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第二章 消えた眠多猫先生
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しおりを挟む気づくといつの間にか眠りについていたようだ。隣の女の子のおかげかもしれない。不思議と癒される雰囲気を醸し出しているのと、ネムに似た匂いが眠りに誘ってくれたのかもしれない。そこにバスの心地よい揺れも後押ししたのだろう。隣に目を向けると、まだ寝息をたてている。良く寝る子だ。
目が覚めたら、まずは名前を聞くこととしよう。まさか『ネコ』と呼ぶわけにもいかないだろう。『ネコ』って名前は可愛いけど、そんな名前を付ける人はまずいない。いや、知らないだけでいるのだろうか。
バスの時計から判断するとあと一時間くらいはかかるだろうか。
起こそうかとも思ったが、無理に起して機嫌を損ねるのも嫌だ。猫だとしたら、鋭い爪で引っ掻かれることもある。チラッと女の子の爪を覗き込んだが、猫の爪ではないようだ。人の爪だ。そりゃそうだ、猫っていうのはきっと冗談だ。匂いだってきっと、家で飼っている猫の匂いが服についてしまっているのだろう。
猫の匂いは似通っているものだ。たぶん。ネムのことを考えているから、そう感じただけだろうか。思い込みってものは怖いものだから。
それにしても、可愛い寝顔している。
「ちょっと、何を覗いているのかなぁ。もしかしてあんた変態?」
「な、なにを。そんなわけあるか」
「ふん、その慌てようは図星ね」
「違う、絶対に違う」
「ま、いいけど。そうそう、私は図星より煮干しのほうが好きだけどね」
いったい、何の話だ。まったく調子が狂う。猫だということを強調したいのか、この子は。そうだ、起きたのなら話を聞かなくては。
「さてと、寝ようかな」
「こら、待て。今起きたばかりだろうが」
「イマイチね、今のツッコミ」
どうにもこの子は絡みづらい。お笑い芸人を目指しているわけじゃないのだから、ツッコミなんかどうでもいい。真一は苦笑いを浮かべて女の子を見遣る。
「あっ、そうだ。君さぁ、名前はなんていうの」
「名前、名前かぁ。何がいいと思う?」
質問返しか。話が進まない。真一は嘆息を漏らして「何って、ネコって名前だったりして」と返した。
「つまんない。今のダメダメね。ネコって名前のわけないじゃない。まったく失礼しちゃう」
女の子は膨れっ面であさってのほうを向いてしまった。そこまで怒らなくても、冗談じゃないか。つまらなかったかもしれないけど。
「あのさぁ」
「……」
無視か。ああ、女の子の相手をするのは難しい。いや、猫の相手というべきか。そうか、猫か。猫は気まぐれだ。名前呼んでも振り向いてくれないことは多々ある。そうかと思えば、構ってほしいとばかりに擦り寄ってきたりする。ここは、こっちも知らんぷりして寝たフリでもしてみようか。果たして女の子はどうするだろう。
一分経っただろうか。きっと、そこまで経っていないかもしれない。
ちょいちょいと袖を引っ張る感じがした。それでも寝たフリを続行し無視を決め込む。すると、肩をトントンと叩いてきた。それでも無視をし続けた。
バシッ。
「いてぇ」
「やっと起きてくれた。もう話を聞いてよね」
腹を立てているような口ぶりなのに、顔は笑顔だった。どう判断していいのかわからない。
「聞いてんの?」と女の子は言葉を続ける。
真一は頷き、「名前は?」と尋ねてみた。
女の子はニッと口角を上げて「私はね、ミコ」と答えた。『ミコ』か。なんとなく似合っているかも。巫女さんの格好をさせたら似合うかもしれない。変な想像をしてしまったとかぶりを振る。ミコは小首を傾げて怪訝そうな顔つきをしていた。
「いい名前だね」
「そうなの、いい名前でしょ。気に入っているの。お兄ちゃんがつけてくれたのよ」
「お兄ちゃんって眠多猫先生のことか?」
「うん、そう」
そうなのか、ネムがね。そういえば、ネムの本当の名前ってなんだろう。
いつの間にかネムの妹だと認めてしまっている自分に気づく。まあいいか。
「あのさ、君のお兄さんの名前はなんていうの?」
「えっ、お兄ちゃん? ネムでしょ。あんた阿呆なんじゃないの。ずっとネム兄ちゃんって言っていたじゃない」
そういえばそうだった気がする。けど、阿呆はないだろう。
ちょっと上目遣いで頬を膨らませて話すミコの表情が可愛い。というか、まさか『ネム』だなんて。こんな偶然の一致があるとは。いや、もしかしたらテレパシー的なものをあのとき、ネムが送ってきたのかもしれない。そんな力もありそうだ、あいつには。最初は眠多猫なんてつけてしまったけど、気づけばネムと呼んでいたからな。
ミコの話によると、猫界一よく眠るから『ネム』らしい。そのままじゃないか。本当の名がネムならそう呼んだ方がいいだろう、やっぱり。ってすでにそう呼んでいたっけ。
ミコは、どうやら話し出すと止まらない性質(たち)のようだ。そのおかげで、とんでもない事実が判明した。
ネムは、またたび横丁という街の長(おさ)の息子らしい。『またたび横丁』というのは街の名前としてはちょっとおかしい気もするが、ここはスルーしておこう。
ネムが第一の後継者だという。猫界のトップになるかもしれないということだ。けど、後継者争いが勃発してしまいネムは大怪我を負わされてしまったらしい。そうか、出逢ったときがそのときだったのか。
大怪我?
そうだ、あのとき大怪我だった。なのに、いつの間にか浅い怪我になっていた。おかしなこともあるものだと首を捻ったのを思い出す。その疑問を投げかけてみるとミコは「ネム兄ちゃんは、治癒能力があるの」と即答した。
ネムは凄過ぎる。流石、長の息子だ。きっと長はもっとすごい猫なのだろう。けど、真一の言葉にミコはこう呟いた。
「頭脳明晰なのは認めるけど、強さには欠けるのよね。うーん、優し過ぎるのかも。だから、スサにやられちゃうのよ。本当は強いと思うんだけどね」
この言葉を最後にミコは押し黙ってしまった。到着するまで、ミコは無言のまま外の流れる景色を眺めながら何かを考えている様子だった。
途中、外を眺めていたミコが『カラス』と呟いた気がしたが、気のせいだろう。どこにもカラスなど飛んでいなかった。そんなことより、ネムは猫の長となるべき存在だったとはな。すごい奴だと思っていたが、想像以上の存在だったのだと感慨深くなる。けど、素直にそんな話を信じていいものか。
ミコは信じられないことを軽く話すような女の子だぞ。
まったく、どこまで真実なのか。よくもまあ、ここまで作り話ができるものだ。と思いたいけど、ネムのことを考えると本当なのかもと思える。ああ、頭が爆発しそうだよ。ミコだって突然姿を現すし。うーん。だいだい猫が兄だってことがおかしいだろう。本当に猫だというのなら、猫の姿に変化してみろ。猫になるなんて無理だ。ありえない。
ミコは頭のネジがどこか緩んでいるのかもしれない。けど、こいつがネムと繋がる唯一の存在だ。一緒に行くしかない。何かしらネムと関わりある存在に違いないのだから。
そのとき、カラスの鳴き声を耳にした気がした。窓の外にはカラスの姿はないというのに。けど、ミコは窓の外を睨み付けるようにじっとみつめていた。いったい何をそんなに見ているのだろうか。見えない何かがミコには見えているのだろうか。
猫はときどき見えない何かに目を向けていることあるけど。ミコもやっぱりそうなのだろうか。なんか怖い顔しちゃって。
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