小説家眠多猫先生

景綱

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第五章 真の力

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 また夢が。
 これは、確かこの街に来てから半年くらい経った頃だろうか。



 おおっ、みっけ。雀だ、雀。しかも羽根を怪我していやがるぞ。おいらの獲物だ。おいらの腹の中へ納まれ。
 ダイは、バタつく雀をじっとみつめて低い体勢をとる。じりじりと間合いを詰めていく。もう捕まえたも同然だ。よし、行くぞ。飛び掛かってむしゃぶりついてやる。
 とりゃーーーーー。
 ダイの鋭い爪が雀の身体に食い込む。
 ニヤリと笑みを浮かべて掴んだ雀を見遣ったところ、雀は手の内にいなかった。

 あれ? 雀はどこに?
 消えるはずがない。飛び立ってもいない。確かに獲物に爪が喰い込む感触があったはず。ダイは首を捻って空を仰いだ。

 いた。ただ、上へ下へとふらつきながら辛うじて飛んでいる。いつの間に、この手をすり抜けたのか疑問だったが、ここは追うべきだろう。そのうち力尽きて落ちてくるはずだ。そのときを狙って今度こそ鷲掴みだ。あ、猫掴みと言うべきか。
 そんなことはどっちでもいい。
 雀を追って山へと踏み込んでいく。奥へ奥へとどんどん進んでいく。ダイは無我夢中で雀を追っていき、気づくと山奥の見知らぬ場所まで来てしまっていた。
 ここはどこだろう。まったく知らない場所だ。追っていた雀も見失ってしまった。

「グガァー」

 んっ、カラスか? やけにしわがれた声だな。
 突然、バサバサバサと葉の擦れる音があたりに響き渡ると同時に葉がハラハラと舞い散ってきた。
 なんだ、風は吹いていないのに。そう思って上空を眇めてみると黒いものが無数飛び交っていた。あれは、カラス。やっぱりさっきの声はカラスだったのか。

「小僧、どうした道にでも迷ったか」

 背後からの突然の声に、ビクつきながらもダイは素早く振り返る。なんだ、あいつは。人間のような姿なのに、黒い翼に黒い嘴がある。物の怪か。

「だ、誰だ」

 どうにか声を張り上げてダイは身構えた。

「ふん、我を知らぬのか。まあよい、教えてやろうではないか。我は鴉天狗のヤタだ」

 カラステング⁉
 やはり物の怪の類だ。よくわからないが、敵なのだろうか。いかにも悪そうな顔つきをしている。

「どうした、おまえ震えているのか。安心しろ、何もせぬ。帰り道を教えてやる。だが、そのかわりおまえは我の下僕となるのだ。まさか、こんな山奥まで雀を追いかけてくるとはな。阿呆な猫だ」

 ダイは「ゲボクってなんだ?」と小首を傾げた。

「なに? 下僕も知らぬとは。おまえは我の手と足となって猫の街のまたたび横丁を廃墟と化す手伝いをするのだ。秘めたる力も開花してやる。わかったな」
「わからない」
「そうか、拒むのか。だが、おまえに選択肢はない。我はおまえの記憶の改竄かいざんをさせてもらう。簡単なことだ」

 記憶の改竄だって。どういうことだ。いや、どうもこうもない。早くここから逃げ出したい。
 あ、あんなところに子猫が。しかもまだ目が見えていないみたいだ。まずい、まずいぞ。気づかれたら、あの子猫はきっと殺されちまう。
 鴉天狗の物凄く強い気を感じる。この場所から、離れてあとであの子猫を助ける。そんなこと出来るだろうか。いや、やるしかない。ここは、勇気を出して強気になって、なんとか気を逸らせよう。

「おい、だんまり決め込んだところで結果は同じだぞ。おまえは我のおもちゃになるのだ。時に好奇心とは己の運命をおとしめることもあるのだと覚えておけ」
「そ、そんなことやられてたまるか」

「威勢がよくなってきたな。が、無理だな。力の差があり過ぎる」
「うるさい。猫の街がなくなったら、おいらの居場所がなくなるじゃないか」

「知らぬ、そんなこと。がしかし、特別におまえを猫の長にでもしてやろうじゃないか。それでいいだろう」
「よくない。おいらは帰る。猫の街をどうにかしたいのなら、自分でやればいいだろう。そんなことさせないけどな」

「おお、なんださっきまで震えていた者が、随分強気になったものだ。記憶を改竄すれば、我の思いのままよ。おまえがどう足掻こうが無駄な抵抗だ」
「うるさい、うるさい」

 ダイは踵を返して走り出した。

「無駄だと言っているだろうが。ふん、おまえはすぐに引き返してくるさ。急に強気になったのは、こいつをみつけてしまったからであろう」

 しまった、気づかれた。

「可愛い猫がこんなところに迷い込んできたようだ。こやつは役に立ちそうにないな。けど腹の足しにはなりそうだ」
「待て、そんなことダメだ」
「おまえに引き止める権限などないぞ。まあ、助けてやってもいいがな。素直に我の下僕となると誓えばよいだけだ。力も与えてやると言っているのだから、いい申し出だろう」

 いいわけがない。けど、あの子猫を犠牲にするわけにもいかない。なんで、こんな山奥に子猫がいる。それこそ、捨て猫か。ああ、どうすればいい。

「まあ、おまえが納得するような話をしてやろうか。おまえの母はアザが殺めたのだ。その償いとしておまえを育てているだけだ」
「そんなこと」

 いや、もしかしたらありえるのかも。
 そうだ、あの優しい母ちゃんが見捨てるなんてありえない。あの街の者は悪者だって最初は思っていただろう。あの直感は正しかったのかもしれない。けど……。

「まだ、あるぞ。長老だと偉そうにしているが、アザは罪もない鼠共を皆殺ししたこともあるのだぞ。我らもそうだ。あの土地はもともと我らのものだ。我らから奪い去った土地なのだ。どうだ、悪の根源はアザを筆頭に、ネム、スサたちだ。根絶やしにすることがこの世のためだ。そして、新たな地でおまえが猫の長となればよいであろう。この子猫とともにな」

「嘘だ、そんなこと……。おまえらが悪者だったから排除したんじゃないのか。もし猫の街を奪いたければおまえ自身がやればいいじゃないか」

「できるのなら、そうしている。猫の街の結界が強力で入り込めぬからな。おまえが代わりに内側から壊すのだ。断るのなら、この子猫を食うてやる」

 ダメだ、ダメだ。あの子を見捨てるわけにいかない。
 自分もまだ子供だけど、あの子はもっと小さい。ああ、絶体絶命だ。言いなりになるしかないのか。
 そう思ったとき、一瞬何か衝撃を感じた。あたりに黒い煙のようなものが飛び交っている。

「心の隙を捕らえたぞ。小さいながらにおまえは力を持ち合わせているようだからな。心の綻びから記憶操作の術を施した。もう、おまえは思いのままだ」

 何を言っている?
 そう思った矢先、目の前が真っ暗になってしまった。意識が遠のいていくようだ。そのとき、微かに耳に届いた言葉があった。ヤタとかいう者の声だろうか。

「思った以上にアザの守りが厳重に施されていたな。だが、解くことが出来た。こいつは我らの操り人形よ」
「うむ、そうだな。おまえのおかげだ、ヤク。まさか子猫に化けていようとは思わなかっただろう。ヤクよ、こやつにおまえの記憶操作の術をしっかり根付かせろ。それで、猫共も内から崩壊させるのだ」

 くそっ、嵌められたのか。
 ダイはその言葉を耳にしたのち、完全に気を失ってしまった。



 ガバッとダイは身体を起して、目を見開いた。なんだ、今見たものはなんだ。
 ヤタ様は……。
 記憶操作の術は自分のもののはず。けど、もし今見たものが真実ならば。

 違う、違う、違う。自分は正しいことをしているはずだ。
 ただの夢だ。記憶操作されていたとしたら、余程のことがない限り解くことは出来ないはずだ。

 うぅっ、頭が……割れそうだ。
 ダイはその場でのたうち回り、手足を震わせて頭を床に擦り付けた。そんなことで、痛みが和らぐわけじゃないとわかっている。無駄な足掻きだ。
 うわぁーーーーーーーーーー。
 ダイは、そのまま暗闇の世界に引き摺りこまれていく気がした。

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