時守家の秘密

景綱

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第三話「三味線が鳴く」

夢のあとには依頼あり?

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 依頼人が来るはずだと、どこにも出掛けずに待っていた。それなのになんの音沙汰もない。おかしいな、勘がはずれたか。

「ふん、まったく誰も来ないではないか。阿呆の言うことを信じたおいらが悪いんだな。いややっぱり阿呆で唐変木なおまえが悪い。夢はただの夢だったってこったな」

 阿呆でも唐変木でもない。口の減らない奴だ。

「なんだ、反論しないのか。そうか愚かだったと認めたのか」
「うるさいトキヒズミ。依頼人はいずれ来るさ」
「そりゃそうだろう。いつかは来るだろうよ。けど、おまえは今日来るはずだとその口が申したのだぞ。その口は嘘つきの口か」

 腹立つ奴だ。絶対にこいつには口では勝てない。ここは無視だ。それしかない。
 彰俊は外に目を向けて溜め息を漏らす。
 もう陽が沈む。今日は来ないのだろうか。
 そのときメールが送られてきた。沙紀からだ。トキヒズミには見られないようにしないとな。何を言われるかわからない。

「沙紀、来るのか」

 アキがいつの間にかスマホを覗いていた。

「おお、沙紀が告白しに来るのか」

 トキヒズミの言葉にドキッとしてしまった。そんなことが起きたら万歳三唱してしまう。いや、三唱どころの話じゃない。何度もしてしまうだろう。
 ちょっと待て。冷静になれ。沙紀が告白しに来るわけないだろう。トキヒズミの言葉に踊らされるんじゃない。
 彰俊はかぶりを振り、「相談があるようだ」とだけ口にした。

「んっ、相談? そうか、彰俊が告白してくれなくて悩んでいるっていうのだな」
「違う」

 どうしてもトキヒズミはそっちの方向に進めたいらしい。恋人になれたら嬉しくはあるがなぜそこまでこだわるのだろう。

「なんだ、おまえは好きなんだろう」
「トキヒズミ、その話はいいからやめろ。なんか祖母が大事にしていた三味線のことで相談があるらしい」

 彰俊は顔が熱くなるのを感じつつ話題をどうにか変えてやり過ごした。

「ほほう、三味線か。ということはおまえが見た夢の三味線は沙紀のところのものなのか。それじゃ栄三郎が来ることはないってことか」
「たぶんな。もしかしてじいちゃんに逢いたかったのか」
「そんなことはない」

 トキヒズミはぷいとそっぽを向いてしまった。

「沙紀、来る。沙紀、来る。沙紀、友達」

 アキが微笑んでいる。そんなに沙紀のことが気に入っていたのか。けど、アキの笑顔は知らない人が見たら不気味で恐怖を感じるだろう。知っていても背筋に悪寒が走るくらいなのだから。無表情でいたほうが可愛いかもしれない。そんなことを思っているなんてアキが知ったら落ち込んでしまうだろう。胸の内にしまっておこう。

「アキはそんなに沙紀のこと気に入ったのか」
「うん、沙紀のこと大好きだ。だって」
「だって、なに」

 あれ、どうしたのだろう。急に黙って。

「もう、もう、もう。沙紀のどこがいいっていうの。あたいのことちゃんと見てよ」

 うっ、アキコか。
 完全に怒りモードだ。これってやっぱり嫉妬だろうか。
 困ったものだ。
 このままだと愛情から憎しみに変わってしまうのではと危惧してしまう。

「これアキコ。落ち着け。この阿呆よりいい相手がこの世にはごまんといるぞ」
「うるさいな。トキヒズミは黙れ」
「はい、はい。そうですか」

 アキコの気持ちはどうしたものか。無下にはできない。だからといってアキコと結ばれるなんてことは考えられない。結ばれるとしたらやっぱり沙紀がいい。

「おっ、うつけ者にも春が来るか」

 うつけ者とはなんだ。阿呆よりもイラつく。いやいや、阿呆もかなりイラつくんじゃないのか。あまりにも言われ過ぎて頭の回路が麻痺しているのかも。とにかくここは腹を立てずに聞き流せ。

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