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第一章 わが家は不可思議なことばかり
8 バレリーナの女の子
しおりを挟む修也が帰ったあとエマのところに急ぐとなにやら歌声が聞こえてきた。
「くるくるりん、くるくるりん。お空にお花がパッと咲く」
部屋に入るとエマが歌いながらバレリーナみたいに両手を上げてクルクルと回っていた。不思議なのは本当にエマの上に花が先クルクル回りながら落ちてきていることだ。あれは、蓮の花だろうか。見ているだけで癒される。それにしてもエマのダンスはちょっとぎこちない。まあ、そのぎこちなさが見ているほうとしては寛げるのかもしれないけど。それよりも狐神様のほうだ。
本物のバレリーナみたいに綺麗な回転をして踊っている。ただ小さくてまるまるした姿を見ると笑いたくなってしまう。からくり人形みたいにも思えた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、こっちこっち。一緒に踊ろう」
いやいや、一緒になんて踊れない。そんなことよりも狐神様に話を聞きたい。
「ごめん、ちょっと狐神様に話しがあるんだけど」
「んっ、おいらにか」
ぴょんと飛び跳ねて頭の上に乗って来た。
「ちょっと、ちょっと。なんで頭の上なんだよ」
「まあ、かたいこと言わずにおいらと語り合おうじゃないか」
語り合おうってやつが頭の上に乗ってくるかよ。
狐神様は頭の上から床に飛び降りてじっとみつめてくる。なんだかすごい目力だ。姿だけはぬいぐるみみたいに可愛いのに。やっぱり神様だ。緊張してきた。
「あ、あのさ。修也の話は本当なんだよね」
「うむ、そうだな」
「じゃ、なんで守れなかったの」
「それは、そういう運命……いや宿命だな。おいらでも変えることはできない。けど、すまない」
狐神様は下を向いて暗い顔をしていた。僕はそんな狐神様に申し訳ない気持ちになってしまった。
「あっ、その。僕、責めているわけじゃないからね。狐神様も辛いんだよね。ごめん」
「なになに、お兄ちゃんももふもふ様も病気になっちったの。どこか、痛い痛いなの」
「えっ、あっ、病気じゃないよ。エマ、大丈夫だからね」
「ほんとに。ほんとのほんとに」
僕はニコリとしてエマに頷いてみせた。
狐神様はというとまたしてもクルクルと回りはじめた。
「ああ、エマもやる。バレリーナさん踊ろう」
えっ、バレリーナさんって。よく見ると奥にバレリーナの格好をした女の子が座っていた。今日の幽霊はあの女の子なのか。まだ僕とそんなにかわらない年に見えるのに。けど、笑顔だ。ここに来た幽霊はみんな笑っている。エマのおかげなのだろうか。ゴマは部屋の隅っこで丸くなって寝てしまっている。
あれ、僕はなにをしに来たんだっけ。
あっ、火事のことだ。
宿命だったっけ。よくわからないけど、狐神様でも変えられないことってあるみたいだ。そういうこともあるのか。
「侑真、念のため言っておくが決して死は悲しいことではないぞ。ここに来る幽霊たちを見ればわかるだろう。わかりやすく言えば死とは、まあ、あっちの世界に里帰りするって感じかもな」
里帰りか。
「お兄ちゃん、ほら踊ろうよ」
エマが手を引っ張って女の子の幽霊の前に連れていく。あれ、この子どこかであったことなかっただろうか。同じ小学校なのかもしれない。
「エマ、僕は踊れないよ」
「なんで、どうして。くるくるりんだよ。簡単でしょ」
まあ、エマみたいなのだったら簡単だけど。
「まあ、手伝え。踊りたくないならこの子の話でも聞くといい」
「は、はい」
狐神様に睨まれて思わず返事をしてしまった。やっぱり狐神様は怖いのかも。僕はごくりと生唾を呑み込み女の子の前に正座をした。ゴマに叩かれても笑っていたのに、エマとも楽し気にしていたのに。
「おいおい、そんなに緊張するなって。おいらは侑真のこと好きだからさ。睨んでごめん」
狐神様はなぜか頭の上に乗って謝ってきた。やっぱり変な狐神様だ。
そうかと思うと、ゴマが膝の上に乗り身体を伝って上に登ろうとしてきた。
「ゴマ、痛いよ。ちょっと」
ゴマは頭の上の狐神様を目指しているみたいだ。ゴマの爪が痛い。どうにかしなきゃ。
「きゃはは。エマもエマも」
エマまで背中に抱きついてきてしまった。
ああ、もう。僕はおもちゃじゃないのに。
「ゴマ、痛いよ。ああ、エマ引っ張っちゃダメだって。もう、狐神様、頭から降りてよ」
そんなことをしているうちにエマの重さに耐えられずひっくり返ってしまった。
「あーあ、お兄ちゃん、倒れちった」
腹の上でゴマが「グゥギャギャッ」と鳴いてぴょんと飛びおりた。頭の上にいた狐神様もいつの間にか女の子の幽霊のところにいる。エマも「はい、ドーナツどうぞ」とおもてなしの続きをしていた。
こんなんでいいのか。まあいいか。
僕は幽霊と話をすればいいのだろう。なら、やってみるか。
「あの、僕は侑真です。もしかして僕と同じ若宮小学校じゃないかな」
笑みを浮かべてこくんと頷く女の子。やっぱり。
「私はチナ」
「チナちゃんか。あのさ、どうしてここに」
「私ね、マンションの屋上から飛び降りたの」
えっ、飛び降りた。それって自殺ってこと。チナから笑顔が消えて目元にキラリと光るものが映った。
「ああ、お兄ちゃんが泣かせた。いーけないんだ、いけないんだ」
「あっ、ごめん。僕、そんなつもりじゃ」
「いいの、大丈夫。けど、全部聞いてほしいかも。だから話すね」
チナは涙を拭って微笑んだ。
「私ね、虐められていたんだよね」
虐めか。それで自殺。なんだか気持ちが沈んでいってしまう。僕の学校にも虐めがあるのか。
「ねぇねぇ、イジメってなーに」
「エマはわからないか。えっとね」
わかりやすく説明するにはなんて言えばいいだろうか。
「簡単に言ったら、すごく嫌なことされることだな」
「イヤなこと。キライなニンジンさんを食べることもそうなの」
「エマ、それは違うぞ。母さんはエマを虐めているわけじゃないからな。エマのことを思ってそうしているんだぞ」
「うん、でもニンジンさん食べたくないもん。嫌なことだよ」
エマは小首を傾げてキョトンとした顔をしている。
「仲間外れにされたり、大切なもの取られたり壊されたりとかかな。たとえば、ゴマをわけもなく叩いたりすることも虐めかな」
「ええっ、ゴマしゃん叩いたらダメ。そんなのイヤだ」
ゴマを守ろうとするエマに笑みを零した。
「そうだろう」
「イジメはダメ」
すぐ隣で狐神様は「おいらはゴマに叩かれているけどな。あれは結構痛いぞ。なーんてね」とぼそりと呟いていた。確かに、けどそれは虐めじゃない。たぶん。そう考えると虐めの説明って難しい。
「あの、私……」
「辛かったね。エマ、何か美味しいものチナちゃんにあげようか」
「うん、なにがいいかな。おねえちゃん、ケーキ好きかな」
「大好き」
「じゃ、イチゴちゃんのケーキでておいで」
エマの言葉に狐神様がクルンと回転するとパティシエの格好に早変わりしてぴょんぴょんと跳ねていた。これはいったい何をしているのだろう。あれでケーキが出来上がるのか。そう思っていたら、何もないところからポンとの音とともにイチゴのショートケーキが飛び出してきて皿の上に乗った。
「はい、どうぞ」
「美味しそう」との感嘆の声をあげてチナは最初にイチゴをパクついた。頬を押さえて満面の笑みを浮かべた。
「甘酸っぱくておいしい」
涙目だった顔が晴れやかになっていた。
ここはそういう場所なのかもしれない。わが家は迷える幽霊を救う場所。そういうことだ。あっ、ならチナとはもう会えないってことなのか。それは嫌だ。なぜか僕はそう思ってしまった。胸の奥が苦しくなった。
「どうだ、エマは悲しみを抱えた幽霊も笑顔に変えさせる力があるのだぞ。すごいだろう」
確かに。というか狐神様の力もあるんじゃないのか。
こないだのカレーもそうなのだろう。あのときはよく見えなかったけど、今はケーキがはっきり見える。不思議だ。
「まあ、食は人を喜ばせる力があるとも言えるけどな」
そうか、食べることが笑顔に繋がるのか。
「なあ、狐神様。この子がもっともっと食べれば、もしかしていいことが起こったりするのか。こないだのおじさんみたいに」
「ふむ、起こったりするな。この子もまだうっすらと命の糸が繋がっている」
ああ、なるほど。僕も糸を確認できた。
「えっと、チナちゃん。何かもっと食べたいものはないかな」
「えっ、何か。うーん、食べたいものか。お母さんのハンバーグが食べたい」
おお、これはもしかすると。狐神様と顔を向き合い抱き合った。
「ああ、お兄ちゃんずるい。エマを仲間外れにしたらダメだよ。それ、イジメなんだからね」
「ごめん、ごめん。エマ、ハンバーグだって。できるかな」
「うん、できるよ。美味しい、美味しいハンバーグさんでておいで。アツアツではふはふいっちゃうハンバーグ。ニンジンさんはいらないよ」
最後の言葉に僕は思わず吹き出してしまった。
気づくといい匂いのする肉汁がジュワッと出てきそうなふっくらしたハンバーグが皿に乗っていた。狐神様はいつの間にかコック姿になっていた。こんなコックがいたら絶対に行きたくなる。狐のレストランあったらいいのに。ふとそんなことを考えてしまった。
チナは一口食べて「ああ、お母さんの味がする」と目に涙を溜めていた。
美味しい、美味しいと口にしながらハンバーグを頬張っている。
「お母さん、ごめんなさい。私、私……」
「はい、これもどうぞ。バナナ牛乳だよ」
チナはハッとしてエマを見遣る。
「どうぞ」
チナは頷き、バナナ牛乳を一口飲んだ。
「これ、お母さんがよく作ってくれたものと同じだ。どうして」
エマは狐神様と僕に顔を向けてニコリとした。
どこからともなく光が差し込んだ。まさかあの世からのお迎えが来てしまったのか。どうしよう。
女の人の声がする。涙声だ。お迎えじゃないのか。
「チナ、チナ。どうしてこんなことに。目を開けてお願いだから……」
チナはその声に顔を上げて声のしたほうへ目を向けた。
「お母さん」
チナは呟くとともに光の中へと姿を消した。
「やったー、もふもふ様、やったね」
エマは狐神様とハイタッチをしていた。僕も手を挙げるとエマがパチンとハイタッチしてくれた。
「お兄ちゃん、やったね」
エマの笑顔はすごく眩しい。なんだかすごくいいことをしている気分だ。チナはあの世に行くこともなく生き返ったはずだ。
「あの子はまだ死ぬ運命じゃなかったってことだな」
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