小説家眠多猫先生

景綱

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第二章 消えた眠多猫先生

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 ああ、ダメだ。相当に疲れている。耳までおかしくなってきたようだ。聞き間違いだ。今のは、絶対に聞き間違いだ。この女の子が猫だって。何を馬鹿なことを。でも、なんとなくネムに似たような匂いを感じる。猫独特の香りだ。いや、ネムの香りだ。実はこの女の子がネムの変化した姿なのかもしれない。いや、違う。似た匂いってだけだ、きっと。なんとも言えない猫の匂いって、やっぱり好きだ。

 ああ、自分は何を言っているのだろう。嫌いだと思う人もいるだろうが、なんか落ち着くんだよな、この匂い。

 同じような匂いがするってことは。この子は本当に猫なのか。いや、そんなことはどうでもいい。余計なことは考えないようにしよう。この猫のおやつでいいって言うのだからあげればいい。けど、本当にどうでもいいことなのか。ああ、もうよくわからない。寝不足で頭が回らない。考えるのはやっぱりよそう。

「ほらよ」
「ありがとう」

 少しは汗も引いてきたようだし、女の子のことは放って寝てしまおう。真一は座席に凭れて瞼を下ろす。ダメだ、眠れない。疲れているはずなのに眠れない。ネムのことも気にかかるというのもあるが、隣の女の子も無性に気になる。

 隣でマグロミックス味のウェットタイプのおやつを食べているなんてありえないだろう。気にならないほうがおかしい。ペロペロと嘗めている音が耳障りでもある。人が食べるものじゃない。チラッと薄目を開けて見たら笑顔で嘗める女の子の顔がある。

 確かに猫みたいだ。舌もざらついているのではないだろうかと気になってくる。よくよく考えてみればネムのことを兄と呼んでいたじゃないか。何もかもおかしい。まさか危険人物なのか。精神異常者ってことも。正常な思考の持ち主が自分のことを猫だと口にするはずがない。

 全部が非現実的だ。

 もしかして、異世界に紛れ込んでしまったのだろうか。ここはバスの中じゃないのだろうか。

 窓の外の景色は人間の世界そのものだ。高速道路を快走中だ。どこにもおかしな点はない。隣の女の子の存在を除いては。

 ふと変な考えが過った。

 自分自身が精神異常者だって可能性はないのか。いや、ないよな。今までのことが全部自分の妄想だったということは……。それもない。やっぱり考えるのはよそう。今考えるべきことはネムのことだ。いや、寝ることが重要かも。けど眠れないからな。

 ネムは本当にあの海の近くにある渡海神社に向かったのだろうか。もしそうだとしたら、どうやって行くというのだろう。

 猫の足では相当な距離がある。高速バスを利用するなんて考えられない。いや、ありえるか。頭のいい奴だから、こっそりバスに潜り込むことも容易いだろう。パソコンを使えるのだから、ネットでいろいろと調べることもできただろうし、行き方はいろいろ考えられる。電車かもしれない。いや、電車だと最寄り駅から渡海神社への道のりはちょっと遠いし、かなりの急な上り坂がある。あっ、高速バスでも一緒か。

 とにかく、渡海神社へ向かったと信じよう。それとも、隣の女の子に話を聞けばはっきりするのだろうか。おやつに夢中になっているけど。何か話してくれるのではなかったか。モヤモヤしたままいることは嫌だ。ここは、やはりはっきりしておこう。率直に訊いてみたほうがいい。

「なぁ、君は本当に猫なのか?」
「そうだよ。さっきからそう言っているじゃない。あんた耳悪いの?」
「信じられないだけだ」
「そう」

 はっきりと肯定されてもはいそうですかと納得はできない。頭がおかしな女の子だと認識したほうが納得できる。けど……。見れば見るほど、猫に見えてくる。雰囲気といい匂いといい、ちょっとした仕種も猫っぽい。ほらあの耳を掻く仕種、シャカシャカシャカって手で叩くみたいに掻いているじゃないか。目を擦る仕種も猫っぽい。おっ、大欠伸して。すべてが猫だ。人の姿はしているが、猫だ。女の子の欠伸を見ていたら、自分も大きな欠伸をしてしまっ
た。もらい欠伸だ、これは。

 そういえば、ネムが兄だと話していたような。その物言いが真実ならばだけど。ならば、やっぱりこの子も猫なのか。もう一度聞いたところで、同じこと言わせないでと怒られそうだ。再び確認することはやめておこう。

 これは、この女の子の言葉を信じてみるって方向で対応した方がいいのかも。今、ネムの手がかりを持っているであろう人物に違いないのだから。人物じゃないか、猫か。ネムのこと自体が、ありえないことだからな。ならば、猫が人になることあるのか。そう思い込むしかない。

 ああ、訳が分からなくなってきた。この女の子を怒らせないほうがいいような気がする。

 なんとなく生意気そうな物言いだし。やっぱりどこか頭がおかしいのだろうか、この子は。

「私寝るね」
「おい、おい。ネムのいや眠多猫先生のこと教えてくれるんじゃないのかよ」
「眠くなっちゃったんだもん。あんただって眠いんじゃないの」

 眠い、確かに眠い。けど、気になることが多すぎて、眠いのに眠れない。隣の女の子に話すように促そうと思ったら、すでに寝息をたてていた。可愛い寝顔だ。なぜか舌の先をほんの少し出して寝ちまっている。舌をしまい忘れるなんて可愛い。本当に猫なのか、この子は。いい加減に信用してやれよと自分に言い聞かせた。

 少し眠らせてやろう。目的地まで二時間くらいはかかるから、話を聞く時間はあるだろう。まるまる二時間寝てはいないだろうから。いや、猫なら寝ているかもしれない。そうなったときは、そのときだ。この女の子が一緒にいれば、神社でも役に立つことがあるかもしれない。本当にネムのことを知っているのならだけど。

 真一は瞼を閉じた。眠れなくても少しは休まるだろう。

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