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思わぬ人生の相違
しおりを挟むとうとう、やってきてしまった。
瑞穂と康也だ。
親父は再婚した。してしまったというべきだろうか。
やはり、こうなるのかと項垂れる。
瑞穂は、会社のことにやたら口出しをしてくる。俺が口を挟もうとすれば睨めつけられた。康也は部下に仕事を押し付け、自分は何もしないというどうしようもない主任になっている。
同じだ。これは、何度目なのだろう。今回に限っては、以前の人生の記憶があるが、その前の記憶はない。稲山様とみのりの話だと何度も繰り返しているらしい。
あれ、ちょっと待て。違う。前とは違う。加奈がいないじゃないか。どうなっている。秘書として働いているはずだ。今、社長秘書をしているのは、加奈じゃない。去年、社長秘書に抜擢されたのは誰だったろう。おかしい。
まさか、加奈を含め、家族は全員亡くなってしまったのか。
そうだとしたら、なぜ。
俺は、自分の中の記憶を辿り、必死に思い出す。そうだ、前回の俺は会社を辞めて、加奈に皆中稲荷神社とおかしな不動産屋のことを教わった。だからこそ、今の俺がいる。アパートでトリップしたときと同じ年齢になった。
魔主は、またトリップさせないように以前と変えたってことなのだろうか。けど、それは意味がない。俺が覚えているのだから。そもそも、なぜ俺は子供の頃の自分に入り込んだままでいられたのだろうか。
稲山様たちに守られているってことだろうか。そうだとしたら、なぜ、姿を現さないのだろう。いつ頃から稲山様たちと会っていないのか思い出せない。こっちへ来る力を完全に失ってしまったのだろうか。それとも、力を温存していると思うべきなのか。機会を窺っているのか。そうであってほしい。
それはそうと、康也ときたら。大きく息を吐き、頭を振る。
理由はわかってはいても、あそこまで露骨な態度をとらなくてもいいのに。父を死に貶めた俺たちが憎いのだろう。恨むのなら、俺たちじゃない。魔主だ。子供の頃、魔主を退治しようと協力したことを康也は忘れているようだ。
康也に話しかけてみたものの、子供の頃の素直な康也はいなかった。変な目で見られておわりだった。
やっぱり、記憶に残っているのは俺だけなのか。
そうだ、今は加奈のことだ。はっきりさせたい。もしかしたら、今の社長秘書が何か知っているという可能性もある。
俺は今いる社長秘書の名前を思い出して、ひとり頷く。
そう、名前は飯塚奈美だ。きっと、関係者だ。もしも、違っていたら加奈の消息は不明のままか。
大きく息を吐き、天井に目を向けた。ここで、うだうだ考えていても仕方がない。
俺は、社長秘書室へと急いだ。
***
扉を開けると、正面にいた女性と目が合った。
彼女が、飯塚美奈だろうか。きっとそうだろう。
「お疲れ様です」とお辞儀する彼女に近づき、「あの、飯塚さんですか」と訊ねた。頷く彼女は、どこか不安な顔をしていた。社長の息子に声をかけられればそうなるのかもしれない。
「あの、ちょっと訊きたいことがあって、少しいいだろうか」
「はい」
どう訊けばいいだろう。
名前が奈美だったか正直思い出せないが、加奈には姉がいた。姉であってほしい。たまたま同じ苗字だったなんてことはないはずだ。そう願い、子供の頃の話をしようと決めた。話の取っかかりにはなるはずだ。
「あの、覚えているかわからないけど、子供の頃、皆中稲荷神社とかで会ったことありますよね。お父さんやお母さん、あと妹さんがいたと思うんですけど」
そこまで話すと、俯き少しだけ潤んだ目になった。
どうしよう。訊かなければよかったのかもしれない。最悪の言葉を聞きそうだ。いや、はっきりさせたい。
「あの、確か妹さんは、加奈さんと言いましたよね。元気にしていますか。俺の勘違いじゃないですよね」
しばらくの間があったあと、彼女は顔をあげて「勘違いではありません。間違いないです。妹は、加奈は子供の頃に亡くなっています」と涙声になって呟いた。
亡くなっている。そ、そんな。
「ま、まさか。ご両親も」
彼女はゆっくり頷いた。
***
加奈は魔主に排除されてしまった。絶対にそうだ。
確か、俺は赤い糸で結ばれているんじゃなかったか。それなら、魔主は俺の運命の人を殺したってことか。俺の中に、ドロッとした嫌なものが埋め尽くされていった。
それでも、ほんのわずかの希望の光は残されていた。
加奈からの手紙だ。
子供の頃に書かれたものらしい。
『もしも何かあって自分で渡せない状況にあったとき、大人になった俺に手渡してほしい』とメモがあったとか。加奈は、どこかで危機を感じていたのかもしれない。
子供の頃か。
もしかしたら、大人の心を持った加奈が書き残したものなのかもしれない。そうであってくれ。
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