小説家眠多猫先生

景綱

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第六章 最後の闘い

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「ほざけ、我らが正義。おまえらは侵入者の悪。我は悪を殲滅するのみ。正義は必ず勝つのだ」
「正義か。お主が長に育てられていたなら、こうはならなかっただろうに。ヤタよ、お主はヤジロウに育てられたのだろう。なんてことだ」

 ネムはかぶりを振り嘆いた。

「父上を殺しておいてよく言う。ヤジロウ叔父上は善き者だ。悪く言うことは許さぬ。死ね、卑怯者」
「聞く耳持たぬとはこのことだな。仕方がない目を覚まさせてやろう。かかって来い」
「言われなくとも、そのつもりだ」

 ヤタは、奇声を上げて高速移動を始める。すると、ヤタが一人から二人へ、二人から四人へと増えていく。気づくとヤタが十六人いた。しかも巨大化されたヤタだ。
 なるほど、そうきたか。なかなかやるものだ。ヤジロウの技を進化させているようだな。さて、どうしたものか。父上だったら、この場をどう収めようとするだろうか。吾輩は、神となってもアザ長老の息子でありたい。血の繋がりはなくとも、その気持ちに変わりはない。

 ネムは背後にいるスサとミコに目を向ける。息絶えてしまったダイにも目を向けて、天を仰ぐ。あの世にいるアザ長老を思い、再びヤタを見遣る。
 この地にいる猫たちはほとんどが孤児だ。もちろん、家族で暮らすものもいる。以前は鴉天狗たちの居場所だったかもしれないが、今は猫の街だ。この地をヤタに奪われるわけにはいかない。鴉天狗たちは奪っておいて何を言うと思うかもしれないが、真実は違う。今、ヤタに話しても信じてはもらえないだろう。
 ならば、闘うのみ。
 この因縁を断ち切らなくては。

「みんな、下がってくれ」

 ネムの言葉にミコもヤドナシも背後にある家の陰まで後退していく。スサはダイの首筋を銜(くわ)えてあとを追って家の陰へと向かった。
 安全な場所へとみんなが下がったのを確認して、上空のヤタを睨み付けた。

「死ね!」

 ヤタの言葉が合図となり、一斉にヤタの分身が襲い掛かってくる。辺りの茂みからもバサバサと音が鳴り、カラスの群れも向かってきた。一斉攻撃ときたか。
 周りは漆黒の化け物に取り囲まれてしまった。それでも、ネムは動こうとはしなかった。
 嘴で突いてくるカラスたち。ヤタの分身は黒い羽根の鋭い槍を飛ばしてくる。唸り声のように聞こえてくる突風を浴びせてくる分身もいる。正直まとまりのない攻撃だ。突風に飛ばされてしまうカラスもいた。

 上空にひとりだけ残っているヤタがおそらく本体なのだろう。ネムは上空で羽ばたくヤタを睨み付けて分身共の攻撃をかわ躱し防御する。
 あいつを仕留めれば終わる。まずは分身共を一気に片づけてしまおう。
 ヤタはおそらく一斉攻撃で痛手を負っていると思っているのだろう。だが、こんなまとまりのない攻撃は痛くも痒くもない。まさに烏合の衆だ。神の力を手に入れた自分には、意味のない攻撃だ。

 ネムはグッと身体全体に力を込めて、毛を逆立て気を放った。眩い光があたりに包み、ヤタの分身もカラス共も跡形もなく消え去っていた。容易いものだ。

「次はお主だ」
「ふん、まだまだ策はある。我を甘くみるなと言っただろう。今のは単なる時間稼ぎだ」

 策だと。いったい何を考えている。様子をみるべきだろうか。それとも、一気に片づけしまおうか。いや、いくら悪だろうと命を奪うことは避けたい。そんな考えは甘いと言われるだろうけどな。恨む心を消し去ってやりたい。誤解だとわかれば、きっと心を入れ替えるはずだ。

「ヤタ、覚悟しろ」

 ネムは逆毛を立てて更に身体を大きくさせていく。身体中を黄金色に染めた。それだけではない。蒼色、紅色、翡翠色、橙色、いろんな色のオーラを纏う。虹色というべきだろうか。
 背後からミコとヤドナシの声が微かに耳に入ってきた。チラッと背後を見遣る。

「すごい、ネム兄ちゃん。神々しくて凛々しくて綺麗」
「確かに、わしもうっとりしてしまう。ネムの兄貴の力強さをこの身体に感じる」

 ミコもヤドナシも褒め過ぎだ。

「勝てるよね、ネム兄ちゃん」
「当たり前だ、あんな奴に負けるわけがない」

 まったく勝手なことを。余所見をしている場合じゃないな。ヤタに先制攻撃を仕掛けようじゃないか。

「あ、嘘。あそこにいるのって」
「どうした?」
「真一が、真一が……」

 なに? 真一? 馬鹿な真一がいるはずがない。
 ネムは大きく口を開き鋭い牙を見せて攻撃をしかけようとしたが、すぐに口を閉じてしまった。

「ふん、こいつの命がどうなってもいいのか」

 なぜだ。なぜ、真一がヤタに捕まっている。あれは本物の真一なのか。

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