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第五章 真の力
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しおりを挟む真一は膝をつき頭を抱えて喚いた。
「嘘だ、嘘だ、嘘だ。うわぁーーーーーーーーーー」
ヤドナシとミコは動けないまま頬を涙で濡らしていた。
「くそったれ。俺が、俺があいつをぶっ殺してやる」
ヤクを睨み付けて足に力を込めて立ち上がる。
「ふん、おまえに何が出来る。馬鹿みたいに意味不明な歌を歌うことしか出来ないではないか。やめておけ。おまえの死ぬ番が早まるだけだ」
真一は、ヤクの言葉を無視して突っ込んで行こうとした。だが、背後から凄まじい気と声音が身体を覆った。
『やめろ、おまえの仕事はまだ終わっていないぞ。歌うのだ。最後まで歌うのだ。ネムならば大丈夫だ。吾輩を信じるのだ』
ハッとした。ネム、なのか。
いや、違う。この声は結界の中のあいつだ。けど、ネムに似ている声音だ。しかも『吾輩』と口にした。まさか……。真一はすぐに頭に浮かぶ考えを振り払った。
それにしても歌うって今更どうなるっていうんだ。ネムは本当に大丈夫なのか。
真一は後ろへ振り返ろうとしたが、迫力ある声音で制されて動きを止めた。
『信じろ、おまえが歌い終えればはっきりすることだ。心を込めて歌うのだ』
『そうだ、真一よ。あやつの言う通りにしろ』
アザ長老までそんなことを。もう意味がないだろう。ネムは殺されてしまったんじゃないのか。あの出血量では、もう……。血溜りが出来ている。独特の血の臭いがここまで届いてきているっていうのに。
『いいから、歌え。吾輩を信じろ』
背後から黄金の獅子の怒声が響き、身体を震わす。
わかったよ。歌ってやる。
真一は、ヤクを睨み付けたまま歌の続きをやけっぱちになって大声で歌った。ネムとの楽しかった日々を想いながら、歌った。
「ふん、気が狂ったのか人間よ」
呆れかえったように首を左右に振っているヤク。完全に頭がおかしくなってしまったと思っているのだろう。そう思わせておけばいい。
あの獅子を信じる。今はそれしかない。
通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの 細道じゃ
天神さまの 細道じゃ
ちっと通して 下しゃんせ
御用のないもの 通しゃせぬ
この子の七つの お祝いに
お札を納めに まいります
行きはよいよい 帰りはこわい
こわいながらも
通りゃんせ 通りゃんせ
「ふん、気が済んだか。じゃ、あの世へ行け」
ヤクの言葉が終わるや否や、背後で眩い光が四方八方に飛び散り始めた。地上で花火が爆発してしまったかのようだった。真一は振り返り手で爆風を避けるようにして眇め見た。注連縄が千切れ飛び、何かが目の前に飛んできて地面に突き刺さる。
古めかしい簪だった。真一は、簪を手に取り小首を傾げた。これはいったい……。
そのとき咆哮とともに奴は現れた。黄金の気を纏った獅子とも言えるその獣が。鬣を靡かせて優雅に歩みを進めてくる姿はまさしく百獣の王だ。神々しさも纏っている。なぜかはわからないが、直感で神様だと思えた。結界が破られたのか。
近づいてくる。獅子が近づいてくる。
落ち着け、大丈夫だ。あいつは敵ではない。そのはずだ。
真一はごくりと唾を呑み込んだ。
獅子が目の前に来て足を止めると目を合わせてきた。獅子が口角をあげて真一に「あとは任せろ」とだけ言葉にして優雅に横を通り過ぎていった。今、あいつは笑ったのか。なんだろう、この感覚は。通り過ぎていく獅子に優しく撫でられたような温かさがあった。けど、その中に背筋をピンと張ってしまうような厳かな雰囲気もあった。
心地いい。日光浴をしているかのような温かみある心地よさだった。いや、神社にある森を歩いている気分だろうか。深呼吸すれば木々の香りがしてくるみたいだ。土の香りもする。そうか自然の香りなんだ、これは。
いったい、あの獅子は何者なのだろうか。
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