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第二章 消えた眠多猫先生
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しおりを挟むちょっとばかり時間は遡る。
ネムは天井を仰ぎ、目を見開いた。天井の一角が薄暗い闇と化していた。その闇の奥で光るふたつの赤い瞳。何者だと思うやいなや、そこからヒラヒラと一枚の紙が舞い落ちてきた。紙に近づくと黄色い文字が目に留まる。
『おまえの父・アザを殺すぞ。そして俺様が長となる。アザの命が大事なら里へ戻れ。一対一の対決をしようではないか。今度こそ、おまえをあの世へ葬ってやる。またたび横丁のはずれで待つ』
何、父を殺すだと。
ネムは紙に記された最後の文字をじっとみつめた。
『スサ』と名前があった。
あいつのやりそうなことだ。いや、そうだったろうか。何か大事なことを忘れている気もする。一瞬考えたが特にこれといったものが思い出せなかった。気のせいだろう。あいつは卑劣な奴だ。
人質を取るとは、なんて卑怯な奴。スサは許せない。こうなったら逃げも隠れもしない、行くしかない。スサに居場所を突き止められてしまったのだから、ここにいてはいけない。真一を巻き込むわけにはいかない。
そうと決まれば、早いところ行かねば。そのまえに真一にメッセージを残しておこう。
『能ある猫は爪隠す』を自分の手で完成できないことは、心残りではあるが仕方がない。
すぐ傍で鼾を掻いて眠り込んでいる真一に、「世話になったな。ありがとう」と言葉をかけて肉球を肩に軽く触れた。真一は疲れが溜まっているのだろう。まったく目を覚ます気配がない。ネムは部屋の隅々を眺めて『ここともお別れか』と呟いた。ちょっと長居が過ぎたのかもしれない。離れることが辛い。けど、今は感傷に浸っている場合ではない。
ささっと伝えるべきことを記して、ネムはゆっくり瞼を下ろす。このパソコンももう触ることもないのだろう。
むむむ、ミコの気を感じる。あいつがうろちょろしていたから、スサに知られてしまったのか。まったく困った妹だ。ミコにもやってもらわなくてはいけないことがある。よし、ここは裏猫道を開くとするか。
ネムは、風呂場から大きめの桶を選ぶと水を張った。今にも溢れて零れ落ちそうな桶の水面をじっと見つめてクワッと口を開き叫ぶ。ただ声は漏れてこない。音のない叫び声だ。もちろん、音のない叫び声など存在しない。人の
耳には聞こえない声というべきか。
揺らめいていた水面がピタッと動きを止めた。水鏡と言えよう。すると、桶の底から淡い光が集まってくる。まるで光る金魚が泳いでいるようだった。しばらくすると光の金魚が一つになり虹色に輝いた。だがすぐに闇が押し寄せてくる。よし、裏猫道が開かれた。虹色の金魚を追いかけろ。あいつが目的地へと誘ってくれる。
ネムは、躊躇なく桶に飛び込み真一の家を後にした。虹色の金魚を追いかけて全速力で走り抜けると、目の前に緑の景色が見えてきた。あそこが目的地だ。
走れ、走れ、走り抜けろ。虹色の金魚が作り出す光の筋を見失わないように辿り一気に向こう側へ抜けろ。
あっという間に渡海神社の敷地内に到着する。
眩しい。眩し過ぎる。太陽の光を一瞬直視してしまった。ネムは目をしょぼしょぼさせて視力を取り戻そうとする。けど、いつまでもそうしているわけにもいかない。急がなくては。
ネムは眼を眇めてあたりの様子を確認する。すでに気配は感じていた。
「ミコ、そこにいるのだろう」
その言葉を待っていたのか、ミコが姿を現して「おかえり」と真面目な顔つきで声をかけてきた。
「ふん、なにがおかえりだ。おまえのせいだぞ、こんな最悪の事態になったのは」
「ええーーー、違うよ。ネム兄ちゃんを見つけられなかったとしても、スサはお父様を殺めようとしたはずよ。そうでしょ」
「まぁ、そうかもしれないな」
「とにかく、急ぎましょう」
「待て、ミコは真一のもとへ行け」
キョトンとした顔でミコは「なんで」と呟いた。
「あいつのことだ、吾輩を追いかけてくるはずだ。おまえは、真一と同行しろ。来るなと言っても来る奴だ。おそらく渡海神社だと気づくだろうから、そこまでは付き合ってやれ。そして、おまえがあいつを守ってやれ。だが、またたび横丁には入れるなよ。適当な理由をつけて諦めさせろ」
「ええーーーーー、そんなの面倒臭いよ」
「いいから、言うことを聞いてくれ。頼む」
ちょっと不貞腐れた顔をしたミコは「裏猫道を使っていい?」とボソッと口にした。
「真一のもとへ行くのに使うのはいいが、戻りはダメだ。時間を稼ぐのが目的だからな。人間の交通手段を使うんだ」
「は~い」
「いいな、絶対にスサに気づかれるんじゃないぞ」
ミコはまだ納得していない顔つきをして頷いたが、急に心配げな顔をして「ネム兄ちゃんは大丈夫なの。なにか策はあるの?」と尋ねてきた。
「大丈夫だ、任せておけ。ほら、真一のもとへ行け。吾輩を信じろ」
ミコは「わかったわよ」とちょっと怒り気味に言い放ち、開いたままになっている裏猫道の穴に入り真一のもとへ向かった。
ミコ、頼むぞ。真一を危険な目に遭わせるわけにいかないからな。
ネムは、開いている裏猫道の穴を塞ぐと神社裏手へと向かった。
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