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第五章 真の力
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しおりを挟むあれ、ここはどこだろう。
えっと、ああ、猫の街じゃないか。けど、なんだか空を飛んでいるような。
おや、向こうから歩いてくるのは長老ではないのか。亡くなったはず。
んっ、長老が胸に抱いている子猫は。ダイはハッとなる。この光景は見覚えがある。そうだ、あの子猫は自分じゃないか。けど、なんで。
そうか、これは夢だ。夢の中なんだ。
*
「ネム、ネムはいるか」
「あ、はい。父上ここに」
「うーむ、ネムよ。最近、太り気味ではないか。しっかり修行はしておるのだろう」
「は、はい。もちろんです。それにこの身体は、贅肉ではなくて力の源が溜まっているのです」
「そうか、ならばよいが。そうそう、それよりもまた鎮守の杜に捨て猫がおった。嘆かわしいことだ」
「またですか」
バカなことを言うな。捨てられてなんかいない。母ちゃんがそんなことするはずがない。
くそったれ、おいらを放せ。と怒声を浴びせてやろうと思っても、腹が減って声も出てこない。
「アザ長老様、お戻りですか」
「おお、スサもおったか。お主ら、この幼子の世話を頼まれてくれ。よいな。こやつ小さいながら秘めたる力がありそうだからな」
ネムとスサはお互いの顔を見て、長老アザに再び目を向けると腹の底から出した響く声音で「はい」と返事をして頷いた。
随分威勢のいい奴らだ。自分がもっと大きかったらやっつけてやるのに。この猫攫いどもが。
「こら、暴れる出ない。お主、腹が減っておろう。まずは腹を満たせ」
何か食わせてくれるようだ。それならそうと早く言えば暴れたりしなかったのに。食ったら、逃げればいい。
どいつもこいつも信用ならない。
アザとか言ったか。母ちゃんを唆して連れ出したのだろう。寝ていたのをいいことに、嘘ばっかり言いやがって。ネムとスサとかいう奴もこいつの手下なのだろう。悪者に捕まってしまったに違いない。ああ、それにしても腹減った。
目の前に出てきた物は、蒸された鶏肉だった。なんとも良い香りだ。涎がダラダラだ。チラッとアザに目を向けてネム、スサも見遣り蒸し鶏にかぶりつく。
「ゆっくりと食え。奪う者はここにはおらぬ」
アザは大口を開けて笑い声をあげた。釣られるようにしてネムとスサも笑みを浮かべていた。
旨い、旨過ぎる。こんなに旨いもん初めてだ。ここにいれば、いつも食べることができるのだろうか。それなら、居てもいいかも。
「そうだ、こいつにも名前を付けてやらなくてはいけないな。何かいい名前あるかネム、スサ」
「そうですね」
ネムはこっちをじっと見てくる。
なんだ、食事中だぞ、見るんじゃない。
「名前かぁ、茶トラだから『チャチャ』はどうだろう」
「ふむ、『チャチャ』か。どうだ、ちっこいの」
そんな安易な名前は嫌だね。
スサとアザを睨み付けてフンと鼻を鳴らした。
「スサ、気に入らないようだぞ。ならばネムは何かないのか」
「はい、考えてみたんですけど。吾輩は『ダイ』というのはどうかと。何やら秘めた力もあるようですし、大きな存在になりうる者ということで『大』の意味を込めて『ダイ』がいいかと」
「ほほう、そりゃいい。これならいいだろう。ちっこいの」
なかなか見る目があるじゃないか。ネムとかいう奴。
すぐに頷き、「ダイ、気に入った」と呟いた。
「決まりだ。それじゃ、私は用事でしばらく出掛ける。後のことは頼んだぞ」
「はい」
ネムとスサは同時に返事をして軽くお辞儀をした。
ここで、暮らすのか。それにしても本当に母ちゃんは自分のこと捨てたのだろうか。
ダイは、かぶりを振りすぐに毛繕いを始めた。嫌なことは毛繕いすれば忘れられる。
*
変な夢を見てしまった。実際にあったことだが、なぜこんなときにあんな夢を見ちまったのだろうか。
あのときは、我ながら生意気なガキだったと思う。
みんな悪者だと思い込んでいた。みんな良い奴だ。いや、この街の者はみんな悪者だ。弱者を虐める悪者だ。騙されるところだった。鼠たちを皆殺しにしたというじゃないか。食べるためなら仕方がないが、ただ殺すのは罪だ。この町の猫たちはいい猫ぶっているがみんな偽りだ。
けど、本当にそうなのだろうか。なぜか、頭の片隅に引っ掛かりを感じる。
すべてはヤタ様の言葉だ。あの方を信じている。みんな真実を隠している。偽りに染まった街だ、ここは。
ネムやスサは死す運命にある。
なら、ミコも偽りに染められているのか。いや、ミコは違う。ミコも自分と同じように拾われてここに来た存在だ。みんなに騙されているだけだ。
ネムの優しさは偽りだ。信じちゃいけない。
なのに、ミコは気づいてくれない。
それに、ミコだけにはなぜか記憶操作の術が利かない。自分に迷いがあるせいだろうか。ミコの記憶を操作することに躊躇ってしまうせいだろうか。
スサがここに向かっているという。今は、のんびり眠っている場合じゃないというのに。それでも、また眠気が襲って来てしまった。
*
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