日蔭の神域 ~クローバーに込められた念い~

景綱

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第一章

シロツメクサの咲く野原

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「ねぇ、早苗ちゃん」
「なに」
「シロツメクサって知っている」
「うん、知っているよ」
「じゃあさ、シロツメクサの花の冠も知っているかな」
「知っている、知っている」
「そっか。あのさ、俺、シロツメクサの花の冠、作ってあげる」
「本当に。駿くん、ありがとう」

 早苗は満面の笑みをして抱きついてきた。

「えっと、その……」

 なんだか顔が熱い。早苗がこんなにも喜ぶなんて思わなかった。
 あの男の子の話は本当だ。

「ねぇ、駿くん。私ね、大人になったら駿くんのお嫁さんになりたいな」

 えっ、およめさん。それって何。よくわからない。どう答えたらいいんだろう。なんだか早苗の瞳がキラキラしている。そんな目をしてみつめられたらドキドキしちゃう。

「ダメかな」

 あっ、顔が近づいてきた。どうしよう、どうしよう。ドキドキが止まらない。

「えっと……。ダメじゃないよ」

 よくわからなかったけど、そう返事をした。早苗は頬を赤くさせて俯いて「ありがとう」と呟いた。
 およめさんか。いったい何のことだろう。

「ねぇ、じゃ行こうよ。花冠作ってくれるんでしょ」
「うん」

 早苗に手を引っ張られて野原へ向かう。
 どうしよう。作ってあげるって言っちゃったけど作り方よくわからない。あのときの男の子が来てくれるといいけど。でもあれって夢だ。きっと。
 違う、大丈夫。
 あれは夢なんかじゃない。男の子はいる。シロツメクサの花が部屋に落ちていたんだ、夢じゃない。
 野原に着くと男の子が笑顔で手を振っていた。駿はホッとして手を振り返す。

「駿くん、何をしているの」
「えっ、何って」

 早苗はおかしなことを言う。

「気にしない。気にしない」

 男の子にそう言われてまあいいかとシロツメクサを摘み出した。
 シロツメクサの花冠の作り方は男の子が教えてくれた。
 なるほどと感心していたら男の子は「わかったら作ってあげて」と促した。
 駿は教わった通りにゆっくりだけど花冠を作っていく。早苗も作り方は知っていたみたいで一緒に手伝ってくれた。
 早苗と二人で作ったおかげでシロツメクサの花冠はあっという間に完成した。

「できたね」と駿は早苗の頭の上にのせてあげると「似合う」早苗が訊いてきた。
「うん、似合っているよ。早苗ちゃん、かわいい」

 早苗ははにかみつつ「ありがとう」と頬にキスをしてきた。
 カァーッと顔が熱くなり身体が硬直する。
 一体全体どうしちゃったのだろう。胸の奥で心臓が暴れている。

「この花の冠、大事にするね」
「う、うん」

 駿はすごく嬉しくなった。男の子にお礼を言わなきゃと思ってあたりを見回したがどこにもいなかった。早苗にも訊いてみたのだがそんな男の子は知らないって言うばかり。
 どいうことだろうと思いつつ家路に着いた。
 その夜、駿はまた熱を出して倒れてしまった。
 そのときまた人の言葉を話すホツマが夢に出てきた。けど男の子は姿を現さなかった。
 またしても一週間ほど寝込んでしまうなんて思わなかった。
 熱が下がり目覚めたあと、クローバーの野原の話を祖父に話したらなぜだか物凄く怒られてしまった。

「あんなところに行くから具合が悪くなんだ。二度と行くんじゃないぞ。それと庭のコンコン様に手を合わせて守ってもらうんだぞ」

 祖父に言われた通り庭にある小さなお稲荷様に手を合わせた。
 本当にお狐様が守ってくれるのだろうか。というかなぜ守ってもらわなきゃいけないのだろう。あの野原には悪い何かがいるのだろうか。だから行っちゃダメだなんて言うんだろうか。その前にこんな小さな祠にお狐様がいるのだろうか。空っぽってこともあるんじゃ。
 あっ、ホツマだ。

「ホツマもお狐様に願い事しに来たの」

 ホツマの顔を見ていたらそう思えた。じっと祠ばかり見ているんだもの。

「なあ、ホツマ。おじいちゃんはあのクローバーがいっぱいの野原に行っちゃダメって言うんだ。どうしたらいいと思う。約束したんだ。友達になったんだ。また会おうって」

 ホツマは何も答えてくれない。
 夢みたいに話すわけがないか。
 どうしたらいいのだろう。
 あそこは昔よくないことがあった地だったらしいけど、よくないことってなんだろう。詳しくは教えてくれなかった。
 バレなきゃ大丈夫かもしれないと何度も行こうとしたけど祖父の目から逃れることはできなかった。そこまで監視しなくてたっていいのに。

 一週間、一ヶ月、半年と会えずに時だけが経過していく。男の子は寂しがっていないだろうか。
 そんなとき、父の仕事の関係で引っ越すことになってしまった。
 引っ越す前に会いに行きたい。さようならだけでもしたい。けど野原には行けなかった。男の子のことを考えると胸が痛んだ。

『ごめん、友達だって言ったのに』





 お別れの日。
 早苗は涙目になっていた。
 早苗だけじゃない自分も泣けてきてしまった。

「駿くん、私、さようならは言わない。だって、また会えるはずだもん。そうでしょ」

 早苗はそんなことを口にして涙を拭った。
 駿は何も言葉を言えずただ頷く。手を振り続ける早苗を車の後部座席から同じように手を振り見えなくなるまで見続けた。

 あっ、ホツマだ。
 早苗の隣にちょこんと座るホツマをみつけてホツマにも手を振った。ホツマにはさようなら言えなかった。あいつ、わかっているだろうか。猫だからお別れなんてわからないかもしれない。
 駿は項垂れて後部座席に深く座った。
 また会えるだろうか。
 引っ越し先はずいぶん遠くらしい。なかなか帰って来られないかもしれない。そう思うと涙が止まらなくなった。

『早苗ちゃんと離れたくないよ。ホツマとも一緒にいたかった。けど、パパとママとも離れたくない』

 仕方がないことなんだ。

 駿は小さく息を吐くと流れゆく景色をぼんやり見続けた。一瞬、目をつり上げた男の子の顔が見えた気がして後方を確認したが誰もいなかった。
 駿は首を傾げて座り直す。
 気のせいだ、きっと。

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