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第五章 真の力
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しおりを挟むスサはヤタを睨みつけて咆哮した。ヤタはそれがどうしたとばかりにニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。まったく動じていない。
こいつは、強い。俺様と互角か、それ以上か。
低い体勢で、毛を逆立て様子を窺う。隙がない。
「ふん、我はおまえなどに倒されはせん。大人しく死ぬことだ。こやつみたいにな」
首をダランとさせたダイが目に映る。
怒りが胸の奥から湧き上がってくる。感情のままに攻撃開始と行きたいところだが、ここは無闇に突っ込んでいくわけにはいかない。相手の思う壺だ。生唾をゴクリと呑み込み、ヤタを睨み付ける。必死に隙を探るが、やはり見当たらない。それでも、ヤタを倒さなくてはこの猫の街は終わりだ。あんなあくどい奴を放っておくわけにはいかない。
「汚い真似をしやがって」
「おかしな物言いだな。汚いだって。それはおまえたちの方だろう。我らの土地を奪ったのは猫共じゃないか。そうだろう」
「奪った? そんな真似はした覚えはない」
「ふん、おまえに覚えがなくとも事実だ。遠い昔の出来事だからな。我らの不意を突き、惨殺していったのはおまえらの先祖だ」
「嘘を言うな。そんなことはしていない。濡れ衣だ」
「我らの歴史書にはそう記されておる。すべて事実だ。こんなことを話していても時間の無駄。どうせ、おまえらは死す運命なのだからな」
「いいや、死ぬのはおまえだ」
「ほう、そうか。ならば、かかってこい」
スサは、至る所に目を向けてヤタを倒す算段を探す。が、いい策が思い浮かばない。どうすればいい。『当たって砕けろ』でいくしかないのだろうか。
「どうした、臆病風にでも吹かれたか。来ないのならば、こちらから行かせてもらうぞ」
ヤタは黒い翼を大きく広げたかと思うと、風の渦を作り上げていく。小さな竜巻と言うべきか。すべてのものを巻き上げてしまう威力がありそうだ。そんな風の渦が唸りながら鋭い刃の如く襲い掛かってくる。必死に足を踏ん張り飛ばされないようにしつつ爪で風の刃を弾き返す。だが押されている。このままでは負ける。ヤタから目を離してはいけないと眇め見つつ、少し後退して反撃のチャンスを窺った。
ヤタの高笑いがこだました。なんてことだ、想像以上の力があるようだ。けど、負けてなるものか。こんな竜巻はすべて弾き飛ばしてやる。そう意気込んだ矢先、無数の黒いものが風の渦の中から飛んできた。
スサは、素早く斜め後方へと飛び退り躱そうとしたが、一瞬動きが遅れてしまった。左前足と背中に数本の黒い羽根の矢が突き刺さってしまった。
「うぅっ」
小さく呻き、ガクリとよろけてしまった。左前足に刺さった羽根の痛みで足に力が入らない。
「情けない奴だ。我の敵ではないな。長老アザがいなければ、この地を奪い返すことは容易そうだな。ゆっくり痛めつけてやろうではないか」
ダメだ、このままでは。勝てないのであれば、時間を稼ぐしかない。ネムの真の力を信じて戻るまで、どうにかするしかない。ダイの仇は、俺様には打てないのだろうか。
チラッとダイを見遣りすぐにヤタに目を向ける。
「勝った気でいるなよ。おまえはいずれ葬られる運命だと知るがいい」
「ほざけ、おまえのどこに我を葬る力があるというのだ。気が触れたのか」
スサは「さてどうだか」とニヤリと口角を上げた。
「ふん、どうやら殺されたいとみた。遊んでやろうと思ったが、一気にケリをつけてやる」
スサはヤタの憤怒の表情を眺めつつ、自分の気を目一杯高めて虎の姿の身体を更に大きくさせていった。巨大な化け物虎だ。大きさだけなら象に匹敵するだろうか。突き刺さった羽根の矢も吹き飛ばし光を纏った毛を逆立てて咆哮をヤタへとぶつけた。
大地も草木も震えるほどの咆哮だった。もちろん、ヤタも衝撃に少し後退りをしていた。
「あっさりとやられてたまるか」
スサは何も考えずにヤタへと突進していく。大きな体がゆさゆさと揺れ、大地もその揺れに共鳴するように揺れていた。まるで地震が起きてでもいるかのように。
「遅い、遅いぞ。力だけはあるようだが、我にそんな攻撃は利かぬ」
ヤタは簡単に攻撃を躱して上空に羽ばたいていた。
空を飛べるとは厄介だな。
スサは空に羽ばたくヤタを仰ぎ見て、巨大な光を纏う虎から小さな猫の姿へと戻ってしまった。大きくなることでパワーは上昇するがスピードが落ちてしまう欠点があった。素早さをもっと鍛えるべきだった。今更反省したところで遅いと嘆いたところで何も始まらない。
「諦めたのか。賢明な判断だ。苦しまぬよう息の根をとめてやろうではないか。我の優しさに感謝しろ」
ヤタは上空から錐揉みしながら降下してきた。黒い羽根の槍の攻撃も同時に飛んでくる。スサは羽根の攻撃はなんとか躱しきることが出来た。だが、ヤタの錐揉み攻撃を躱しきれずに右肩に深い傷を負ってしまった。肩から血が流れ溢れてくる。力の差があり過ぎる。
ネムよ、まだか。頼むから早く来てくれ。
「苦しまぬようにしてやると言っているだろう。避けなければ心臓を抉りとって一瞬の苦しみであの世へ誘われたというのに」
不敵な笑みを湛えるヤタは再び上空に飛び上がった。
次は避けきれないかもしれない。猫の姿であれば素早く避けられるはずだった。が、それでもヤタの速さに追いついていないとは。
スサは顔を歪めて深い吐息を漏らした。
ここで終わりなのか。ネムの真の姿を一目だけでも見てみたかった。ダイのあとを追うことになりそうだ。
ヤタは再び攻撃態勢に入り、錐揉みしながら向かってきた。もう避ける余力が残っていない。自分自身の荒い息が耳に響く。かなりの出血のせいか、目も霞んできた。
ネム、すまない。
どうやらこれまでのようだ。
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