小説家眠多猫先生

景綱

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第三章 再会……そして失くした記憶

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 真一は息を切らせて社の裏にある鎮守の杜の入り口へ辿り着いた。目の前には、身体をくねらせるようにして気持ちよさげにしているサビ猫と、血だらけになって目を閉じている三毛猫がいた。血の臭いで少し気持ちが悪くなり吐きそうになる。三毛猫の周りの草木にも血飛沫が。ここに長居は無用だ。早く助けなくては。サビ猫のほうは普通のどこにでもいる猫と変わらない大きさになっている。それに、なぜあんなに身体をくねらせているのだろう。真一は小首を傾げた。

 可愛い猫じゃないか。さっき見た化け物虎は目の錯覚だったのだろうか。
 いや、そうじゃない。あの三毛猫を見れば一目瞭然じゃないか。サビ猫の仕業だ。スサとか言っただろうか。血染めの三毛猫がアザだったはず。

 いつまでも悠長に眺めていても仕方がない。一刻を争う。

 真一は、迷わずアザのほうに駆け寄った。どう見ても出血多量で息絶えてしまったようだ。触れてみると、身体はまだぬくもりがある。少しばかり遅かったようだ。ピクリとも動かないアザに手を合わせると猿田彦大神に振り返る。

「アザ長老は、天に召されたようだな。おまえの手で埋葬してやりなさい」

 真一は、アザをみつめ「間に合わなくてごめん」とだけ呟き服が血に染められるのもかまわずに抱き上げた。スサはゴロンゴロンと身体を動かして夢心地な様子で目を細めている。

「こいつが、スサか。仕方がない奴だ。マタタビでも浴びせられたな。それに怨霊にも取り込まれておる。正気に戻してやろうではないか」

 猿田彦大神がスサの額に触れようとしたとき、スサの口からどす黒い煙が立ち昇り蠢く鼠が横並びになって現れた。真っ赤に目を光らせて睨み付けてくる鼠の集団。真一は、あまりにも恐ろしくて一歩も動けずに立ち尽くしているとものすごい勢いで集団が動き出す。まるで津波のようだ。鼠の津波だ。このままだと鼠の津波に呑み込まれて噛み殺されるのではないかと身構える。

「おのれ、人間の分際で我々に勝ったと思うなよ」

 怨念と殺気が入り交じった集団が、身体に圧し掛かってくる。ダメだ、万事休すだ。思わず目を閉じてしまう。ここで死ぬのか。そう思ったのだが、スッと殺気が消えた。恐る恐る目を開けると、見えない檻に囚われている鼠の集団があった。

「阿呆共、この私に背を向けるとはな。おまえたちは怨みの矛先を間違えておる。さっさと黄泉へと誘われるのだ」

 猿田彦大神の目が炎のように燃え盛っているようだった。あんな目で睨まれたら、心まで焼き尽くされそうだ。今更ながら、とんでもないことを仕出かしてしまったのではないかと背筋が凍る思いだった。神様を呼んでしまったのだから、もしかしたら自分にも何か仕打ちがあるってことも。いやいや、そんなことはない。何も悪いことはしていないはずだ。ただ、命を救ってほしかっただけだ。間に合わなかったけれど……。

 鼠の集団は、猿田彦大神の手によって黄泉へ送られてしまった。チッと耳障りな鳴き声を残して光に包まれて消え失せてしまった。呆気ない結末だ。

「人間よ、私にはもう用はなかろう。猫の長老アザの魂は私が連れて行く。身体のほうはどこかに埋葬してやるのだぞ。この鎮守の杜に埋葬することを許してやる。ではな」

 猿田彦大神は、背を向けようとしたところで動きを止めて「そうだ、忘れるところであった。お主の記憶、どうやら消されている部分があるようだぞ。ついでに記憶も呼び戻してやろう。記憶の通り道を開いてやればもとに戻るであろう」と口にすると射るような鋭い視線が飛んでくる。何かが頭の奥へと入り込みスッと背中へと抜けていくような覚になり、身体が硬直してしまった。金縛りってこんな感じなのだろうか。口も利けない。記憶が消されているってどういうことだろう。まったく身に覚えがない。そりゃそうか、記憶を消されていたら覚えているはずがない。神様の言うことだ、おそらく真実なのだろう。ならば、消された記憶とはいったい……。

 そうか、眠多猫のことか。

 母がボケていたわけではない。やはり俺のほうがおかしかったのか。まあ、証拠写真があったのだから、最初からわかっていたことだけど。はたしてどんな記憶が消されていたのだろうか。

 あたりに突風が吹きあれて草木が踊り狂っているように揺れている。それなのに、自分のまわりだけは静まり返って無音状態だった。ただ、身体中に圧力と熱を感じていた。それと頭痛も感じていた。耳がキーンとなる。これが神の力なのだろうか。こんな経験をするとは、思ってもみなかった。それこそ、小説のネタになる。

 そんなことを思うだなんて、我ながらおかしな奴だ。職業病かもしれないな。

「ふむ、これでよい。徐々にだが記憶がはっきりしていくだろう。それと最後に忠告をしておこう。まだ、猫の長の件は根本的な解決に至ってはいないぞ。始まりにすぎぬ。それだけは肝に銘じておけ。では、今度こそ行くぞ。また逢うことになるかもしれないがな」

 猿田彦大神は一瞬にして小さな光の粒となり天高く飛び去っていった。

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