうんだろう。そう思った瞬間、もうひとつの作戦が頭の中から薄れていく。その代わり、五芒星の作戦が色濃く頭と身体に染みついていくように感じた。
「よし、やるべきことはわかったな。行くのだ」
「はい」
俺と彼女の声が重なり合う。その瞬間、光の雨の中を飛んでいた。彼女と手を繋いでいる。不思議なのだが自分自身も光の一部になっているような錯覚に陥っていた。もしかしたら、錯覚ではないのかもしれない。現に彼女は半透明で光を纏って見えた。別の生命体にでもなってしまったかのようだ。自由に空を飛べるなんて最高に気持ちがいい。
あれ、もうひとつ光りが近づいて来た。
あれは、康也か。
そうだった。三人でって話だった。けど、愛の力ってのはどうなのだろう。康也が来たら、うまくいかなくなりそうだ。大丈夫なのだろうか。
『実は、おまえたち三人は前世の繋がりもあったのだ。ヤスナリが父親で、ユヅルとカナが兄と妹の関係であった。面白いであろう』
頭の中に猫地蔵の声が響く。
そうだったのか。ということは、家族愛ってことか。
それにしてもあの康也が素直に協力するとは思わなかった。猫地蔵が術をかけたのだろうか。
『まあ、術と言えば術だな。ひねくれ者になっちまったからな。眠ってもらった。おそらく、今のあいつは夢でも見ていると思っているだろう。だから、現実のあいつとは違い。意外と素直だぞ。おっ、そろそろ時間だ』
素直な康也か。なんか変な感じだ。もしかしたら、もともとそういう奴だったのかもしれない。チラッとだけ光を纏った康也に目を向ける。違った状況で出会っていたなら、もっといい関係性でいられたのだろうか。そうかもしれない。子供の頃の康也を思い出して吐息を漏らす。父親の死が康也を変えてしまったのかもしれない。それも、魔主の仕業だ。
うっ、眩しい。
光の雨が激しさを増したかと思ったら、闇に吸い込まれていき重さを感じた。
落ちていく。
空に光の点が散りばめられている。
なぜか星空だと気がつくまで時間がかかった。
夜になっているとは思わなかった。いつの間に夜になったのだろう。それもそうだが、何かがおかしい。何がおかしいのだろう。
瞬く星を眺めているうちに視界に月が入り込んで来た。西の空から東へと動いている。そういうことか。時間が巻き戻されている。
太陽が西の空から昇って来た。なんとも不思議な光景だ。
黄昏時から昼時へ。気づけば清々しい朝だ。
青い空、白い雲、虹も浮かんでいる。俺は一枚の絵の中に飛び込んでしまったのだろうか。現実だとは思えない。
ああ、風を感じる。強い風だ。
忘れていた。俺は落ちていく途中だった。
地上へと落ちていく。どんどん加速している。それなのに、不思議と怖さを感じない。空から地上へと向きを変えようと身体を捻ったとき、東の空に昇る太陽が目の端に映る。時の流れがもとに戻った。一日前の日に戻ったってことか。なぜ、時を戻したのだろう。俺がまだこの世界にいないときに戻したかったのだろうか。そんなことを考えている間も地上へ落下していく。
雲の中を通り抜け、日本列島を感じ取る。気づけば東京にズームアップしていた。猛禽類のような凄い視力を手に入れたかのように遠くがはっきり見える。
新宿の街並みだ。あそこは西武新宿駅か。駅近くの線路上をよく見ると歪んで見える。上空からでないと気がつかなかったかもしれない。なぜだろう。地上までまだかなり距離があるのに、人の顔まではっきりわかる。俺は鷹にでもなってしまったのだろうか。それはないか。両隣に加奈と康也が同じように落下している。鷹にも鷲にもなってはいない。
高層ビルの並ぶ新宿から新大久保駅のほうに目を向けるとそっちに焦点が合う。稲山様とみのりが皆中稲荷神社にいる。俺のことが見えているのだろうか。目が合うと、真剣な顔をして頷いていた。
準備完了というところだろうか。
あとは俺たちが魔主をあの地に留まらせればいい。再び、新宿の街並みに目を向けて思いっきり息を吸い込む。
みつけた。子供のときの俺があそこにいる。加奈も康也もいる。眠そうな顔をして目を擦っている。西武新宿駅まで徒歩十分くらいだろうか。今は何時ごろなのだろう。日の出からそんなに時間が経っていないはず。あの子たちは猫地蔵に連れ出されて来たのだろうか。きっとそうなのだろう。待てよ、魔主の仕業ってことも。頭を振り、嫌な考えを振り飛ばす。
どちらにせよ、子供がいないと気づいたら、それぞれの親が大慌てするだろう。とにかく早く作戦を成功させなくてはいけない。
よし、行くぞ。
康也と加奈に目を合せた。もう、やるべきことはわかっている。子供時代の自分へ入り込めばいい。
ぞわぞわとの気持ち悪さを感じたと思ったら、俺は子供の姿になっていた。すんなり入り込めたようだ。これで魔主のところへ行けばいいのか。気づかれないだろうかとの思いもあったが、やるしかない。稲山様とみのりがこの間に五芒星を完成させて封印してくれるだろう。
はたしてうまくいくだろうか。魔主の力をもってすればすでに作戦に気づかれている可能性だってある。魔主の手の上で転がされているだけかもしれない。そうだとしても、きっと大丈夫。そのはずだ。
猫地蔵の顔を思い出して、ひとり頷いた。
この作戦は、時間との戦いだ。
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