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龍神様からの贈り物
しおりを挟む眩しい。
何が起きている。何か、空気が変わったような。
んっ、泣き声か。これは産声。
赤ん坊はどこに。
「元気な男の子ですよ」
誰かがそう告げると、優し気な声で「ママですよ」との声がした。
「パパもいますよ」
そんな声もそばでする。
これは、俺に向かっての言葉か。そうか、泣いているのは俺か。
俺は、赤ん坊なのか。
ということは、生まれた瞬間なのか。そう思っていたら、大きな影が覆い被さってくる。
あれは、龍。
なんという威圧感。それでいて、あたたかく心地いい。
龍の上には、狐二匹と猫が乗っていた。
「ゆづっち」
そんな声が飛んでくる。
「おまえの選択は間違っていないぞ」
「龍神様からのささやかな贈り物を受け取るのです」
そんな声もしてきた。
どういうことだろう。みんなのこと知っているような気がするが、よくわからない。
空からは、黄金色の花びらがユラユラと舞い落ちてくる。
俺は、その花びらを掴み取り微笑んだ。
***
両手を持ち上げて伸びをして、窓の外から差し込む朝陽を眇め見る。
なんだか、おかしな夢を見た。
俺が赤ん坊のころの夢。龍に、狐に猫。あれは、本当に夢だったのだろうか。
天井を眺めて考え込み、何気なく目を時計に向けた。
まずい、遅刻だ。慌ててベッドから抜け出してリビングへと急ぐ。
「やっと、起きたのね」
「やっとって。母さん、なんで起こしてくれなかったの。遅刻しちゃうじゃないか」
「もう、何を言っているの。今日は日曜日でしょ」
日曜日。そうか、休みか。
「相変わらずだな。それで本当に主任が務まるんだか。坂下フーズと連携しての新製品の開発も任せていいものか、考えものだな」
「父さん、大丈夫。任せてよ」
父と母がにこりと笑う。つられて俺も笑った。
なんとはなしに、外に目を向けると庭に狐がいた気がして窓へと近づいた。
「ユヅル、どうしたの」
「今、狐がいた気がして」
「狐。こんなところにいるわけがないでしょ」
「そうだよな。母さん」
「いや、わからないぞ。お稲荷さんの狐様が来てくれていたのかもしれないぞ」
「もう、あなたったら、それこそありえませんよ」
お稲荷さんの狐様か。
皆中稲荷神社によく参拝しているからな。けど、ありえないか。
あれ、どうして涙が。
狐様のこと考えただけなのに。
不意に誰かの顔が浮かんで消えた。
なぜだか、涙が溢れてくる。悲しくないのに、変だ。涙を拭い、空を見上げると龍のような雲が浮かんでいた。
龍雲を見られるなんて、なんだか今日はいい日になりそうだ。
もう一度、涙を拭って頬を緩ませる。
「おまえの命は、我の鱗が守ってくれるであろう」
「えっ、父さん、何か言った?」
「いや、何も」
おかしいな。今、誰が話したのだろう。まさか、あの龍雲。それはないか。
「そうそう、ユヅル。カナさんとウエディングドレスを選びに行くのは今日じゃなかった」
「えっ、ああ、そうだよ。母さん」
「ユヅル、本当は忘れていたでしょ。ダメですよ。そんなんじゃ、カナさんに捨てられちゃうんだから」
「わかっているって。大丈夫だよ、母さん」
俺は苦笑いを浮かべて、再び青い空へと目を向けた。
もう龍のような雲は見当たらなかった。
その代わり、胸の奥がほんわかとあたたかくなり、ほんの少しだけ胸元に淡い光りが灯った。目の錯覚だろうか。そうだとしても、優しさに包まれてでもいるかのようで和んだ。
「あっ、そうだ。ユヅル、四次元の扉を開く謎部屋があるって都市伝説の話って知っている?」
「急になんだよ。そんなの知らないよ。ていうか、そんなのありえないよ、母さん」
「まあ、そうね」
そのとき、突然雷が鳴り身体がビクッとなった。
空を見上げると雲一つない青空が広がっている。おかしいなと思い、父と母に向き直ると、何事もなかったように笑いながら話していた。空耳だったのだろうか。やっぱり、変だ。それに今、何か思い出しかけたのに霧散してしまった。その代わり、夢のことを思い出した。
あの夢はやっぱり現実だったのではないだろうか。俺の記憶。その可能性もある。そんな思いに囚われてしまった。
俺もおかしなことを考えるものだ。
とにかく、出掛ける準備でもしよう。そのうち、加奈が来るだろうから。
*****(完)*****
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