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第二話「読心術奇譚書」
新たな付喪神
しおりを挟む公園に着き、グラウンドに目を向けたが残念ながら誰の姿もなかった。まあ、仕方がない。アキは野球が観たかったわけじゃないだろうから問題ない。
「ブランコ乗りたい」
ブランコか。なんだかんだ言っても子供なんだなと頬を緩ませた。ブランコに揺られるアキを見守るように眺めていたら、突然背後から肩をポンポンと叩かれビクついてしまった。
「すまん、驚かせてしまったかな。依頼人を連れてきたんだが」
栄三郎だった。
「じいちゃん」
ハグしようとしたが、スッと通り抜けてしまった。幽霊だから当然だが、なんとなく物悲しい。
「むむ、栄三郎。今、依頼人って言ったか」
「そうだ。わしのところに来てしまってな。連れて来た」
「やっと来た。本当に正解だった。アキコ姉ちゃんはやっぱり凄い」
そういうことか。アキコは栄三郎が公園に連れてくることがわかっていたのか。アキコの能力がなんとなくわかってきた。予知能力的があるのかもしれない。心も読めそうだし。
んっ、心が読める。あれ、夢で確かそんな話をしていなかったか。
「おお、アキ久しぶりだな。元気にしていたか。わしは元気だぞ」
幽霊が元気っていうのも変だが、確かに元気そうだ。
「じいちゃん、それより依頼人がいるんだろう。その人がそうなのか」
「おお、そうそう。芦沢トミさんだ。もちろん幽霊だぞ。実は、お孫さんのことで相談があるそうだ」
この人の孫か。同じくらいの年齢だろうか。
トミはお辞儀をして話し出した。
「孫娘は芦沢沙紀というのだけど、悲しみから解き放ってほしいのです。その弟の雅哉も救えたらよいのですけどね」
「アシザワサキさんですか。それとマサヤさん」
「そうです。孫娘はほらあそこに」
トミが指差す先に確かに女性がいた。なんだか暗い影が見え隠れしている。哀愁のオーラを感じる。もしかして、泣いているのだろうか。
あれ、あの女性は。
彰俊はハッとなった。前回助けた女性じゃないか。そうだ確かあの子は『サキ』という名前だったはず。間違いない。不思議な縁を感じる。
ふと夢の光景が蘇ってきた。『読心術奇譚書』だっけ。本当に再会出来た。やはり夢じゃないのだろう、あれは。
「おお、おまえやっぱり惚れているな。顔がにやけているぞ」
「うるさいぞ、トキヒズミ」
「ふふふ、怒るところみると図星だな」
「うるさいって。おまえは梅干しでも食べて酸っぱい口でもして黙っていろ」
「ふん、駄洒落のつもりか。図星と梅干しをひっかけたのだろう。面白くもなんともないぞ」
まったく、デリカシーの欠片もない奴だ。しまった、聞き流すはずが相手にしてしまった。
あっ、殺気を感じる。まさか……。顔を赤くして睨みつけるアキコが背後に立っていた。
まずい、これはかなりまずい。
「あたいがいるっていうのに」
彰俊は心の中で『見なかったことにしろ。トキヒズミの声もアキコの声も聞こえない。聞こえない』と繰り返して、トミへと問い掛けた。
「それで、あのサキさんに何が起きているんですか」
「実は、雅哉が事故で意識不明なのです。もう沙紀は落ち込んでしまって。いつまでもあんな様子を見ていると辛くてね。相談しに来たというわけです」
なるほど。
「それでだが、今回はこいつが必要かと思うて持ってきた」
この古書は、もしかして。紙質もよくなくざらついている。表紙に目を向けてドキッとした。やっぱり『読心術奇譚書』だ。
あのホームレス仙人か。
「むむむ、またしても失礼千万。いやはや、ここは冷静にだ。怒りは不幸にする。深呼吸をして……」
彰俊はあたりを見回したが姿はない。声だけが聞こえてくる。夢で見たご老人は現れないのだろうか。
「彰俊殿と呼ばせてもらう。それと某のことは『ドクシン』と呼ぶがいい。して、某の言うことは間違っていなかったであろう。再会出来たことが物語っておる」
声はどうやら手にした古書からするようだ。
「耳が赤くなっているぞ。やっぱり惚れているな」
トキヒズミを睨み付けて栄三郎に向き直る。
「あとは任せたからな。わしは帰るぞ」
栄三郎は手を振り微笑みを残してスッと姿を消した。なんだか切ない。もっと一緒にいてくれてもいいのに。一人前になるまで一緒にいてくれるって言っていたじゃないか。あれは嘘だったのか。それとももう一人前と認めているってことか。
「あのわたくしも、そろそろおいとまを。沙紀と雅哉を頼みますよ」
依頼人のトミは恭しくお辞儀をすると、徐々に姿が薄れていった。幽霊の消え方もそれぞれ違うものなんだと感心してしまった。
「まずは、少しだけ情報を与えようではないか」
ドクシンの声とともに、書物のページが勝手に開かれて白紙のページに文字が浮き上がってきた。
***
芦沢沙紀(十七歳)
趣味・読書。
社交的でみんなから慕われる存在。
勉学は並。運動は不得手。
思いやりもあり優しいが、厳しさも持ち合わせている。
彰俊の想い人。
***
「おい、ちょっと待った。最後の情報はいらないだろう」
余計な一言がなきゃ、ドクシンは紳士的なのに。大きなお世話だ。
「むふふ。ほれ、サッサと口説きに行け」
トキヒズミの言葉にドキッとする。
「顔が茹蛸みたいになっているぞ、阿呆」
口の減らない奴だ。行けばいいんだろう。けど、考えてみれば沙紀とはほぼ初対面に近い。どうすればいいのだろうか。
「まだ情報は終わっていない。待つがよい」
***
芦沢雅哉(十四歳)
特に趣味なし。
正義感は強い。
人の痛みがわかり優しい。
事故。意識不明。
***
「意識不明って。回復の見込みはないのだろうか」
「それは逢ってみなくてはわからない。ここは私の出番であろう」
「なら任せた。で、どこへ行けばいい」
「さてはて、それは。申し訳ない。どこへ行けばよいのやらわからぬ」
意外と頼りない奴だ。
「ドクシンは凄い奴だぞ。おまえを思ってのことだ。ほら、サッサと行って聞いてこい、唐変木。ほら、ほらそれが一番手っ取り早い」
確かに、沙紀ならば知っているはずだ。
ドクシンも頷いている。アキはというといつの間にかベンチで項垂れている沙紀の横で顔を覗き込んでいた。
アキの奴、話しかけているようだけど。ちょっと待てよ、あいつはアキだよな。アキコじゃないよな。
あれ、目の錯覚だろうか。沙紀もアキに顔を向けて返答しているように見える。そんなことってあるのか。沙紀ももしかして見えているというのか。
彰俊は首を捻りつつ、ベンチへと歩みを進めた。
「沙紀、覚えていた。死神から救ってくれた人って」
何を言っている。覚えているも何もわかるはずが……。
沙紀が「あのときはありがとうございました」とお辞儀をした。
沙紀はあのとき何が起きていたのかわかっているってことか。それなら、ここにいる皆のことが見えたりするのか。
アキはこっちに顔を向けて口角を上げた。もしかして笑っているつもりか。いつものことだが『怖いぞ、その顔』とは口にしなかった。
「あの、もしかして沙紀さんはこの子のことが見えているんですか。何が起きていたかわかっていたんですか」
「ええ、そこにいる人たちも見えるし、あのときのこともわかります」
ドクシンも見えるのか。
「沙紀、友達」
アキは嬉しそうだ。微妙な表情の違いだが、そう感じた。アキでよかった。アキコだったらどうなっていたことか。もしかして不貞腐れて出てこないのだろうか。なんとなくだがそう思えた。
「そうね、友達だよね。あと彰俊くんのことも聞いちゃいました」
沙紀はちょっとまだ涙目だけど、微笑んだ。
いったいアキは何を話したのだろう。
「彰俊殿、教えてあげるとしよう。アキは、雅哉を彰俊殿が救ってくれるって話したのだよ」
彰俊はその話かと安堵した。
「本当に弟を助けられるんでしょうか」
それは……。安易に約束はできない。過去に戻って事故が起きなかったことにすればいいとは思うが、前回と同じように簡単にはいかないような気がする。違うのだろうか。何かが引っ掛かる。
「おい、阿呆。出来るとはっきり言ってやれ」
ポケットから上目遣いでトキヒズミの声が飛ぶ。
自身過剰のトキヒズミは無視して彰俊は「ごめん、正直助けられるかどうかわからない。けど、力のかぎりを尽くすつもりだ。だから、沙紀さんも力を貸してくれないかな」
「えっ、私には力なんて」
ドクシンが「沙紀殿にも能力がある。このドクシンが言うのであるから、間違いない。気づいておらぬだけだ」と凛とした声で言葉を綴った。
「ええ、本当に」
「なぜ彰俊殿が驚く。沙紀殿の能力を見抜いておったのではないのか。人を癒す能力があると」
そういうことか。確かにそれならありそうだ。
「早く口説けばいいのに」
まだ言うか。こいつは。トキヒズミの声も沙紀に届いているはずだけど、何も触れてはこない。
沙紀は微笑んでいるだけだ。
「早く行こう、病院に」
アキの一言で皆頷き、雅哉が入院している島倉総合病院に向かった。
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