24 / 64
第三章 再会……そして失くした記憶
3
しおりを挟む森を抜けると、突然あたりが開けた。眺望のいい丘の上だ。一歩間違えれば、崖の下へ転落してしまうような切り立った断崖が迫っていた。勢いよく走っていたらと思うと、背筋に悪寒が走り真一は心臓が縮み上がった。安堵の息を吐き、遠くに広がる山々に目を向ける。海とは違う緑の濃淡ある景色に心を奪われた。どこかでカラスが鳴いた気がしたが、気のせいだろうか。そう思ったのだが、カラスくらいどこにでもいるかと思い直す。空を仰ぎ見るとカラスではなくトンビがくるりと輪を描いて飛んでいた。眼下を見遣れば小さな集落も窺える。
あそこが猫の街なのだろうか。本当に別世界に来てしまったというのか。まさか渡海神社の鎮守の杜に猫の街への入り口が通じていたなんて。道理で渡海神社には猫が多いわけだ。けど、本当に別世界なのだろうかという疑問は拭えない。ただ鎮守の杜を抜けた先にこの街が存在しているだけってこともある。見た感じの印象は街というよりも村というほうが似合いそうだが。
山々が周りを取り囲んでいる。いわゆる盆地にある村だ。いや街だ。ネムたちは街だと言うのだから、そこは尊重してやろう。どこを見ても緑一色で、草木の香りが漂っている。やはり、渡海神社のあった場所とはまったく違う。見回して見ても海はない。このような場所は渡海神社の近辺には存在しないはずだ。
丘からの下り坂をゆっくり進みながら、熟考していた。前を歩くネムとミコはまるでハイキングにでも来ている仲のいい兄妹だ。と言いたいところだが、どう見たってヤンチャで猫好きの女の子が素知らぬ顔でやり過ごす猫を連れているとしか映らない。思わず吹き出しそうになる。
今まで納屋に捕まっていて行く先不安になっていたとは思えない楽し気な雰囲気だ。そんな場合ではない気もするが、今だけはこの雰囲気を楽しもう。
「お、もうじきだな」
ネムの言葉通り街並みが近づいている。なにやら、腹の虫が騒ぎだしてしまいそうな素敵な匂いが漂ってくる。どこかの家で焼き魚を食べているのかもしれない。
「ネム兄ちゃん、やっと帰ってこられたね。余計なおまけもついて来ちゃったけど」
余計なおまけって自分のことか。まったくなんて言種だ。首根っこ引っ掴まえてやろうか。そう思っていたら、ミコが突然振り返ってニコッとしてきてドキッとしてしまう。もしかして心を読まれたのか。そんなことはない、きっと。真一は早まった心臓の鼓動を鎮めようと、深緑の木々を眺めて歩みを進めた。
ここが猫の街なのか。なんとなく猫独特の匂いが漂っている気がする。それよりも、焼き魚の匂いのほうが気にはなるけど。
思ったよりも一軒一軒の家は小さいようだ。猫が住む家だから、そんなものなのかもしれない。一軒家もあるが、長屋も多いようだ。なんとなく江戸の街並みはこんな感じだろうかと想像してしまう景観だった。もちろん城下町ではなく、片田舎の街というか村の景観だ。なんだかのんびりした感じで、過ごしやすそうだ。
「到着ね」
ミコの喜びの声がこだまする。
「吾輩は腹が減ってきたぞ」
「確かにそうね。さっきからたまらなくいい匂いしているもんね」
そのとき真一の腹の虫がぐるるぅぅ~と鳴った。
ネムとミコの視線が向けられ、照れ笑いを浮かべて頭を掻いた。
「もうちょっと我慢だ、真一」
「わかっているよ」
ミコはクスクス笑っている。
ネムの住まいはもうちょっと奥にあるようだ。真一は後ろが気になりちょっとだけ振り返り様子を窺った。とくに変わりはないようだ。耳を澄ましても特に気になる声もしなかった。鳥の囀りが耳に届いただけだ。スサたちの追手は来てはいないと思っていいのだろうか。気にし過ぎかなと苦笑いを浮かべて、とりあえず助かったのだとホッと胸を撫で下ろす。おや、奥の方から笑い声がする。なんだか楽しそうだな。何の問題も起きていないように感じるけど、どうなのだろうか。ふと奥の看板に目が留まる。『またたび横丁』とあった。少し文字が消えかかっているところもあるがそう読めた。
またたび横丁にやって来たのかと思うと、少しだけ心が弾む。正直、いまだに半信半疑ではある。まだ、猫たちを見ていないせいだろう。家からは人ではなく、本当に猫が顔を出すのだろうか。それともミコのように人の姿になって、ここで暮らしているのだろうか。
「あっ、ネム兄だ。ネム兄が帰ってきた」
二本足で立つ茶トラ猫が甲高い声音をして近づいてくる。が、すぐに怪訝そうな顔をして立ち止まった。どう見ても、こっちを睨んでいるような気がする。毛も逆立っているような。それどころか、今、身体が大きくならなかったか。目の錯覚だろうか。
「人がなぜいる? ネム兄、どういうこと」
「話せば長くなるが、簡潔に言うと吾輩の命の恩人だ。ちょっとした手違いでこちらに来てしまった。すべてはスサがもたらした結果だ」
「ふーん、そうなんだ。じゃ、おいらの友達だ」
茶トラ猫は、駆け寄ってきて顔を腕に擦り付けてきた。やはりちょっと大きくはないか。猫なのに、人の子供くらいはあるだろうか。ネムはちょっと太り気味だが普通の猫より少し大きいくらいのサイズだ。そのネムよりも大きい茶トラ猫が弟なのか。ミコは人のままだし、どうなっているのだろう。人それぞれ違うように、猫も猫それぞれ違うということか。いやいや、違い過ぎだろう。というか普通に言葉を話すのかと妙にテンションが上がる。
真一は少しにやけた顔をして茶トラ猫を見ていたら、どこから湧いて出てきたのかいつの間にか周りを猫たちに囲まれていた。どの猫も普通のサイズの猫だ。おかしいのは、茶トラ猫とミコだけだ。
「なによ、ジロジロ見て。もしかして、私に惚れちゃった?」
なぜそうなる。ミコに惚れるわけがない。可愛いけど、それはまた惚れるとは違う感情だ。ロリコンではないと文句を口にしかけてその言葉を呑み込んだ。そんなことよりも、ネムにそっくりな立派なデブ猫が目についた。一目見て、ただのデブ猫じゃないとわかるオーラを纏った威風堂々とした貫禄のある猫だ。眼光鋭く人を射すくめるような視線を向けてくる。もしかしたら太っているわけではなく毛に覆われた身体は筋肉質なのかもしれない。
「戻ったか」
その一言が凛として気持ちがシャキッとなる。おそらくこの猫の街の長なのだろう。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる