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第一話「時歪の時計」
初任務、そして……(1)
しおりを挟む「さて、サッサと任務を終わらせようじゃないか。今回は簡単な任務だからな。初任務にはもってこいだろう。時を巻き戻すぞ、いいな。心してかかれよ、阿呆」
トキヒズミはニヤリとして不敵な笑みを浮かべた。
彰俊はごくりと唾を飲み込み、何かの暗示にかけられたように「はい、はい。阿呆も頑張りますよ」と答えてしまった。
ああ、完全に受け入れちまった。って、ちょっと待てよ。時を巻き戻すって、あの気持ち悪い状況になるってことか。
うぅっ、来た。気持ち悪さが全開だ。ああ、吐きそうだ。
景色がグルグルと回り出す。眩暈じゃない。本当に歪んで渦に景色が吸い込まれていく。ダメだ、平衡感覚を失っていく。
ちょっと待ってくれと言ったところでやめてはくれないのだろう。
本当に勘弁してほしい。もっと違う方法はないのか。
毎回、こんな状態になるのだとしたら身体がもたない。彰俊はギュッと瞼に力を入れて閉じどうにか気持ち悪さを回避しようとした。ダメか、あまり意味がないさそうだ。身体が揺れている。脳まで震えている気さえする。どう足掻こうが気持ち悪いことに変わりはない。時を巻き戻すということはいろんな問題を打破しなければいけないのだろう。本来してはいけない行為なのだろうから、ここは我慢するしかないのか。
ああ、本当に吐きそうだ。やっぱりこんなの嫌だ。我慢してまでこんなことを続けなきゃいけないのか。
ふと女性の幽霊の悲しそうな目が脳裏に蘇り彰俊はやらなきゃダメだと考え直す。あの人にはなんの落ち度もない。間違われて死の道に引き込まれようとしているなんて絶対にあっちゃいけない。
彼女の境遇に比べたらこの気持ち悪さなんてどうってことない。彼女のためにここは耐えよう。
ああ、それでもやっぱりどうにかしてほしい。こんな気持ち悪い状況をなくすことはできないものなのだろうか。
いろんな思いを巡らせていたら肩を軽く叩かれた。気づけば、身体の揺れは収まり景色はもとに戻っていた。
過去に戻ったのか。
時が戻ったとは思えない。ここはさっきまでいた場所だ。過去と言っても今回は数日しか巻き戻っていなそうだからそう感じるのだろうか。
ただ違うと言えることがひとつ。依頼人の彼女の姿がない。
トキヒズミとアキ&アキコの座敷童子猫、そして栄三郎と自分。肩を叩いたのはアキか。引き攣った笑みを浮かべている。間違いなくこの顔はアキだ。無理に笑おうとしなくてもいいのに。アキの笑顔はゾッとするがアキコでなくてホッとする自分がいた。
アキを見遣るとまだ笑顔のままだ。何がそんなにおかしいのだろう。自分があまりにも気持ち悪がるからか。そうなのか。そういえば他の皆はなんともない様子だ。なぜなのだろう。慣れているからなのか。それとも何か対処方法でもあるのか。あるのなら教えてほしい。
アキはまだ笑っている。いい加減にしろ。いや、あれがアキの素の顔だったろうか。違うはずだ。もう笑うのはやめろ。
『怖いぞ、その顔』とは口が裂けても言えない。なんとなくだが口にしたら何か悪いことが起きそうな予感がする。とにかく今は依頼だ。サッサと終わらせてしまおう。
あっ、アキの顔が怖い顔じゃなくなった。やっぱり笑っていたのか。
いやいや、そんなことどうでもいい。仕事だ、仕事。
「依頼人の彼女は?」
「この時は生きているからここにはいない。そんなこともわからぬのか。ド阿呆」
『はい、そうですか。どうせ阿呆ですよ』
そうじゃない。わかっている。どこにいるのかって言いたかっただけだ。まったく阿呆扱いするな。
そのとき、アキが再び肩をポンポンと軽く叩き、再び引き攣った笑みをした。もしかして、慰めてくれているのか。ちょっと怖い顔だけど、優しい子だ。
「ありがとうな」と笑みを返すとまた怖い微笑みを浮かべた。この笑顔にも慣れなくては。
「彰俊、行くぞ」
栄三郎の声に彰俊は頷き、初仕事だと意気込んだ。
「アキ、頼むぞ」と栄三郎は言葉を続けた。
すると、目の前に突然観音開きの扉が出現して軋みながら開き始めた。真っ白な光で扉の先はまったく見えない。栄三郎を先頭にアキ、トキヒズミが続けて光の中へと進んで行く。この中に入らなきゃいけないのか。どう考えてもそうだ。彰俊は眩しい光に手を翳して眇めみつつ一歩一歩ゆっくりと歩みを進めた。
何も見えない。この先に彼女がいるのだろうか。きっとそうなのだろう。早いところ助けてあげなくては。
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