小説家眠多猫先生

景綱

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第五章 真の力

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 あれ、ここはどこだろう。
 えっと、ああ、猫の街じゃないか。けど、なんだか空を飛んでいるような。
 おや、向こうから歩いてくるのは長老ではないのか。亡くなったはず。
 んっ、長老が胸に抱いている子猫は。ダイはハッとなる。この光景は見覚えがある。そうだ、あの子猫は自分じゃないか。けど、なんで。
 そうか、これは夢だ。夢の中なんだ。



「ネム、ネムはいるか」
「あ、はい。父上ここに」
「うーむ、ネムよ。最近、太り気味ではないか。しっかり修行はしておるのだろう」
「は、はい。もちろんです。それにこの身体は、贅肉ではなくて力の源が溜まっているのです」
「そうか、ならばよいが。そうそう、それよりもまた鎮守の杜に捨て猫がおった。嘆かわしいことだ」
「またですか」

 バカなことを言うな。捨てられてなんかいない。母ちゃんがそんなことするはずがない。
 くそったれ、おいらを放せ。と怒声を浴びせてやろうと思っても、腹が減って声も出てこない。

「アザ長老様、お戻りですか」
「おお、スサもおったか。お主ら、この幼子の世話を頼まれてくれ。よいな。こやつ小さいながら秘めたる力がありそうだからな」

 ネムとスサはお互いの顔を見て、長老アザに再び目を向けると腹の底から出した響く声音で「はい」と返事をして頷いた。
 随分威勢のいい奴らだ。自分がもっと大きかったらやっつけてやるのに。この猫さらいどもが。

「こら、暴れる出ない。お主、腹が減っておろう。まずは腹を満たせ」

 何か食わせてくれるようだ。それならそうと早く言えば暴れたりしなかったのに。食ったら、逃げればいい。
 どいつもこいつも信用ならない。

 アザとか言ったか。母ちゃんをそそのかして連れ出したのだろう。寝ていたのをいいことに、嘘ばっかり言いやがって。ネムとスサとかいう奴もこいつの手下なのだろう。悪者に捕まってしまったに違いない。ああ、それにしても腹減った。

 目の前に出てきた物は、蒸された鶏肉だった。なんとも良い香りだ。涎がダラダラだ。チラッとアザに目を向けてネム、スサも見遣り蒸し鶏にかぶりつく。

「ゆっくりと食え。奪う者はここにはおらぬ」

 アザは大口を開けて笑い声をあげた。釣られるようにしてネムとスサも笑みを浮かべていた。
 旨い、旨過ぎる。こんなに旨いもん初めてだ。ここにいれば、いつも食べることができるのだろうか。それなら、居てもいいかも。

「そうだ、こいつにも名前を付けてやらなくてはいけないな。何かいい名前あるかネム、スサ」
「そうですね」

 ネムはこっちをじっと見てくる。
 なんだ、食事中だぞ、見るんじゃない。

「名前かぁ、茶トラだから『チャチャ』はどうだろう」
「ふむ、『チャチャ』か。どうだ、ちっこいの」

 そんな安易な名前は嫌だね。
 スサとアザを睨み付けてフンと鼻を鳴らした。

「スサ、気に入らないようだぞ。ならばネムは何かないのか」
「はい、考えてみたんですけど。吾輩は『ダイ』というのはどうかと。何やら秘めた力もあるようですし、大きな存在になりうる者ということで『大』の意味を込めて『ダイ』がいいかと」
「ほほう、そりゃいい。これならいいだろう。ちっこいの」

 なかなか見る目があるじゃないか。ネムとかいう奴。
 すぐに頷き、「ダイ、気に入った」と呟いた。

「決まりだ。それじゃ、私は用事でしばらく出掛ける。後のことは頼んだぞ」
「はい」

 ネムとスサは同時に返事をして軽くお辞儀をした。
 ここで、暮らすのか。それにしても本当に母ちゃんは自分のこと捨てたのだろうか。
 ダイは、かぶりを振りすぐに毛繕いを始めた。嫌なことは毛繕いすれば忘れられる。





 変な夢を見てしまった。実際にあったことだが、なぜこんなときにあんな夢を見ちまったのだろうか。
 あのときは、我ながら生意気なガキだったと思う。

 みんな悪者だと思い込んでいた。みんな良い奴だ。いや、この街の者はみんな悪者だ。弱者を虐める悪者だ。騙されるところだった。鼠たちを皆殺しにしたというじゃないか。食べるためなら仕方がないが、ただ殺すのは罪だ。この町の猫たちはいい猫ぶっているがみんな偽りだ。

 けど、本当にそうなのだろうか。なぜか、頭の片隅に引っ掛かりを感じる。
 すべてはヤタ様の言葉だ。あの方を信じている。みんな真実を隠している。偽りに染まった街だ、ここは。
 ネムやスサは死す運命にある。
 なら、ミコも偽りに染められているのか。いや、ミコは違う。ミコも自分と同じように拾われてここに来た存在だ。みんなに騙されているだけだ。
 ネムの優しさは偽りだ。信じちゃいけない。
 なのに、ミコは気づいてくれない。

 それに、ミコだけにはなぜか記憶操作の術が利かない。自分に迷いがあるせいだろうか。ミコの記憶を操作することに躊躇ってしまうせいだろうか。
 スサがここに向かっているという。今は、のんびり眠っている場合じゃないというのに。それでも、また眠気が襲って来てしまった。



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