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24号室 思い出の地に現れた闇人(1)
しおりを挟む突然、顔に何かが覆いかぶさってきて呻き声をあげた。すぐに飛び起き視線を巡らす。
いったい何? 誰かいるの?
鼓動は早まり見えない敵に対して防御姿勢をとった。がしかし、誰もいない。夢でも見ていたのだろうか。寝ぼけていただけなのだろうか。一人暮らしでよかった。慌てふためいた姿を誰かに見られていたら最悪だ。想像しただけで恥ずかしい。
今、鏡を見たらきっと恥ずかしさに赤面してしまうだろう。髪の毛はボサボサだろうし、すっぴんの寝ぼけた顔なんて見られたものじゃない。おっさんみたいな顔しているかもしれない。いやいや、私はおっさんじゃない。可愛い女の子。なんて言うのはおこがましいか。アラサー女子だから。
それにしても朝陽が眩しい。カーテンの隙間からキラリと光りが差し込んでいた。窓際に足を向けて少しだけカーテンを開ける。寝起きの私には眩し過ぎて目が痛い。手を翳して眇め見れば、青く澄み切った空がそこにあった。暖かな風が髪を靡かせた。春到来って感じだ。このまま暖かくなればいいけど。それにしても気持ちいい風。
ちょっと早いけど起きよう。グーッと腕を上に伸ばして首を左右に傾ける。
んっ⁉
気のせいだろうか。どこからか視線を感じる。誰もいないはずなのに。やっぱり、誰かいるのだろうか。どこかに隠れている。私の顔に覆いかぶさってきた感触は気のせいじゃなかったのかもしれない。
視線を感じる先はベッドの下あたりだ。嘘でしょ。まさか、ベッドの下に隠れているとでも言うの。またしても鼓動が早まる。まるで耳元に心臓があるかのように鼓動を感じる。
確認しなくていいならしたくない。けど、ここは私の部屋。どうしたって確認せざるを得ない。仕方がないか。ここは勇気を振り絞って確かめるしかない。恐る恐る視線を下へとずらしていく。
視線の先に誰もいないことを祈った。見知らぬ人と目と目が合ってしまったらどうしよう。それでも覗かないわけにはいかない。
「誰もいませんよね」と思わず声を出してしまう。返事はない。だからと言って、誰も隠れていないとは言えない。
ごくりと唾を呑み込みベッドの下を覗き込んだ私は、ハッとしたと同時に大きく息を吐いて胸を撫で下ろした。
そこには一枚の写真が落ちているだけだった。高校時代にクラス全員で清里旅行へ行ったときの写真だ。確か、野辺山駅で下車した記憶がある。日本一高い地点にある駅だと知って記念に標高が記された看板とともに写真を撮った一枚だ。よく覚えていないけど。
それにしても懐かしい写真だ。もしかして、この写真が顔に飛んできたのかもしれない。きっとそうだ。なぜ飛んできたという疑問はあるがそういうこともあるだろうと納得することにした。
クラス全員で旅をするなんて仲のいいクラスだったんだな。そういえば、クラスで祝賀会もやった覚えもある。お疲れ会だったろうか。球技大会か何かだったと記憶する。店でお酒も飲んだような。今じゃ考えられないことだ。いやいや、今も昔も考えられないことだ。高校生が店でお酒だ。そんなことしちゃいけない。あっちゃいけない。田舎だったから許されたのだろうか。まあ、いいやもう時効だから気にしないことにしよう。
いろいろと思い出してしまった。写真を見たせいだ。
若いな、私。この写真の頃に戻りたい。なんてことをつい思ってしまう。
写真をじっと見ていたら、『相変わらず、碧は慌てん坊さんね』とでも言われていそうな気がした。そんなことを口にするのは決まって高橋麻奈美だ。真ん中に私、矢島碧が陣取っている。その隣は内田由里。彼女は、口数が少なかったけど芯が強くて決断力あった。見倣わなくちゃって思っていたのを思い出す。高校卒業してから会っていないけど、二人とも今は何をしているだろうか。連絡とってみようか。とは言っても、連絡先がわからない。
実家の電話番号だったら昔の手帳に書いてあるかもしれない。
思い出すな、あの頃のこと。私は専門学校へ行くのに引っ越ししてしまった。麻奈美はどこかへ就職したはず。東京だったろうか。由里は……。覚えていない。地元で就職したのだろうか。大学進学だったろうか。あれ、なんで覚えていないのだろう。人の記憶ってそんなものなのかな。
高校卒業して十年か。それにしても時の経つのは早いものだ。
***
「もしもし、麻奈美」
「久しぶりね。碧でしょ」
「ええ。よくわかったわね」
「声だけでわかっちゃうなんて私って凄いでしょ」
十年も経っているのによく私ってわかったものだ。そんなに特徴ある声だとは思わないけど。
どうでもいい会話だが妙に楽しくて時間が経つのも忘れてしまう。
十年ぶりのせいか長電話になってしまった。麻奈美はやっぱり東京にいた。しかも結婚していて今は仕事も辞めて専業主婦だと話した。残念ながら由里とは連絡がとれなかった。麻奈美も連絡先は知らないらしい。
由里が住んでいた場所にふらっと行ってはみたものの空き家になっていた。どこかへ引っ越してしまったのだろう。
由里のことは気がかりではあるが、麻奈美と話せたことはなんだか気分が上向きになれた。昔から麻奈美はそういうところがあった。話すだけで、嫌なことも忘れられるような不思議な存在だ。
そんな中、清里へ行ってみないという話が持ち上がり、私は「行こう」と即答した。
懐かしい友人と旅をする。そう考えるだけで笑みが零れた。
写真が私の顔に飛んできたのも偶然じゃないのかもしれない。ふとそんな気がした。ずっと使っていない勉強机に飾っていた写真。正直忘れていた写真。埃を被っていた写真。もしかしたら、思い出してなんて言っていたのかも。誰が言うのかとも思ったが、まあいいか思い直す。
旅行に行くのも久しぶりだ。楽しまなきゃ。
何か私自身変わるきっかけになるのかもしれない。
麻奈美には内緒にしてしまったけど、上司ともめて仕事を辞めたばかりだ。むしゃくしゃした気分を一掃するにはいい機会だ。
クラス旅行したときの写真を今一度眺める。
えっ、嘘。
由里が一瞬顔を歪めた気がした。そんなことありえないのに。
目を擦り、再度写真の由里に目を向ける。笑みを浮かべていた。歪めてなどいない。当たり前だ。目の錯覚だ。ちょっと疲れているのかもしれない。それとも精神的なものだろうか。写真が動くわけがないじゃない。
***
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