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12号室 猫の川(前半)
しおりを挟むバタン、ドドン、ドタドタドタ。
なんだ、騒がしいな。摩耶だな。
「お兄ちゃん、大変、大変、大変なの」
勢いよく駆け寄って体当たりしてくる摩耶。
「摩耶、もっと静かにだな」
木之内侑真は妹の摩耶を嗜めようとしたのだが、瞳を輝かせ上目遣いで言葉を重ねるようにして話を続けた。
「それどころじゃないんだってば。だって、ほら、えっと。なんだっけ」
小首を傾げる摩耶の顔がなんとも滑稽で、心に柔らかな明かりが灯る。
「大変なんだろう」
「あっ、それだ」
袖を引っ張り「大変なの。聞いて、聞いて、聞いて」と連呼する。
「聞くから、ほら深呼吸して」
摩耶は大きく口を開いて息を吸って吐き出してすぐに話し出す。
「あのね、あのね、えっとなんだっけ」
まったく仕方がないな。話が進まないのはいつものことだけど。
「大変なことがあったんだろう」
「そうそう、そうなの。えっと、猫さんが、猫さんが川なの」
侑真は首を捻り、「猫がなんだって?」と聞き返した。
「だから、猫さんが川なの。あれ、違った。猫さんの川だった。猫さんの川があっちにあるの」
ああ、わけがわからない。いったい何を見たというのだろう。
『猫の皮』ってことか。
幼稚園児の麻耶はときどき変なことを口にする。年の離れた妹の相手をするのもいろいろと悩みが絶えないな。摩耶のなぞなぞ話だ。この謎を解明するのは厄介だ。なのに、どうにも笑みが浮かんでしまう。高校生と幼稚園児の兄妹の姿は傍から見たらどう感じるのだろう。まあ、そんなこと考えたってしかたがない。
「もう、ちゃんと聞いているの。もう摩耶怒っちゃうからね。人の話を聞かない人はいけないんだからね」
「はい、はい」
「ああー、『はい』は一度でしょ」
「そうだった。ごめん」
まったく母の完全コピーの叱り方だな。いつも摩耶がそうやって怒られているじゃないか。とは言え、小さな妹に叱られているなんて情けない。侑真は苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
ここからは窺えないが、キッチンの片隅できっと母が笑いを堪えているのだろう。
そんなことより今回は何をみつけてきたのだろうか。きっと摩耶は冗談を言っているわけではないだろう。とんでもないものをよくみつけてくるのも事実だから、頭ごなしに嘘だと決めつけられない。他の家だったら、摩耶の話を聞いたら嘘はダメでしょなんて言葉が飛び出すのだろう。それくらい奇怪な光景の話をよく口にする。
自分だって人のことは言えない。普通に町中に歩いている幽霊を目撃してしまう。生きている人だと思っていたら、忽然と消え去るなんて現状を多々目撃してしまう。
霊感が強いっていうのは、木之内家の家系なのかもしれない。父も母も祖母も祖父までそうなのだから不思議な家だ。摩耶も例外じゃない。ただ、言っていることを理解することに時間がかかる。いつも慌てていて話が掴めない。
「いったい、猫の皮がどうしたっていうんだ」
「もう、だから猫がいっぱいなの。川なの」
理解に苦しむ。正解を導き出すにはそうとうな推理力が必要だ。頭の中で整理してみる。
『猫の皮』『猫がいっぱい』と摩耶の言葉を繰り返して考えを巡らせた。想像して思わずブルッと身体を震わせる。
猫の皮だけがたくさん道に落ちている映像が思い浮かび心臓が凍り付きそうになった。確かに、そうだとしたら大変どころではない。けど、そんなことってありえるだろうか。
ふと虐待との言葉が脳裏に浮かぶ。猟奇的な動物虐待ってことか。
そんな危険極まりない奴がこの町にいるってことか。まさか猫の霊がそのへんにうようよと溢れているわけじゃないだろうな。牙を光らせて襲いかかってくる化け猫の姿が浮かび、心臓がギュッとなり縮み上がる心地がした。
侑真はかぶりを振って自分の考えを否定した。考えても始まらない。行って確認した方が早いだろう。
「摩耶、その猫の皮のある場所に連れて行ってくれ」
「うん、いいよ」
摩耶は玄関に駆け出して、扉を開けて飛び出して行ってしまった。案の定、バタンと扉が勢いよく閉じた。静かに閉めるように何度も言っているというのに直らない。そのうち壊れてしまうんじゃないだろうか。そう思っていたら、扉がスッと開き隙間から摩耶の顔が覗き込み「ごめんなさい」と情けない顔を見せた。
わかっているなら、最初からやってくれればいいのに。笑って許してしまう自分も悪いのだろうけど。
侑真は「次はちゃんと扉を閉めような」と頭を撫でた。
「うん。じゃなくて、はい」
まったく仕方がないな。頬が緩んで地面に落ちてしまそうだ。
「それじゃ、行こうか」
小さな手を繋いで家を出ようとして振り返り、「母さん、摩耶とちょっと出掛けてくるから」と声をかけてゆっくり扉を閉めた。この玄関扉を開けて手を放してしまうと勢いよく閉まってしまう。どうやっても直らない。困ったものだ。けど、摩耶にはこの扉が重すぎるのかもしれないとも思えた。
「早く、早く、こっち、こっち」
摩耶が話していた場所は、家を出て次の十字路を曲がってすぐのところだった。
目に映る光景に言葉を失った。
「ねっ、猫の川でしょ」
確かに、猫の川だ。猫の皮ではなく、猫の川だ。心がざわついた。
猫の大群が左から右へと流れるように連なって走り抜けていく。これはいったい何が起きているというのだろうか。もしかしたら、何かとんでもない危険が迫っているのかもしれない。
「ねっ、ねっ、ねっ、すごいでしょ」
侑真は猫たちを眺めつつ、無言で頷く。
大地震なのか。大型台風接近なのか。竜巻ってこともあるのか。動物的の感覚は鋭い。どこかに避難するべきなのではないだろうか。けど、これは現実なのか。幻を見ているってことも。いや、摩耶も同じ光景に目を奪われているじゃないか。
どう判断するべきだろう。
猫の川の流れを眺めてハッとした。おかしい。これはやはりおかしい。猫たちはどこから来てどこへ……。左は家のブロック塀だ。突然湧いて出て来る猫たち。右もまた家の壁。猫たちは壁に吸い込まれるようにフッと消え去っている。ありえない。
ちょっと待てよ、あっ、あれは。
「ああ、おばあちゃんだぁ。久しぶりだね」
手を振って猫の川へと近づく摩耶の手を掴み引き戻した。振り返る摩耶に左右に首を振り「ダメだよ、近づいちゃ」とだけ口にした。
祖母は猫の川の上を滑るように左から右へと流れていく。だが、消え去ると思われた瞬間、猫の川の向こう側に飛び跳ねた。祖母は振り返って手を振ると景色に溶け込んでいった。祖母は先日天に召された。つまり、今目にした祖母は幽霊だ。だとしたら、この猫の大群もまた幽霊に違いない。
「摩耶、ちょっとここにいてくれよ」
「なんで」
「なんでもだ」
頬を膨らまして「いじわる」と呟いた。
意地悪をしているわけじゃないのに。
「危ないかもしれないから、言っているんだぞ。意地悪じゃないぞ。いいね」
こくりと頷く摩耶。渋々って感じで少し不貞腐れているようだ。それでも、言うことを聞いてくれている摩耶の姿は健気でいじらしく思えた。我慢させるのは少しばかり気が引けるが危険を孕んでいるのも事実だ。
摩耶が動かないことを再確認しつつ、侑真は恐る恐る猫の川に近づいて手だけを伸ばしていく。
猫の大群の流れに触れるか触れないかのところで、手にチクリとする痛みとともに痺れが肩のほうまでズズズと流れてきた。まるで電気が流れてでもいるようだ。これはかなりの霊力がありそうだ。
推測だが、この猫の大群の流れは現実世界とは違う。無理に入り込めば、おそらくあの世へ引っ張られてしまうに違いない。祖母はあの世へ旅立っていったのだろう。満面の笑みで手を振っていた。祖母とさようならするためにこの現象は現れたのだろうか。
そのとき、小さな女の子が猫の流れに紛れて通り過ぎて行こうとしていた。
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