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第一章 吾輩は眠多猫である
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しおりを挟む獣の咆哮とも思えた。いやいや、こんなところに虎やライオンがいるはずがない。けど、空耳とも思えない。その場で考えを巡らせてみたところで答えが出るはずもなく。かといって社の裏手へ回る勇気も湧いてこない。もう一度聞こえてこないものかと聞き耳を立てるがそよ風に揺れる葉の擦れ合う音だけで静まり返るばかり。
ここの神社には神主も禰宜も巫女もいない。つまり無人でここにいるのはひとりだけ。人通りもほとんどない。誰か来てくれたら一緒に確かめに行くという手もあるのだが。どうしたものか。何も聞えなかったと帰るとするか。けど、気になる。このままじゃ時間の無駄だ。ウジウジ考えていても始まらない。ならば、意を決して裏手へ行こう。いや、やっぱり空耳だと家路につくべきかも。
まったく煮え切らない奴だなと自分自身に一喝する。
そのとき、何者かの声が耳に届いた。聞き間違いじゃなければ「助けて」と訴えるような声がした。頭の中でさっきの咆哮と相まって変な考えが浮かんでしまう。
まさか誰かが虎に襲われたのか?
すぐにかぶりを振りありえないと訂正した。
くそったれ、どうにでもなれ。
もし、裏で助けを求める者がいるとするのなら行くしかない。危険を孕んでいようと行くしかない。正義感振り翳して死んでは何もならないけど、無視して家に帰っては寝覚めが悪い。
ああもう、うだうだ言うな。この臆病者の馬鹿者めと自分に再び一喝を入れて、真一は社の裏へと歩みを進めた。ゆっくりと奥を覗き込むようにして進んでいく。
屁っ放り腰だと笑うんじゃないぞ。ありったけの勇気を振り絞って社の裏へと向かっているんだからな。勇敢だと褒めてくれよな。ああ、何をほざいているんだか。
いったいどこから聞こえてきたのだろう。社の裏は少しばかり薄暗くて肌寒い。どことなく怪しげな輩が潜んでいそうな気配も感じる。気のせいであってほしいが。
右、左、木の上と至る所に目を向けて足を運んできたものの、助けを求めた者の姿はどこにもない。おかしい、おかしいじゃないか。もちろん、獣らしきものもいない。
まさか、この奥に広がる鎮守の杜に足を踏み入れなくてはいけないのか。それだけは勘弁してほしい。この鎮守の杜にはあまりいい噂を聞かない。災厄が訪れるという噂話はここら辺では有名な話だ。物の怪の類を見たなんて情報も耳にする。物の怪が本当にいるとは思わないが、怪しげな輩が屯しているってことも考えられる。オカルト集団的な奴らがいるかもしれないじゃないか。
いや、それはありえないか。神聖な神社の敷地にそんな奴らが入り込むはずがない。罰が当たるに違いない。すべて単なる噂だ。作り話だ。
真一はしばらくあたりを見回していた。けど、何もいないようだ。空耳だったのかもしれない。そういうことにしておこう。嘆息を漏らして踵を返す。
そのとき、背後から微かにだが猫の鳴き声を耳にした気がした。真一はもう一度、鎮守の杜のほうに目を向けて耳を傾けた。
ガサ、ガサガサ。
少し先の下草が確かに揺れた。そこにいるのかも。鎮守の杜にちょっとだけ足を踏み入れなくては、微かに揺れた下草の場所にはいけない。災いを招きたくはない。まったくそんな嘘を信じるな。大丈夫だ。きっと。でも、何か起きたらどうしよう。
ガサガサガサ。
あそこに誰かいる。人にしては小さいような。動物かも。猫ってこともある。よく集まっていたからな。だとしたら、そこに猫がいて助けを求めているのかもしれない。どうする。行くのか、帰るのか。ああ、もうまただ。情けない奴だ、自分は。災いなんて起きない。単なる噂だ。迷信だ。大丈夫だって言っているだろう。
あっ、鳴き声がした。間違いなく猫だ。弱弱しい悲痛な叫び声だった。動けずに、死に逝く寸前だったらどうする。命の問題が絡んでいるとしたら、神様だって神域を犯したとはみなさないだろう。見過ごしてくれるはずだ。とにかく様子を見に行ったほうがいい。単なる思い過ごしで、杞憂に終わってくれればそのほうがいい。
ガサガサ、ガサガサ。
そこか、そこにいるのか。
膝下くらいまで伸びた草を掻き分けて進むと、一部草が生えていないちょうど猫が一匹収まるくらい狭い空間があった。
いた、三毛猫がいた。眼光鋭い目力の強い視線をこっちに向けている。それよりも目を引くものがあった。三毛猫の身体は鮮血に染められていた。
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