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第五話「猫神様がやってきた」
取り憑かれたミコ
しおりを挟む背後にミコの気配がある。だが異様な気を纏った気配だ。
振り返りると、そこにいたのは般若の面を被ってでもいるような恨みがましい顔をしたミコだった。
「おい、ミコ。ど、どうしたって――」
「黙れ、ゴミが」
「ご、ごみって」
「真一、ミコは何者かに憑依されている。無闇に近づくんじゃない」
ネムの忠告は間に合わなかった。ミコに腕を掴まれて真一は振り飛ばされて草むらへと姿を消した。まずい、怨霊に取り憑かれるとは。
真一は大丈夫だろうか。微かに呻き声が聞こえる。きっと大丈夫だ。そう信じよう。
「アキコ、んっ、いやアキか。結界を張れ」
彰俊の叫び声にアキはハッとした表情をすると頷いて何か呪文のようなものを口にしはじめた。
あたりの景色が一瞬歪んだ気がした。結界が張られたのは間違いなさそうだ。
ミコはというと、ゆっくりとした足取りでアキへと向かっている。
「ミコ、しっかりしろ」
ネムはミコの前に獅子の姿で立ちはだかり、一喝した。風が巻き起こりミコへと突き進む。
真面に風を身体に受けとめたミコは後ろへと押されていく。普通だったら飛ばされているだろうにミコはネムの起こした風に耐えていた。
何か嫌な予感がする。ミコはやはり何かに憑りつかれている。それは間違いないだろう。
ネムは大きく息を吸い込み、光の咆哮を放った。悪霊がいるとすれば、何か反応があるはずだ。
案の定ミコに異変が起こった。顔を歪めて身体を震わせている。すると鼓膜を突き抜けるくらいの叫び声をあげてミコの身体から黒い影が背後から抜け出してきた。
「おのれ、邪魔立てするな。私は略奪愛を許せぬのだ。そこのおまえのような不埒な者は死すべきなのだ。悪者を庇うおまえたちも同罪だ」
吊り上がった朱色の瞳で睨み付けてくる。
ミコの想いがこの霊を呼び寄せてしまったようだ。この霊に勘違いだと話したところで無駄だろう。どうしたものか。物凄い妖気を纏っている。
黒い影の足元で、ミコは気を失ってしまったようだ。
「おまえは何者だ」
「うるさい、黙れ。裏切り者が」
ダメか。話の通じる奴じゃないさそうだ。
「吾輩は裏切ったりせぬ。おまえの話しをじっくり聞いてやると言っているのだ。怨みなど捨てろ」
「ふん、裏切り者じゃなければおまえは偽善者だ」
黒い影は突然、両手を突き出して首もとへと向かってきた。ネムは黒い影の突き出した手を躱して払い除けた。
「今だ、ミコを連れて行け」
ネムの声に素早く反応したアキがミコを抱きかかえて皆のもとへ連れて行く。恨めしそうな目つきでアキを目で追っている黒い影。
「許せぬ、許せぬ、許せぬ」
黒い影が放つ冷気があたり一面を凍り付かせていく。ネムも黙ってはいない。逆に暖かな風の気を放ち凍り付いた大地を溶かしていく。
背後で皆がミコに声がけしているようだ。
「ミコちゃん、聞こえる。目を開けて」
「おい、猫女。しっかりしろ。生きているのか。ほら、化け猫の力をみせてみろ」
「おい、トキヒズミ。もうちょっと言い方ってもんがあるだろう」
「ミコ、大丈夫か。ネム様はミコのこと好き。心配ない」
『ふっ、ミコのことを好きだなんて余計なことを』
まあ、間違いではないか。あいつらも良い奴らだ。慈艶、トキヒズミ、彰俊、アキ。そして真一、ミコのことを頼むぞ。
ネムは黒い影に対して咆哮を放った。攻撃とは違う、春風の如く優しくぬくもりある咆哮を。
「やめろ、やめろ。ああ、私は……私はそんなつもりじゃ……」
黒い影が優しさの渦に身悶えしている。
「成仏するのだ。お主は、十分苦しんだのだろう。そして、来世に希望を委ねるのだ。ほら、お主にもあの者たちの優しい声が届いているだろう」
黒い影がチラッとミコを励ます者たちに目を向けた。
「ミコ、ミコ。俺を吹っ飛ばしておいて、あの世になんか行くんじゃないぞ」
草むらから真一の声が飛ぶ。
「ふふ、ほら、あの者は優しいであろう。吹き飛ばされても相手を思いやる気持ちとはいいものだろう。お人好しの極だ」
一瞬だが黒い影が揺らめき笑みを浮かべたように見えた。春風の咆哮の効果もあるのだろうが、ここに居る者たちの優しさを感じ取っているのかもしれない。
草むらから真一が這いつくばって出てきた。黒い影のもとへ近づいている。真一は何をしようとしているのだろうか。
「ちょっといいか。恨むってのも辛いことじゃないのか。もしよかったら、俺が愚痴を聞いてやってもいいぞ」
真一の言葉に黒い影が少しだけ色を薄めて人の姿になりつつあった。
「ふふふ、あなたのようなお馬鹿さんは初めてです。そんなことを言ったらあなたに憑りついてしまいますよ」
「それは勘弁してほしいものだな。けど、友達ならいいぞ。いつでも来い」
漆黒の影だったはずが、いつの間にかはっきりと女性の姿になり微笑んでいた。
「私ももっと早くあなたたちのような人に逢っていればよかった……」
その言葉を残して女性の霊は景色に溶け込むように姿を消した。
「まったく真一ときたら、無謀なことを」
「いいじゃないか、うまくいったんだから」
「まあ、そうだな。それにしても不思議だな。真一の言葉は思わぬ力があるようだな」
「そんなことはないさ。ネムのあの優しい気を纏った咆哮が俺の言葉に力を与えたんじゃないのかな。おそらくそうだ。あ、それよりもミコは大丈夫なのか」
ネムはハッとしてミコのもとへ駆け付けると、スヤスヤと寝息を立てているミコがいた。
あとから追いついてきた真一と顔を見合わせると、思わず吹き出してしまった。真一も他の皆もつられて笑いだしていた。
心配して損をした。ミコらしいと言えばらしいけど。
「まったく、阿保らしいったらありゃしない」
トキヒズミだけは文句を言っていたが怒っているわけではなく笑っているようだった。
なんとか一件落着と言えるのだろう。
ネムは慈艶と目を合わせて頷き合った。
「さぁ、帰るとしよう」
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