小説家眠多猫先生

景綱

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第六章 最後の闘い

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「すまない。ネム、俺……ヘマしちまった」
「どうする。我に従えば考えてやってもよいぞ。そうすれば猫の街も守れるであろう。まあ、我の下僕としてな。いや、やはり悪は死すべきか」
「なるほどな。そこまで性根が腐っていたとはな。真一がいては吾輩には手は出せない」
「ダメだ、ネム。俺のことはいいからこいつをぶちのめせ」
「黙れ、人間」

 ネムは身体から放っていたオーラを消して、逆立てていた毛も元に戻した。項垂れて普通の猫の大きさへと戻していった。
 真一を楯にするとは。猿田彦大神は何をしていたのだ。
 そのとき、心の内に声が飛んできた。

『すまない、油断をしていた。人間界への出入り口は封鎖してあったはずなのだがな』

 神様も万能ではないということかもしれない。仕方がない、何か策を練らなければ。

『ネムよ、心配せずともよい。お主は負けたりはせぬ。黄泉の国より現世へあやつらを送ったのでな』

 あやつら? いったい誰のことだ。

『すぐにわかる。それまで時間を稼げ。あまりそなたらに干渉してはいけないのだが、今回ばかりは皆の平和に手を貸そうではないか。たまにはそれもいいだろう。ではな』

 ネムは真一に目を向けて、「真一、大丈夫だ。死なせはしない」と言葉を投げかけた。

「人間に情を移すとはな、馬鹿な奴だ。それでも神と言えるのか。我らに刃を向けたあのときの荒ぶる神はどこへいったというのだ」
「吾輩は、荒ぶる神などではない。お主が偽りを信じているだけだ。最初からそう言っているではないか」
「まだ言うか。猫以外のものは排除するのだろう。それが、おまえだ。いつまで善人ぶっているつもりだ。いや善猫神ぶっていると言うべきか。ふん、どっちでもいい」

 ネムは話しながらも、真一を助ける術を考えていた。空を飛ぶヤタの虚をつくことは難しい。猿田彦大神が何か手立てを講じているようだが、いつまで時間を稼げばいいのやら。

「ネム兄ちゃん」

 いつの間にかミコが脇へ来ていた。ヤドナシもスサもいる。ダイは家に寝かせてきたらしい。もうあの世へ逝ってしまっているのだろうが。

「ネム、皆で力を合わせれば真一を救えるんじゃないだろうか」

 スサの申し出はありがたいが、そう簡単にはいかないだろう。

「猫共、こそこそと何をしている。おっと、汚らしい鼠もいたか」
「汚らしいとはなんだ。おまえなど――」

 ネムはヤドナシの口を押えてかぶりを振った。ヤドナシは「すまない」とだけ呟き嘆息をつく。
 そのとき、空から「ぐぎゃぁーーーーー」と叫び声があがった。
 ネムは空へと視線を向けた。そこには、あの世へ旅立ったはずのダイがヤタに鋭い爪を喰い込ませていた。ヤタの黒光りする片方の羽根から鮮血が流れ出している。

「お、おのれ雑魚が」

 ヤタは痛みに顔を歪めて捕まえていた真一の身体を放してしまった。

「あ、真一が落ちてくる」

 まずい、あの高さから落ちたら死んでしまう。ネムは再び身体を獅子の如く変化させて真一の落下地点へと駆け出した。
 間に合うか。いや間に合わせる。死なせてなるものか。
 真一から目を離すことなく地面を蹴り上げて空を舞う。だが、真一は目の前を通過して落下していく。地面に叩き付けられてしまう。ダメだ、そんなことあってはならない。
 ミコの悲鳴があたりに響き渡る。

「しんいちーーーーーー」

 ネムは腕をグッと伸ばして真一の手を取ろうとした。間に合わないとわかっていても、必死に伸ばして捕まえようとした。ネムの想いがそうさせたのか真一のまわりに光が包み込んだ。
 真一の落下速度が緩やかになり、地面すれすれで止まり浮いている。

 奇跡が起きた⁉

 おや、あれは。
 真一を抱き上げている一人の男がそこにいた。その顔はまるで双子なのではないかというくらい瓜二つの面立ちだった。真一を救ったのはあの者のおかげのようだ。
 あの者を知っている。懐かしい。やはり、真一はあの者の子孫であったのだな。今ならそうわかる。

「お久しぶりです。ネム様」
「ネム様はやめてくれ。吾輩はネムと呼ばれることが好きだ」
「そうでしたね。あのときは、助けられず申し訳ありませんでした」

 ネムは左右に首を振り「あのときは仕方がなかったのだ。が、こうして元の力を取り戻せた。何も問題はない。そうだろう、行安よ」と語り微笑んだ。
 行安も微笑み返して頷いた。

「あの、下ろしてもらえないですか」
「おお、そうだな」

 安堵したのも束の間、ヤタの罵声が飛んできた。

「おまえら、我を忘れているぞ。こうなったら皆殺しだ」

 痛みに顔を歪めつつも、ヤタの殺気が膨れ上がっていく。
 まずい、怒りで己を忘れている。無謀な攻撃をしかけてくるに違いない。止めなくては。そう思った矢先、何者かがヤタの前に立ちはだかった。ヤタは弾き飛ばされて転がり大の字に倒れてしまった。脇腹からは血が流れている。
 いったい何者だ。鴉天狗には違いないようだが、仲違いでも――。いや、違う。この気は知っている。あいつは、そうだヤタの父親だ。鴉天狗の前の長、ヤマタだ。
 猿田彦大神が呼び寄せた者は、ヤマタだった。行安もそうだろう、きっと。

「馬鹿者、何をしておる」

 ヤタは起き上がり、呆然としている。脇腹を手で押さえて遠い目をしていた。

「わからぬのか、おまえの父だ。とは言っても、おまえは赤ん坊であったから覚えていないか。まったく情けない。ヤジロウの偽りを信じ込みおって。我らの恥だ」
「父上⁉ 父上なのか」
「そうだと言っているだろう。馬鹿者」

 ヤマタは涙ぐんでいるようだ。息子の失態に涙しているのか、逢えて嬉しくて涙しているのか定かではないが、ことの成り行きをしばらくみていよう。きっとこれでヤタが間違っていたと気づいてくれるだろう。そう願いたい。

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