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第五話「猫神様がやってきた」
ネムと再会
しおりを挟む「ベッピンさんと一緒がいいなぁ」
ポケットからのトキヒズミの独り言を無視していると同じ台詞を何度も何度も繰り返してくる。
まったく色ボケな付喪神だ。
アキにも聞こえているのだろうが聞こえない素振りをみせて慈艶の言葉に従いながら、歩みを進めている。
「楽しみ、楽しみ」
アキはいつもの怖い笑みを浮かべている。けど、その姿は普通の人には見えない。それが唯一の救いだ。見えたとしたら、皆悲鳴をあげて逃げてしまうかもしれない。それはちょっと言い過ぎか。
「まだか、まだ着かないのか。もう飽きてきた」
「うるさい、トキヒズミ」
「はい、はい。黙りますよ」
「本当に楽しい方たちですこと。おや、あれは……」
慈艶がフッと着物の女性姿へと変化して、道の先を指差した。
彰俊には何も確認出来なかったが、アキは気づいたようだ。
「ネム様だ」
そう呟くと突然駆け出してしまった。仕方がなく、追いかける。彰俊はすぐに息切れしてしまって立ち止まりゼイゼイ肩で息をした。アキがどんどん小さくなっていく。
「情けない奴だ。それだから、ウスラトンカチって言われるんだ」
息苦しくて反論出来ない。
まったく、いつ俺が『ウスラトンカチ』だなんて言われたんだ。言われたとすればトキヒズミ、おまえだけだろう。
彰俊は大きく深呼吸をすると、ゆっくりと歩みはじめた。アキはこっちを向いて手を振ってきた。その足元には猫らしき姿も窺える。夢で見たネムなのだろうか。また獅子になって脅かすんじゃないだろうかと不安が過ったがそれはないだろうとすぐに自分の考えを否定した。
「逢えた。ネム様に。嬉しい」
アキの片言での話し方は直らないのだろうか。いや、これはこれでいいのかもしれない。アキの個性だ。きっと本人も直す気はないのだろう。
「また逢ったな。吾輩も先日のことが気にかかっていてな。夢なのか現なのかと気の赴くまま来てみたらアキがいてびっくりした」
「縁とはそういうものですよ」
慈艶が笑みを湛えていた。
「やはり、いい女だ。実はおまえも惚れているんじゃないのか。浮気者が」
彰俊は口に人差指を当ててかぶりを振った。
「なんだ、おいらに指図するな。ボケボケのくせに」
まったく、浮気者だのボケボケだのウスラトンカチだのよくまあいろんな悪口が出で来るものだ。ある意味感心してしまう。トキヒズミの言葉はいつも通り無視をしてアキに声を掛けた。
「久しぶりに逢ったんだろう。ふたりで話してきたらどうだ。俺たちは帰るからさ」
アキはネムに顔を向けて、再び向き直ると頷いた。
「では、昔話でもしながら歩くとしようか」
「あたい、いっぱい話があるんだ」
ネムはお辞儀をすると歩き始めた。あれ、今の声はアキコか。まあアキでもアキコでもどっちでもいいんだが。
「なら、おいらは慈艶と散歩でも」
「ダメだ。帰るぞ」
「ふん、融通の利かぬ奴だ。というかおいらたちはなぜここまで来たのだ」
「んっ、それもそうだな」
「馬鹿者め」
「どうせ馬鹿だよ。けど、いいんじゃないのか。アキとアキコが逢いたがっていたから来たんだからさ。トキヒズミはネムに用はないだろう」
「まあ、そうだが」
「そうか、トキヒズミは慈艶といたかったのか」
「うるさい、黙れ」
帰り道、トキヒズミはずっとぶつぶつ文句を言い続けていた。それをおかしそうに眺める慈艶の姿があった。
「では、わたくしは野暮用があるので失礼しますね」
「なに、待て。おいらとデートを」
「すみません」
慈艶は丁寧に断るとスッと姿を消した。
トキヒズミは沈んだ顔をして胸ポケットに落ちるようにして入り込んだ。
「あ、慰めなどいらんぞ」との声がポケットから微かに聞こえた。
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