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第三章「修行で大騒ぎ」
思わぬ事実
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「うむ、そうであったか」
あの者はもうじき向こう側の世界からお迎えが来てしまうのか。少しばかり寂しいが、しかたがないことだ。いや、喜ぶべきことだ。向こう側の世界では病気はないし、生活するために金を稼がずともよいからきっとあの者も楽しく過ごせるはず。
あの世は故郷のようなものだ。
しばらくゆっくりするといい。いや、あの者のことだからあの世でも人のために尽力するかもしれない。
どちらにせよ、あの者は旅立つ前にここへ来るであろう。お別れの挨拶ともに残った者のためになにか願い事をするだろう。そういう者だ。西尾のばあさんは。
山猫神は口角をあげて西尾のばあさんのことを思った。
一番気になることがあの世へ旅立ってからのことだ。
はたしてあの者はあの世でどんな選択をするであろうか。
またこの人の世に来るという選択をするかもしれないし、神様になるという選択をするかもしれない。それとも仏の道に進むであろうか。高級霊界で仕事をするってこともあるか。どんな道を選んだとしてもあの者ならうまくやるであろう。まあ、それもまだ先の話だ。それを知るには五十年ほど待たねばならない。いいや、西尾のばあさんならもっと早く次へと進めるだろうか。その可能性が大だろう。
「山猫神様、あの者と会わなくてもよろしいのですか」
「ヤコ、大丈夫だ。あの者はおそらく来るであろう」
「来ますかね。かなり重い病のようでしたけど」
「ムン、なにを言っておる。亡くなる前に魂の存在となって来ることができるではないか」
「ああ、そうでした」
ムンは頭を掻いて苦笑いをしている。
「ムンはまだまだ勉強不足だな。もっと精進せねばならぬな」
「はい」
***
心寧は頭を抱えた。
わからない、山猫神様はいったいなにを話しているのだろう。死が喜ぶべきことなの。あの世が故郷だなんて、そんなことってあるの。
それに、あの世での選択ってなに。
『せんたく』って乙葉のお母さんが四角い機会でやっているやつじゃないの。水が出てきて中でグルグル回ってきれいにするってやつじゃないの。
わからない。
「選択とは選ぶってこと。あの世では四つの道を選べるのよ」
えっ、誰。
山猫神様……。ううん、違う。狛猫でもない。それじゃ誰の声なの。
その前にここに自分がいるって気づくはずがない。ほら、山猫神様にも狛猫にも触れないもの。
じゃ、じゃ誰の声。
ここにお化けでもいるっていうの。心寧は身体を強張らせてあたりに目を向けた。
「わたしはあなたの守護霊よ」
えっ。
「わたしの守護霊。それってなに」
心寧は急に寒気を感じた。なに、なに。なんで急に寒くなったの。訳がわからなかったが微かに溜め息がした。
「本当になんにも知らないのね。あなたを守っている高級霊なのよ」
「うん、なんにも知らないの。ごめなさい。けど、わたしを守ってくれているの。それなら、うれしい」
守ってくれているだなんて。そうなんだ。んっ、高級霊とか言った。それって……。
守護霊様に訊こうと思ったのだが、もう答えてくれなかった。
あっ、また場面が変わった。
あれ、あの人って確か。
***
「山猫神様、お久しぶりです」
おっ、来たな。西尾のばあさん。
「うむ、久しぶりだな。待っておったぞ」
「えっ、こりゃたまげた。山猫神様のお姿を拝めるだなんて」
「西尾のばあさん。お主は霊体になっておる。だから見えて当然だ」
「おや、そういうことかい。それじゃあたしもそろそろってことだね」
「うむ」
この者は明日には旅立つことだろう。
んっ、なんだろう。なにかが見える。猫か。
「山猫神様、それにしてもあんた大きいね」
「まあな」
「それはそうと、あたしは最後にお願いに来たんだよ。あたしが飼っている猫のことなんだが」
「知っておる。ムムタであろう。あの者のことなら心配せずともよい」
「おや、知っているのかい」
「もちろんだ。西尾のばあさんは知らないだろうが実はムムタは猫神協会会長でな」
「えっ、そうだったのかい。そんな偉い猫だとは思わなかったよ」
「それはそうなのだが、さっきから子猫らしき存在がチラチラと見え隠れてしているんだが、もしかして西尾のばあさんの知っている猫だろうか。すでに亡くなっているようだが」
「亡くなっている猫。もしや、それは困り顔の猫かい。そうだとしたら、ムムタの子だね」
なるほど、ムムタの子供であったか。どういうわけだか幽霊となり彷徨っているようだ。
ムムタよりも彷徨っている子猫のほうが気にかかる。どうにかしてやらねば。
「そうか。なるほど。まあ、なんだ西尾のばあさんはなにも気にせずあの世へ旅立ってくれ。我が見守っているからな」
「そうかい、そうかい。ありがとうよ。やっぱり来てよかったよ」
***
えええ、今の話って……。
ムムタは猫神協会会長なの。いやいや、それよりもあの困り顔の黒白猫がムムタの子供ってどういうこと。
ああ、もう頭の中がぐちゃぐちゃで整理できない。
落ち着いて、落ち着くの。
心寧は首筋をガシガシと掻きまくって気持ちを落ち着かせようとした。
えっと、えっと、西尾のおばあちゃんが乙葉のおばあちゃんで、乙葉のところにいるムムタが猫神協会会長で、そのムムタの子供があの困り顔の黒白猫ってこと。しかも、あの困り顔の黒白猫は幽霊なの。
あれ、もしかして乙葉のところにお世話になるのも、猫神様を目指すのもムムタがそう仕向けていたってことなの。
んっ、その前に園音様と知り合ったのもムムタと知り合ったのも偶然じゃないの。わからない。
園音様は全部わかっていて乙葉の家を教えてくれたってこと。
そうなの、そういうことなの。んっ、そういうことってどういうこと。
やっぱり、わからない。
まさか四猫神のシュレンが前世だってことも知っていたのだろうか。園音様は猫神様だから知っていてもおかしくないのか。ムムタは……。どうだろう。
ああ、もう全部仕組まれていたっていうの。
んっ、お母さんがいなくなったことも関係あるのだろうか。
心寧は頭を抱えて考え込んだ。
でも、でも、でも、猫神様になりたいって思ったのは自分だ。誰かに猫神様を目指せと言われたわけではない。無理にやれって言われたわけじゃない。全部、自分で決めたこと。
園音様やムムタが自分のことをわかっていたとしても関係ない。
猫神様に、園音様のような猫神様になろうって決めたのは自分だんだもの。
そうでしょ、そうでしょ、そうでしょ。
あの者はもうじき向こう側の世界からお迎えが来てしまうのか。少しばかり寂しいが、しかたがないことだ。いや、喜ぶべきことだ。向こう側の世界では病気はないし、生活するために金を稼がずともよいからきっとあの者も楽しく過ごせるはず。
あの世は故郷のようなものだ。
しばらくゆっくりするといい。いや、あの者のことだからあの世でも人のために尽力するかもしれない。
どちらにせよ、あの者は旅立つ前にここへ来るであろう。お別れの挨拶ともに残った者のためになにか願い事をするだろう。そういう者だ。西尾のばあさんは。
山猫神は口角をあげて西尾のばあさんのことを思った。
一番気になることがあの世へ旅立ってからのことだ。
はたしてあの者はあの世でどんな選択をするであろうか。
またこの人の世に来るという選択をするかもしれないし、神様になるという選択をするかもしれない。それとも仏の道に進むであろうか。高級霊界で仕事をするってこともあるか。どんな道を選んだとしてもあの者ならうまくやるであろう。まあ、それもまだ先の話だ。それを知るには五十年ほど待たねばならない。いいや、西尾のばあさんならもっと早く次へと進めるだろうか。その可能性が大だろう。
「山猫神様、あの者と会わなくてもよろしいのですか」
「ヤコ、大丈夫だ。あの者はおそらく来るであろう」
「来ますかね。かなり重い病のようでしたけど」
「ムン、なにを言っておる。亡くなる前に魂の存在となって来ることができるではないか」
「ああ、そうでした」
ムンは頭を掻いて苦笑いをしている。
「ムンはまだまだ勉強不足だな。もっと精進せねばならぬな」
「はい」
***
心寧は頭を抱えた。
わからない、山猫神様はいったいなにを話しているのだろう。死が喜ぶべきことなの。あの世が故郷だなんて、そんなことってあるの。
それに、あの世での選択ってなに。
『せんたく』って乙葉のお母さんが四角い機会でやっているやつじゃないの。水が出てきて中でグルグル回ってきれいにするってやつじゃないの。
わからない。
「選択とは選ぶってこと。あの世では四つの道を選べるのよ」
えっ、誰。
山猫神様……。ううん、違う。狛猫でもない。それじゃ誰の声なの。
その前にここに自分がいるって気づくはずがない。ほら、山猫神様にも狛猫にも触れないもの。
じゃ、じゃ誰の声。
ここにお化けでもいるっていうの。心寧は身体を強張らせてあたりに目を向けた。
「わたしはあなたの守護霊よ」
えっ。
「わたしの守護霊。それってなに」
心寧は急に寒気を感じた。なに、なに。なんで急に寒くなったの。訳がわからなかったが微かに溜め息がした。
「本当になんにも知らないのね。あなたを守っている高級霊なのよ」
「うん、なんにも知らないの。ごめなさい。けど、わたしを守ってくれているの。それなら、うれしい」
守ってくれているだなんて。そうなんだ。んっ、高級霊とか言った。それって……。
守護霊様に訊こうと思ったのだが、もう答えてくれなかった。
あっ、また場面が変わった。
あれ、あの人って確か。
***
「山猫神様、お久しぶりです」
おっ、来たな。西尾のばあさん。
「うむ、久しぶりだな。待っておったぞ」
「えっ、こりゃたまげた。山猫神様のお姿を拝めるだなんて」
「西尾のばあさん。お主は霊体になっておる。だから見えて当然だ」
「おや、そういうことかい。それじゃあたしもそろそろってことだね」
「うむ」
この者は明日には旅立つことだろう。
んっ、なんだろう。なにかが見える。猫か。
「山猫神様、それにしてもあんた大きいね」
「まあな」
「それはそうと、あたしは最後にお願いに来たんだよ。あたしが飼っている猫のことなんだが」
「知っておる。ムムタであろう。あの者のことなら心配せずともよい」
「おや、知っているのかい」
「もちろんだ。西尾のばあさんは知らないだろうが実はムムタは猫神協会会長でな」
「えっ、そうだったのかい。そんな偉い猫だとは思わなかったよ」
「それはそうなのだが、さっきから子猫らしき存在がチラチラと見え隠れてしているんだが、もしかして西尾のばあさんの知っている猫だろうか。すでに亡くなっているようだが」
「亡くなっている猫。もしや、それは困り顔の猫かい。そうだとしたら、ムムタの子だね」
なるほど、ムムタの子供であったか。どういうわけだか幽霊となり彷徨っているようだ。
ムムタよりも彷徨っている子猫のほうが気にかかる。どうにかしてやらねば。
「そうか。なるほど。まあ、なんだ西尾のばあさんはなにも気にせずあの世へ旅立ってくれ。我が見守っているからな」
「そうかい、そうかい。ありがとうよ。やっぱり来てよかったよ」
***
えええ、今の話って……。
ムムタは猫神協会会長なの。いやいや、それよりもあの困り顔の黒白猫がムムタの子供ってどういうこと。
ああ、もう頭の中がぐちゃぐちゃで整理できない。
落ち着いて、落ち着くの。
心寧は首筋をガシガシと掻きまくって気持ちを落ち着かせようとした。
えっと、えっと、西尾のおばあちゃんが乙葉のおばあちゃんで、乙葉のところにいるムムタが猫神協会会長で、そのムムタの子供があの困り顔の黒白猫ってこと。しかも、あの困り顔の黒白猫は幽霊なの。
あれ、もしかして乙葉のところにお世話になるのも、猫神様を目指すのもムムタがそう仕向けていたってことなの。
んっ、その前に園音様と知り合ったのもムムタと知り合ったのも偶然じゃないの。わからない。
園音様は全部わかっていて乙葉の家を教えてくれたってこと。
そうなの、そういうことなの。んっ、そういうことってどういうこと。
やっぱり、わからない。
まさか四猫神のシュレンが前世だってことも知っていたのだろうか。園音様は猫神様だから知っていてもおかしくないのか。ムムタは……。どうだろう。
ああ、もう全部仕組まれていたっていうの。
んっ、お母さんがいなくなったことも関係あるのだろうか。
心寧は頭を抱えて考え込んだ。
でも、でも、でも、猫神様になりたいって思ったのは自分だ。誰かに猫神様を目指せと言われたわけではない。無理にやれって言われたわけじゃない。全部、自分で決めたこと。
園音様やムムタが自分のことをわかっていたとしても関係ない。
猫神様に、園音様のような猫神様になろうって決めたのは自分だんだもの。
そうでしょ、そうでしょ、そうでしょ。
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