時守家の秘密

景綱

文字の大きさ
36 / 53
第五話「猫神様がやってきた」

取り憑かれたミコ

しおりを挟む

 背後にミコの気配がある。だが異様な気を纏った気配だ。
 振り返りると、そこにいたのは般若の面を被ってでもいるような恨みがましい顔をしたミコだった。

「おい、ミコ。ど、どうしたって――」
「黙れ、ゴミが」
「ご、ごみって」
「真一、ミコは何者かに憑依されている。無闇に近づくんじゃない」

 ネムの忠告は間に合わなかった。ミコに腕を掴まれて真一は振り飛ばされて草むらへと姿を消した。まずい、怨霊に取り憑かれるとは。
 真一は大丈夫だろうか。微かに呻き声が聞こえる。きっと大丈夫だ。そう信じよう。

「アキコ、んっ、いやアキか。結界を張れ」

 彰俊の叫び声にアキはハッとした表情をすると頷いて何か呪文のようなものを口にしはじめた。
 あたりの景色が一瞬歪んだ気がした。結界が張られたのは間違いなさそうだ。
 ミコはというと、ゆっくりとした足取りでアキへと向かっている。

「ミコ、しっかりしろ」

 ネムはミコの前に獅子の姿で立ちはだかり、一喝した。風が巻き起こりミコへと突き進む。
 真面まともに風を身体に受けとめたミコは後ろへと押されていく。普通だったら飛ばされているだろうにミコはネムの起こした風に耐えていた。

 何か嫌な予感がする。ミコはやはり何かに憑りつかれている。それは間違いないだろう。
 ネムは大きく息を吸い込み、光の咆哮を放った。悪霊がいるとすれば、何か反応があるはずだ。
 案の定ミコに異変が起こった。顔を歪めて身体を震わせている。すると鼓膜を突き抜けるくらいの叫び声をあげてミコの身体から黒い影が背後から抜け出してきた。

「おのれ、邪魔立てするな。私は略奪愛を許せぬのだ。そこのおまえのような不埒な者は死すべきなのだ。悪者を庇うおまえたちも同罪だ」

 吊り上がった朱色の瞳で睨み付けてくる。
 ミコの想いがこの霊を呼び寄せてしまったようだ。この霊に勘違いだと話したところで無駄だろう。どうしたものか。物凄い妖気を纏っている。
 黒い影の足元で、ミコは気を失ってしまったようだ。

「おまえは何者だ」
「うるさい、黙れ。裏切り者が」

 ダメか。話の通じる奴じゃないさそうだ。

「吾輩は裏切ったりせぬ。おまえの話しをじっくり聞いてやると言っているのだ。怨みなど捨てろ」
「ふん、裏切り者じゃなければおまえは偽善者だ」

 黒い影は突然、両手を突き出して首もとへと向かってきた。ネムは黒い影の突き出した手をかわして払い除けた。

「今だ、ミコを連れて行け」

 ネムの声に素早く反応したアキがミコを抱きかかえて皆のもとへ連れて行く。恨めしそうな目つきでアキを目で追っている黒い影。

「許せぬ、許せぬ、許せぬ」

 黒い影が放つ冷気があたり一面を凍り付かせていく。ネムも黙ってはいない。逆に暖かな風の気を放ち凍り付いた大地を溶かしていく。
 背後で皆がミコに声がけしているようだ。

「ミコちゃん、聞こえる。目を開けて」
「おい、猫女。しっかりしろ。生きているのか。ほら、化け猫の力をみせてみろ」
「おい、トキヒズミ。もうちょっと言い方ってもんがあるだろう」
「ミコ、大丈夫か。ネム様はミコのこと好き。心配ない」

『ふっ、ミコのことを好きだなんて余計なことを』

 まあ、間違いではないか。あいつらも良い奴らだ。慈艶、トキヒズミ、彰俊、アキ。そして真一、ミコのことを頼むぞ。
 ネムは黒い影に対して咆哮を放った。攻撃とは違う、春風の如く優しくぬくもりある咆哮を。

「やめろ、やめろ。ああ、私は……私はそんなつもりじゃ……」

 黒い影が優しさの渦に身悶えしている。

「成仏するのだ。お主は、十分苦しんだのだろう。そして、来世に希望を委ねるのだ。ほら、お主にもあの者たちの優しい声が届いているだろう」

 黒い影がチラッとミコを励ます者たちに目を向けた。

「ミコ、ミコ。俺を吹っ飛ばしておいて、あの世になんか行くんじゃないぞ」

 草むらから真一の声が飛ぶ。

「ふふ、ほら、あの者は優しいであろう。吹き飛ばされても相手を思いやる気持ちとはいいものだろう。お人好しの極だ」

 一瞬だが黒い影が揺らめき笑みを浮かべたように見えた。春風の咆哮の効果もあるのだろうが、ここに居る者たちの優しさを感じ取っているのかもしれない。
 草むらから真一が這いつくばって出てきた。黒い影のもとへ近づいている。真一は何をしようとしているのだろうか。

「ちょっといいか。恨むってのも辛いことじゃないのか。もしよかったら、俺が愚痴を聞いてやってもいいぞ」

 真一の言葉に黒い影が少しだけ色を薄めて人の姿になりつつあった。

「ふふふ、あなたのようなお馬鹿さんは初めてです。そんなことを言ったらあなたに憑りついてしまいますよ」
「それは勘弁してほしいものだな。けど、友達ならいいぞ。いつでも来い」

 漆黒の影だったはずが、いつの間にかはっきりと女性の姿になり微笑んでいた。

「私ももっと早くあなたたちのような人に逢っていればよかった……」

 その言葉を残して女性の霊は景色に溶け込むように姿を消した。

「まったく真一ときたら、無謀なことを」
「いいじゃないか、うまくいったんだから」
「まあ、そうだな。それにしても不思議だな。真一の言葉は思わぬ力があるようだな」
「そんなことはないさ。ネムのあの優しい気を纏った咆哮が俺の言葉に力を与えたんじゃないのかな。おそらくそうだ。あ、それよりもミコは大丈夫なのか」

 ネムはハッとしてミコのもとへ駆け付けると、スヤスヤと寝息を立てているミコがいた。
 あとから追いついてきた真一と顔を見合わせると、思わず吹き出してしまった。真一も他の皆もつられて笑いだしていた。
 心配して損をした。ミコらしいと言えばらしいけど。

「まったく、阿保らしいったらありゃしない」

 トキヒズミだけは文句を言っていたが怒っているわけではなく笑っているようだった。
 なんとか一件落着と言えるのだろう。
 ネムは慈艶と目を合わせて頷き合った。

「さぁ、帰るとしよう」

しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

あやかし警察おとり捜査課

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。  しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。  反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。  

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

須加さんのお気に入り

月樹《つき》
キャラ文芸
執着系神様と平凡な生活をこよなく愛する神主見習いの女の子のお話。 丸岡瑠璃は京都の須加神社の宮司を務める祖母の跡を継ぐべく、大学の神道学科に通う女子大学生。幼少期のトラウマで、目立たない人生を歩もうとするが、生まれる前からストーカーの神様とオーラが見える系イケメンに巻き込まれ、平凡とは言えない日々を送る。何も無い日常が一番愛しい…… ★★★只今、修正中★★★ 休み休み書いてましたら、段々書き始めとキャラがズレてきました…。 そのため、ちょっと見直しております。 細かな変更のため、ストーリーに大きな変更はございませんが、お読みいただいている方にはご迷惑お掛けして申し訳ございません。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

後宮薬師は名を持たない

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。 帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。 救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。 後宮が燃え、名を失ってもなお―― 彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

処理中です...