時守家の秘密

景綱

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第六話「怪しき茶壷と筆」

未来は明るい

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 トキヒズミに諦めるなと言われたものの正直死は免れないと思っていた。
 まさかあのときの死神に助けられるとは。
 あっ、あのササという小鬼のおかげか。

「うまい、うまい。このすき焼きというやつは絶品だな。おいらはじめて食ったぞ」

 ササはどんぶり飯を十杯、牛肉は二十人前分も平らげていた。あの小さい身体によく入るものだ。
 命の恩人だから仕方がないか。それにしても……食い過ぎだ。ほとんど一人で食べちまっている。彰俊は財布を眺めて溜め息を吐いた。完全に金欠だ。

 沙紀はササの隣で笑っている。死んでしまったのではないかと心配していたが気絶していただけだった。だけど、この席に座敷童子猫のアキ&アキコの姿はない。
 あのとき盾になって死神ヨムの攻撃を防いでくれたことでアキ&アキコは命が絶えてしまったのだろうか。違ってくれればと思っているのだがまったく気配を感じられない。生きているのか死んでしまったのか正直なところわからない。死神ヨムが大鬼に連れて行かれる姿に気を取られていた間に、倒れていたはずの座敷童子猫の姿は跡形もなく消え失せていた。
 物の怪が死すと完全に姿が消えてしまうものなのだろうか。トキヒズミに訊いても「知らん」というだけだった。

「おい、そんなところで暗い顔していないでおかわりくれ」

 まったく人の気も知らないで呑気なものだ。彰俊は苦笑いを浮かべて炊飯器を開ける。
 ない。空っぽだ。
 それを見たトキヒズミがササの頭に飛び乗って「おい、おまえは食い過ぎだ。いい加減にしろ。ほれ見ろ。もう飯はない」といきり立っていた。

「んっ、なんだ。もうないのか。ならしょうがない。このくらいで勘弁してやろう。いてて、やめろ。なぜ叩く。おいらは恩人だろう」
「うるさい、黙れ。それとこれとは話が違う」

 トキヒズミはササの頭をボコボコと殴ったり毛をむしり取ったりしていた。

「やめろって。悪かったよ。次ご馳走になるときは遠慮するからさ。勘弁してくれよ」
「なんだと。またご馳走になる気か。おまえのような大食漢などもう呼んでやるか」
「そんなこと言わないでくれよ。おいら、いつもひとりぼっちで寂しいんだ。こんな温かい席でみんなと食事するなんてはじめてなんだよ」
「うるさい。黙れ」
「黙るから許してくれよ」
「トキヒズミ、そのくらいにしてやれよ」
「なんだお人好しが。そんなんだからこいつが図に乗るんだ。まったくどいつもこいつも甘過ぎる」

 背を向けて胡坐を掻き黙り込むトキヒズミに瑞穂が何かを囁いた。すると、にやけた顔をして「ササ、とりあえず今日のところは許してやる。まあよく食う奴に悪い奴はいない。だが次は絶対に遠慮しろよ」と急に優しくなった。
 よく食う奴に悪い奴がいないという言葉は合っているのかわからないがどうやらまるく収まったようだ。瑞穂はいったい何を言ったのだろうか。気にはなるが訊くのはやめておこう。
 それにしてもササは楽しい奴だ。みんなの顔も明るい。なんだか大家族になった気にもさせる。
 栄三郎、トキヒズミ、沙紀、ササ、舟雲、瑞穂の笑顔がそこにある。
 彰俊は和気藹々した雰囲気の食卓を眺めて頬を緩ませた。けど、あと一人いてほしかった。どうしても思い出してしまう。
 楽しいはずなのに、寂しさも同居している。

「彰俊さん。きっとアキちゃんもアキコちゃんも幸せだったわよ。だから笑って。そうじゃないとあの子たちも成仏できないでしょ」

 いつの間にか沙紀が横に来ていた。寂しいさが顔に出ていただろうか。きっと出ていたのだろう。沙紀の言う通りだ。あの子たちが亡くなっているのなら悲しんでいてはいけない。きちんと成仏させてやらなきゃ。安心させてやらなきゃ。けど、生きている可能性だってまだある。そう思っちゃいけないのだろうか。

「そうだよな。沙紀ちゃん。けどさ、まだどこかで生きていてくれたらなんて思っちゃうんだよな」
「そうね。そうだったらいいわね」
「おい、おまえはやっぱり阿呆だな。あいつは座敷童子猫だぞ。物の怪だぞ。人とは違う。大丈夫だ。そのうち何事もなかったように戻って来るさ」
「トキヒズミ、本当にか」
「さあな、わからん。おいらは死んだことがないからな」

 なんだよ。口から出まかせか。彰俊が落胆したとき玄関扉が開く音がしてハッとした。帰って来たのかもと慌てて玄関に向かうとそこにいたのは死神サウだった。隣には牛のような顔をした人が立っていた。いや、人のような牛か。そんなことどっちでもいい。座敷童子猫だったらよかったのに。

「なんだ、おまえか」
「なんだはないでしょう」
「アキとアキコが戻って来たんじゃないかと思ったからさ。すまない」
「なるほど」
「で、何か用か」
「はい、この者が謝りたいとのことでして」

 謝りたいってどういうことだ。
 彰俊は牛のような顔をした人をみつめた。気づけば全員が玄関に集まっている。

「みなさん、お揃いで。本当に申し訳ないことをいたしました。あの、そのですね。私はくだんと申しまして未来を予知することができるのですが……」

 件は突然土下座をして「瑞穂さんに偽りの未来を見せてしまいました。死神ヨムに脅されたとは言えやってはいけないことをしてしまいました。すみません」と謝った。
 偽りの未来。それって。

「彰俊と沙紀の子供が火事を起こすというあれのことか」

 栄三郎がそう口を挟むと沙紀がこっちに目を向けて頬を赤く染めた。
 そうか沙紀にはその話をしていなかったか。照れる沙紀もやっぱり可愛い。
 んっ、ちょっと待てよ。偽りってことは沙紀と自分が結婚することはないってことか。どうなんだ。
 そこははっきりしておかないと。

「あの、件さん。偽りというのは……。えっと、その俺と沙紀はあの、その、そう言う関係にはならないってことなんですか」
「あっ、いえ。そうではなく。二人の子供が火事を起こしてお家断絶をするってことはないということです」

 そういうことは自分と沙紀は……。

「エロ彰俊。今、変な想像していなかったか」
「ば、馬鹿言うな。変な想像なんてしていない」
「そうか。顔が真っ赤っかだぞ。おお、沙紀もだ。こりゃ、今夜は――」

 トキヒズミが言い終わる前にドカッという音がした。何事だと思ったら玄関扉に張り付くトキヒズミが呻き声をあげていた。
 なぜ、トキヒズミが。というか誰がそんなこと……。
 後ろを振り返るとそこには怖い笑みを浮かべる座敷童子猫の姿があった。

***

(本編・完)

***

*本編はここで終わりですが、おまけの話がありますのでもう少し私の物語にお付き合いください*

***

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