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第1章 鬼猫来る
12 取り憑かれた男
しおりを挟むなんだ、チーは家に帰れって言いたかったのか。そうは思えなかったけど。どうしたものか。ここまで来てしまうと猪田家に戻るのも面倒になってくる。けど、今日は戻ったほうがいいだろう。犯罪者がこのへんをうろついている可能性があるのだから。
大和は二階の自分の部屋を見遣り、せっかくだからちょっと寄ってから戻ろう。そうだ、読みかけの本でも持っていこう。
大和は部屋で本を手に取ると、なんとなく部屋の様子が気になった。何か違和感がある。それが何かはわからないが、どこかがいつもと違うような。小首を傾げて、まあいいかと本を持って部屋を出た。
早く猪田家に戻ろうと階段を駆け下りたところで足元をスッと何かが通り過ぎてビクッとしてしまう。何が通ったのだろうとあたりの様子を窺うと、階段の陰に赤茶トラの猫が置物のように足を揃えて座ってじっとこっちをみつめていた。警戒をしているのだろうか。近寄ろうとすると逃げようと身体を動かしてしまう。
「ネオンなのか」
大和は声をかけた。その声に赤茶トラ猫は反応した。ネオンかもしれない。余程怖い思いをしたのだろう。人に対して恐怖心を抱いてしまったようだ。もともと警戒心は強いほうだが前以上に警戒している素振りを見せている。
大和はしゃがみ込みもう一度ネオンの名前を呼んでみた。
「ネオンだろう。大丈夫だ。悪い人はいないよ」
赤茶トラ猫はしばらく様子を見ていた。ここはネオンのほうから来るのを待とう。それしかない。
「ネオン、僕だよ。大和だよ。わかるだろう。怖くないよ。大丈夫だよ」
大和は優しく声をかけ続けた。
ネオンの足が前に一歩出る。すると、そのままゆっくりとこっちへ歩いて来て身体を擦りつけてきた。やっぱりネオンだ。
「よかった、生きていたんだな」
顎の下を撫でてあげると気持ち良さそうに目を細めていた。
「ネオン、幸吉さんと照さんのところへ帰ろうな」
そうネオンに話しかけたところでチーたちのことを思い出して胸が痛んだ。やっぱりチーはネオンの居場所へと連れて来てくれたのだろう。まさか自分のアパートのところにネオンが逃げてきていたなんて。
大和は本を持ちつつどうにかネオンを抱き上げて歩き出した。ふと視線を感じてアパートへ振り返るとチーたちが見送ってくれていた。
「チー、ありがとうな。成仏してくれよ」
そう声をかけて大和は猪田家へと向かった。ちょっと視界がぼやけていた。
「待て」
えっ、何。
暗がりに人影があった。
「やっとみつけた、鬼猫。おまえこそ、鬼猫だ」
鬼猫だって。まさかネオンのことか。ネオンは鬼猫なんかじゃない。んっ、鬼猫ってどこかで聞いたことがあるよ
うな。なんだったろう。そんなことより誰なのだろう。暗くてよくわからない。
「なんだ、おまえは」
「ふん、鬼退治をする者とでも言っておこうか」
鬼退治だなんて何をふざけている。んっ、まさか、こいつは……。
「おまえ脱走した成瀬とかいう奴か」
「ほほう、自分もずいぶん有名になったものだ。やっぱり正しいことをすると名前が広まるってことか」
「違う、おまえは犯罪者だ。動物を虐待する悪者だ」
「なに、おまえわかっていないな。そうか、そういうおまえも鬼だな。ふん、とうとう鬼まで登場か。これは名をあげるチャンスだな。悪い鬼は成敗しなくちゃいけない」
なんだこいつは。不気味だ。何を笑っている。やっぱり正気じゃない。
成瀬はどこからかナイフを取り出してニヤリとした。
このままでは殺される。逃げなきゃ。大和はゆっくりと後退りをする。
「ふん、逃げるつもりか。そうはさせない。今、すぐに楽にさせてやるから待っていろ」
成瀬はナイフを突き出してまたしてもニヤリと笑みを浮かべた。
駄目だ、殺される。万事休すだ。
んっ、こいつ変だ。本当に人間か。まさか妖怪。いや、そうじゃない。なんだか焦げ臭い。腐ったような臭いもする。この臭いはなんだろう。死臭か。
よく見ると成瀬の身体から黒い煙が立ち昇っている。そうかこいつ怨霊に取り憑かれているのか。
「日本刀があれば首を斬り落としてやるのに」
そんな呟きが耳に届き背筋が凍りつく。
「まあいいや。鬼猫ともどもあの世へ行け」
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