小説家眠多猫先生

景綱

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第四章 ネムと真一、そして神再び

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 ヤドナシは、足跡を辿り鳥居を潜っていくネムの背中をしばらく眺めていた。
 さてと、この社の探索をするとしよう。拝殿内はまだいいとして本殿に潜り込むと思うと、罰当たりな行為に感じてしまう。神様も緊急事態だと許してくれたらいいけど。

 ブルッとヤドナシは身体を震わせて社の扉に目を向ける。ここに何か隠された秘密がありそうだけど、どうしたものか。神様は恐ろしいものだと相場が決まっている。けど、泥棒するわけじゃない。罰なんか当たりっこない。そうは思いつつも、一歩も足が動かない。腕組みをして唸り黙考する。

 よし、まずは手を合わせてご挨拶をするとしようじゃないか。

「わしは、泥棒ではありません。猫の長になるべきネムより頼まれて『真の力』とやらの存在を明らかにせねばならないのだ。そのため、この社を調べさせてくれまいか。これは、猫の街の存亡をかけたものでもある。大袈裟かもしれないが、よろしく頼む。罰だけは当てないでほしい。おっと、申し遅れた、わしはヤドナシ。どうぞお見知りおきを」

 こんなものでどうだろうか。

 いつまでもウダウダしていても始まらない。よし、行くぞ。気合を入れて、社の扉に手をかける。が、重くて扉は開く気配がない。当たり前だ、こんな大きな扉は人じゃなきゃ無理だ。というかその前に施錠されている。どこかに侵入経路はないだろうか。床下からなら、もしかしたら……。

 うーむ、穴でもあればと思ったのに。再び腕組みして唸り考える。扉が開かれた神社もあるのに、ここは閉まっている。無人の神社だからしかたがないのかもしれないが。いや、無人でも開かれた神社を知っている。なら、ここはなぜ閉めているのだろう。透明なガラス戸だから中は見えることは見えるがはっきりしない。どうにか中に入る術を探すしかない。

 屋根からはどうだろうか。ヤドナシは柱をササッと駆け上り屋根の上へと立つ。右へ左へと屋根瓦を踏みしめて行ったり来たりと駆けずり回る。ダメだ、どこにも入れそうな所は見当たらない。

 諦めるわけにはいかないというのに、どうしたものか。

 大きな扉を見上げて、「開けゴマ」と唱えてみた。人の世でチラッと盗み見た本にこんな呪文を唱えて扉を開けた物語があった。開くわけがないと思いつつ言い放ってみた。やはり扉は微動だにしない。
 そんなに都合よくはいかないか。
 そう思ったら、淡い黄色味がかった光が目の前にポッと灯った。

「入りなさい」

 凛とした声が心の奥まで響いてきた。入りなさいと言っても、どこから入ればいいのやら。扉をまじまじとみつめてみたところ、開いている様子はない。ふと光に目を移すと、光の奥に揺らめくものがある。これは、もしや。顔を光に近づけて覗き込むと、光の中に暗い部屋があるのを捉えた。

「いい加減、入って来い。その光が通り道になっておる」

 身体に電流が走り思わず「ひぃっ」と呻いてしまった。

 突然の怒声と衝撃に身体を仰け反らせてしまう。雷が落ちてきたわけじゃないようだ。早く入らなくては。そんな気がしてならない。まさかと思うけど、今の声は神様かもしれない。

 ヤドナシは淡い光に目を向けつつ歩みを進めた。光の入り口へ足を踏み入れたとき、気が急いていたせいで蹴躓いてそのまま前に転がってしまった。

「まったく、騒々しい奴だ」

 転がった勢いで大の字になって倒れたまま、声のするほうへ顔を向けるとこれまた大きな人が睨み付けていた。いや、人じゃない。この姿はやはり神様なのか。物の怪にも思えるが。慌てて起き上がると正座をして頭を下げた。

「すみません。どうか罰だけは勘弁してください」
「ふん、そこまで非道ではない。いいからおもてをあげよ」
「いいんですかい」

 なんの返答もなかったので、ヤドナシは恐る恐る面をあげた。

 あれ、誰もいない。
 幻でも見ていたというのか。そんなはずはない。

 ここは社の中か。ちょっと薄暗いが間違いなさそうだ。神様が招き入れてくれたってことか。正面にキラリと光る丸い鏡がひとつ。その鏡の中に、一瞬先程の神様と思われる存在が窺えた。すぐに消え去ってしまったが、間違いなく神様だろう。

 鏡に向かって一礼して「ありがとうございました」と心で唱えた。

 とにかく、『真の力』とやらを見つけ出さなくては。目に見える物ではないかもしれない。ここにはないのかもしれない。ないならないなりに、何かしら手がかりを探し出さなくてはいけない。ネムのために。

 知らず知らずのうちに律儀な鼠になったものだ。いい加減な下っ端の鼠であったのに。それもネムの影響だろうな。

 よし、即行動だ。
 気合を入れて、社の中を隅から隅まで駆けずり回る。

 どれくらい探し回っただろうか。ヤドナシは嘆息を漏らして社の中央にドカッと腰を下ろした。結論から言えば、それらしきものは何もない。勘が外れたのだろうか。いや、そんなはずはない。絶対にここに何かある。けど、何もない。

 ああ、くそったれ。

 ヤドナシは頭の毛を掻き毟るように両手でぐじゃぐじゃにした。と、そのときカラスが鳴いた。
 クルリと反転して、とある一点に目を向ける。カラスが鏡の上で羽根を休めていた。再び「かぁー」と一鳴きする。なんだおまえは。鏡に乗るとは罰当たりな奴だ。

 カラスは鏡をついばむ素振りを見せている。いったい何が言いたいのだろう。なんかカラスだなんて不吉な予感がしてしまう。神社にカラスがいるなんて。
 おや、あのカラスは。足が三本あるじゃないか。

「阿呆、阿呆、阿呆」
「な、なんだ、わしは阿呆ではないぞ。叩っ斬ってやろうか」
「鏡だ、鏡」

 カラスは羽根を広げてそのまま壁へ吸い込まれていった。

 おかしなカラスだ。三本足のカラスなど奇怪な。初めて見た。人語を話すとはもっと奇怪だ。なにが阿呆だ。なにが鏡だ。

 んっ、鏡⁉

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