小説家眠多猫先生

景綱

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第五章 真の力

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「な、なんだ。おまえは」

 ヤクの戸惑ったような声音に真一は現実に引き戻された。
 ヤクは震えていた。黄金を纏った獅子の気迫だけでヤクは恐れを感じ取っているのだろう。対峙するだけで、平伏したくなる強さ溢れる気を纏っている。真一にもそれがわかった。ヤクを見据える獅子から迫力ある凄まじい圧力を感じる。怒りから来るものだろうか。

 あの獅子は怒っているのか。

「おまえなどに名乗る名はない。今すぐ地獄へ落ちろ」

 地面を揺るがすような声音が響き渡った。発する声だけでこれほどの威力があるのか。
 ヤクは何かを言おうとしているようだが、声になっていない。
 獅子はヤクへと睨みを利かせて、鋭い牙を見せて咆哮した。あたりのものすべてを吹き飛ばしてしまいそうな突風が吹きあれる。凄い、これは凄い。まるで嵐だ。

「や、やめてくれ」

 ヤクの掠れる声が微かに聞こえた。ヤクの顔は蒼白になり恐怖で慄いている。

「おまえの悪事は許されるものではない。地獄で後悔するんだな」

 再び獅子は咆哮する。その咆哮が真一には、光の矢のように映った。眩し過ぎて目を向けていられないほどの輝きを放っている。

「うぐっ」

 呻き声がして声の方へと目を向けると、ヤクの身体が突然炎に包まれて灰と化してしまった。
 凄いとしか言いようがない。一瞬で倒してしまうなんて。その破壊力は半端なものではない。まさに神業だ。
 やはり獅子は神様なのだろうか。神が味方ってことか。もし味方じゃないとしたら……どうしよう。神様なら猿田彦大神がいる。きっと大丈夫だ。

 黄金を纏った獅子はこちらを振り返り、じりじりと近づいてくる。物凄い迫力に圧倒されて身動きが出来ない。結局、殺される運命なのだろうか。それはないと信じたい。

「吾輩を解き放った人間よ」

 真一は言葉が出ず固唾を呑み、ただただ頷くことしか出来なかった。

「恐れずともよい。救ってもらった者を殺しはしない。それよりも、おまえには礼を言わなくてはいけないな」
「そ、そんな礼など」

 頭が真っ白になってしまってうまく言葉に出来ない。

「ふん、おまえは良い奴だな。まあ前からわかってはいたがな。吾輩は、そろそろもとの鞘に収まるとしよう。本当にありがとうよ、歌ってくれて」

 春が来たかのような温かい風が頬を撫でたかと思うと、目の前にいたはずの獅子が一瞬にして小さな光のたまとなりネムの身体へと溶け込んでいった。
 えっ、えっ、どういうことだ。

『どうやら、うまくいったようだ。私の役目も終わったことだし、帰るとしよう』

 アザの笑い声とともに気配が消えた。

「あ、アザ長老待ってくださいよ。説明してくださいって」

 真一の声は届かなかった。アザ長老は戻ってくることはなかった。
 なんだか夢の中の出来事のようだ。けど夢ではない。今、実際起きていたことだ。あの圧倒されるような迫力の獅子はネムの本来あるべき姿なのだろうか。死んでしまったネムの身体に戻ったところで、どうにもならない。そうだろう。
 生きていれば、おそらく何倍にも増した力を取り戻したネムがいたはずだ。
 手古摺っていたヤクをいとも簡単にやっつけてしまったのだから。真の力か。これで終わったわけじゃないというのに、どうすればいい。
 ネムが生き返ってくれたらいいのに。真一は祈った。

「どうかしたのか、真一」
「どうかもなにも……」

 真一は、聞き覚えある声にハッとなり声の方に目を向けた。目の前にいるのは、幻か。いや、違う。
 ネムがいる⁉ 起き上がっているじゃないか。獅子の言葉は真実だった。これは奇跡なのか、神の力というべきなのか。
 真一は、ネムの顔をまじまじと見つめた。自然と目頭が熱くなる。

「あはは、真一が泣いている。阿呆の目にも涙ってか」
「うるさい、ミコ。そういうおまえだって泣いているじゃないかよ」
「な、なにを言っちゃっているかなぁ。目にゴミが入っただけじゃない。ふん」
「まあ、これでなんとか目的を果たしたってことだな。けどネムの兄貴、まだ終わったわけじゃないですよね。猫の街に戻らなきゃ。でしょ」
「そうだな、ヤドナシ。まだ、強い気を感じるからな。急がなくては」

 そうか、猫の街に早く戻らなくては。もしかしたら、最悪の事態になっている可能性もある。俺に出来ることがあるかわからないけど。泣いている場合じゃないな。

「そうそう、そこのおまえ、意外とやるではないか。わしの家来にしてやってもいいぞ」

 ヤドナシが肩にひょいと乗って来て耳元で呟いた。

「ごめん、俺はネムがいるから」

 涙目になった目を拭ってそう断ったら「そうだな」とすぐに肩から飛び降りて二カッと笑った。

「真一、またおまえに助けられたな。感謝する。では、吾輩の友よ、猫の街に戻ろうではないか」

 真一は頷き、ネムが駆け出す後を追った。背後からはミコが「阿呆だけど、さっきのあんたは素敵だったよ」と声をかけつつ追い抜いていった。
 なんだよ、阿呆は余計だろう。まあいいけど。ミコなりの褒め言葉だと受け取っておこう。
突然、ミコが立ち止まり振り返ると「あ、もうひとつ教えてあげる。『通りゃんせ』って神の国の扉を開く歌なんだって」と言葉を付け加えて再び駆け出してしまった。

 神の国の扉を開く⁉

「なんだそれは、もっと詳しく教えてくれ」と叫びつつ真一も後を追って駆け出した。

 結局ここはどこだったんだろう。神の国? いやいや、違うだろう。けど……。真一は立ち止まり背後を見遣る。光を纏った獅子が出てきた先は、暗くて見えない。あの向こう側が神の国だったのだろうか。

 ふと簪のことを思い出した。どうしたっけと思ったら、ポケットに入っていた。これって、なんなのだろう。髪飾りだということはわかるけど。まあいいや、とりあえず持っておこう。

「こらー、早く来なさいよぉ。のろまって呼んじゃうからね。それと、ここにいつまでもいると死んじゃうみたいだよ。あの世みたいだから、ここ」

 な、なに⁉ ミコの奴、まったく。そういうことは早く言えよな。
 真一は背筋に悪寒が走りブルッと震えると全速力で駆け出した。

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