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第二章 消えた眠多猫先生
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しおりを挟む渡海神社の社を眺め、嘆息を漏らす。
果たしてネムは大丈夫だろうか。だからといって自分に何ができるのか。ここまで来て、どうすればネムの助けになるのかが思い浮かばない。
権力争いが猫の世界にもあるってことだよな。そのへんの野良猫たちの縄張り争いとは違うのだろう、きっと。
どこの世界にも私利私欲のある輩がいるってことだ。嫌な世の中になったものだ。
考えていても何も始まらない。まずは、裏の鎮守の杜だ。あそこにネムが現れたってことは、またたび横丁とかいう猫の街へ通ずる道があるはずだ。ミコが道案内してくれるだろう。
隣に目を向けると、ミコの姿がまたしても消えていた。どこいった?
「ミコ」
まさか、勝手に行っちまったのか。道案内してくれると思っていたのに、またたび横丁に行っちまったっていうのか。やっぱりあいつは猫だ。気まぐれで素知らぬ顔してどっかに行っちまう。だからって嫌な奴だと思わないのが猫だ。また姿を見せてくれると笑みを零してしまう。完全に、猫依存症だ。いや、そういうわけじゃない。今はそんなことはどうでもいい。ミコがいなくなっては困る。唯一の鍵なのだから。腕組みして深く考えを巡らせてみたところで、答えなど出てこない。どうしたものか。
「ミコ、いないのか。おーい、ミコーーーーー」
いくら待ってもミコからの返事はなかった。ここまで来てネムを連れて帰れなかったと戻るわけにはいかない。編集長の鬼の形相が目に浮かぶようだ。会社をクビにされかねない。真一はブルブルッと頭を震わせて、もう一度ミコの名前を呼んだ。しばらく耳を澄ませて返事を待ったがやはりダメだった。
仕方がない、自分で道を切り開くしかない。
ネム、無事でいてくれよ。またパソコンで会話しようじゃないか。もちろん、執筆も頼むぞ。小説家眠多猫先生として活躍してほしい。いや、一緒にいられるだけでもいい。編集長はダメだと言うだろうけど。
真一は嘆息を漏らして地面とにらめっこしてしまった。
くそっ、手がかりが失せてしまった。
ミコの奴、どうしていなくなった。ダメだ、ダメだ。すべてが終わったわけじゃない。絶対に何か手がかりをみつける。そうだ、頑張れ自分。真一は自分に一喝して鎮守の杜に目を向けた。
鎮守の杜の奥にはいったい何があるのだろうか。人が侵入した形跡はどこにもない。膝下まで伸びる雑草どもが行く手を遮っている。とは言え、鎖の草じゃないから簡単に掻き分けることができる。突き進めばいい。その先に猫の街とやらがあるはずだ。またたび横丁と言ったか。
本当に突き進むだけでいいのだろうか。まっすぐただ進んだところで、何もないような気がする。そう簡単に行けるのであれば、話題になっているはずだ。この神社の奥には猫の街に通じる道があるなんて話は聞いたことがない。思案に暮れていてもしかたがない。行動あるのみ。ただ闇雲に突き進んでもおそらく猫の街の入り口はみつからないだろう。やはりミコと一緒でなければ、またたび横丁に辿り着けないのか。
ここは勘を働かせて……。そう思ったところですぐに考えを改める。無理だ、第六感的なものはない。
真一は再び嘆息を漏らして杜の先を見回した。どこにもおかしな点は見受けない。ネムの通った痕跡もミコの通った痕跡もありはしない。猫であったとしたら、匂いを辿るという方法もあるのだろうが、人には匂いを嗅ぎ分ける優れた機能を持ち合わせてはいない。
ならば、音はどうだろう。目を閉じて耳を澄ます。
風の音を微かに感じる。草や葉っぱの擦れる音を感じるような気がする。何か他には聞こえてこないだろうか。なんでもいい。手がかりをくれ。
そのとき、しわがれたようなカラスの鳴き声が耳をつく。気のせいかもしれないが、呼ばれた気がした。カラスに?
そんなことはありえない。けど、鳴き声がした方向へ歩いてみようと思った。数歩進んだところで、ガサッ、ガサガサと草を掻き分けるような音がした。
どこからだろう。妙に気にかかる。
んっ、右からか。誰かが来る。やはり草が揺れている。間違いなく、あの草の下で動く者がいる。とすれば、猫だろうか。ミコが戻ってきてくれたと期待してしまう。揺れる草がこっちへ向かってきている。その様子を目で追いながら、真一は草むらに足を踏み入れて揺れる草のもとへ近づいて行った。
ミコが顔を出すと勝手に思い込んでいた。ところが、揺れる草は足元をすり抜けるようにして後方へと通り過ぎていってしまった。そう思った矢先、グッと両腕を取られて後ろへ持っていかれると締め付けられ痛みが生じた。鋭い
針が突き刺さっているような感覚だった。
「旦那、いけませんねぇ。ここは立ち入り禁止なんですがねぇ」
誰だ、いったい。背後を取られるとは。人の気配はなかった気がするが。ならば、さっきの草を揺らせていた者なのか。けど、人であるはずがない。膝下までしか草は生えていない。這いつくばって移動するには動きが速すぎるじゃないか。というか、人が隠れる場所はない。どう考えたって小動物だ。
「クロの兄貴、こいつやっちまいましょうよ」
「阿保、唐変木。おまえはだからダメだって言うんだよ」
「そこまで、言わなくたって」
なんだ、もう一人いるのか。腕を取られているせいで背後にいる何者かを確認することができない。
「こいつは、人質だ。ネムの匂いとミコの匂いを感じるからな。きっと、あいつの関係者だ。ミコも捕まえたことだし、ネムはもう終わりだな。これでスサ様の時代がやってくるってもんだ」
「へへへ、そうっすね」
「ヤジ、気持ち悪い笑いはよせっていっているだろう。いいから、さっさとこいつを眠らせろ」
「はい、クロの兄貴」
その言葉を聞いた瞬間、急に眠気が差してきた。何もされていないはずなのに、なぜだ。そう思ったのも束の間、諍うこともできないまま、思考が停止してそのまま闇に落ちていった。
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