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第三章 再会……そして失くした記憶
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しおりを挟む記憶か。そう思うと、なんとなくここではない違った景色がぼんやり脳裏に浮かぶ気がする。まだ、おぼろげだがそのうちはっきりするだろう。そういえば、根本的な解決に至っていないと言っていたが、どういうことだろう。
真一は、何事もなかったかのように眠りこけているスサを見遣り苦笑いを浮かべた。まったく、仕方がない奴だ。それにしてもこいつは、このまま残していっていいものだろうか。目覚めたとき、すべてを把握できているだろうか。このまま猫の街に帰ったとしても、受け入れてもらえるかどうか。長老もいない今、こいつの行く末が気にかかる。もし、虐げられるようなことがあったらと思うと、胸が痛い。取り憑かれていただけだというのに。けど、長老を殺めたのはこいつだ。どう処罰されたとしても自業自得だとも言える。そうなのだけど、やはりこのまま処罰されるのも可哀想だ、第三者の擁護が必要かもしれない。自分が擁護してやるべきだろうか。
いや待てよ。そうは言ってもここで自分が出向いていったところで、話がややこしくなりそうだし。猫の街がどんなところなのかもイマイチよくわからない。縄張り意識の強い猫が、見知らぬ人間を受け入れるとも思えない。スサが人間を連れて、街を襲いに来たと勘違いする恐れもある。
猫の街か。行ったことがあるような。うーむ、まだ記憶がはっきりしない。
ここは知らん顔して、逃げてしまうって手もある。ただ、そんなことをすると気持ちがスッキリしない。真一は嘆息を漏らして猫の長老の亡骸をじっとみつめた。
まずは、長老を弔ってやらなくては。とは言ったもののどこかに穴を掘らなきゃいけない。スコップもなにも――。
あれ、あんなところにスコップが。なぜかスコップがすぐ脇の木の根元に置かれている。榊もその横に添えられていた。猿田彦大神だ、きっと。用意周到だ。真一は突如背後を振り返りあたりを見回した。心の中で思ったこととはいえ、タメ口は罰当たりものだろうと恐れ、あたりを見回した。誰もいない。気配も感じないとホッと胸を撫で下ろした。
真一は、鎮守の杜に唯一開けた場所をみつけた。穴を掘りてアザを埋めて盛り土をしたところに大きめの石を置き、榊も捧げて埋葬を済ませた。
寺じゃないから、線香はいらないか。弔いも榊があれば十分だろう。真一は『ゆっくり休んでください』と胸の内で呟き手を合わせた。
さて、どうしたものか。スサのほうへと振り返ろうとしたところでヌッと大きな顔が突然現れて仰け反り尻餅をついてしまった。
「ふん、ビビったか」
「あっ、当たり前だ」
睨みを利かせた虎のようなデカい図体のものが現れたら誰だってビビる。心臓が止まるかと思ったじゃないか。
「すまない。とんでもない過ちを犯してしまった。どう償えばいいのか……」
スサはすぐに普通の猫の大きさに戻り、長老の墓の前へと歩みを進めて頭を下げて詫びを口にした。どうやら、この姿が本来のスサなのだろう。今のスサからは殺気どころか優しさを感じる。真一は立ち上がると、なんて声をかけていいのかわからないままスサの背中を見つめてその場に立ち尽くしていた。すると、スサはこっちへ顔を向けて
「おまえが真一とやらだな。長老を埋葬してくれ感謝する。本来なら何か礼をしなくてはならないところだが、逆におまえに頼みがある」
「頼み?」
「そうだ、俺様を人間界に連れて行ってほしい。猫の街に俺様の居場所はないからな。頼む」
確かに、スサの仕出かしたことを考えたら居場所はないだろう。けど、それでいいのだろうか。いいはずがない。猫の長のアザを殺めたことに間違いはないのだから、罪の償いはしなくてはいけないだろう。ただ情状酌量の余地はあるはずだ。スサは、まずネムに逢うべきだ。
んっ、ネム?
自然とその名前が浮かんだ。ネムって。記憶の扉が少しずつ開き始めているようだ。
ネム、ネム、ネム。確か、その名前は。
そうだ、ネムだ。眠多猫先生だ。真一の閉ざされた記憶の扉の鍵が完全に解き開かれた。溢れるように止め処なく脳裏に浮かび上がる。
ネムに逢いたい。
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