わが家のもふもふ様

景綱

文字の大きさ
18 / 39
第二章 幽霊たちのおもてなし

7 悪魔のささやき

しおりを挟む

 エマはどこへ行った。

「母さん、エマはどこ」
「侑真、エマなんか叫んで外へ出て行ったけど、なにかあったの」
「母さん、ちょっとケンカしちゃったんだ。ごめん」
「そうなの。けど、エマがなにかわがまま言ったんでしょ。しかたがないわね。侑真、エマと仲直りしなきゃね」
「うん」

 母は怒らなかった。なんとなくわかっていたのかもしれない。というか聞こえていたかも。
 エマは庭の隅っこで泣いていた。
 どうしたらいいのか正直わからない。あの男の子を助けたい気持ちはわかるけど、すでにあの世に行ってしまった。おじさんの悲しみを癒すことはできない。あの世へ行って連れ帰るなんてこともできるわけがない。神様が無理だと言っているのに僕ができるはずがない。
 どうにかエマにわかってもらうしかない。けど、エマの泣き声が僕の足を止める。
 エマを慰めて納得させる自信はない。
 ヒックヒックとの声とともに背中を震わせるエマ。
 僕も泣きたくなってきた。
 あっ、父だ。エマになにか話をしている。頷くエマがいる。いったいなにを話しているのだろう。まだエマはヒックヒック言わせているけど大丈夫なのだろうか。

「父さん」

 父はニコリと微笑み近づいてくると「侑真、ごめんな。まだおまえも子供だっていうのに大人の役目をさせてしまって」と口にして抱きしめた。
 父のぬくもりに僕の目からじわりじわりと涙が溢れ出てくる。

「ごめんな、父親役なんてさせて」

 父は僕の頭を撫でてくれた。

「僕、僕、大丈夫だよ。頑張るから」
「そうか、偉いな。けど、無理はするなよ。辛くなったお父さんを呼ぶんだぞ」
「うん」

 目の端にエマが映り込み、そうだエマを慰めてやらなきゃ。
 父から離れて僕はエマのところへ足を向けた。
 僕はエマの横にしゃがみ込み肩に手を置き「ごめんな、エマ」と声をかけた。いつも暴れている子猫たちはエマに寄り添いながら上目遣いでエマの顔を覗き込んでいた。子猫なりに泣いているエマを慰めているのかもしれない。ゴマもやってきてエマの膝に手を置き「グゥギャ」と鳴いた。

「エマ、みんな心配してくれているよ。エマが陽太くんのことを思うようにみんなだってエマのことを思ってくれているんだよ」
「うん、でもエマ……」

 潤んだ瞳でみつめられるとどうしていいのかわからなくなる。僕の瞳もまだ潤んでいるからエマの顔がちょっとぼやけて見える。けど、今はエマのことを考えよう。僕の大切な妹だから。

「ごめんな、お兄ちゃんなんにもできなくって」
「ううん、そんなことないよ。パパも言っていたもん。だから、ごめん」

 父が何をエマに話したかはわからないけど、父に感謝しなきゃ。こういうとき、幽霊でも父がいてくれることが嬉しく思う。ちょっと変だけど。

「そうだ、エマ。陽太くんのことは無理だけどおじさんを元気づけに行ってあげようか」
「えっ、おじさんを」

 エマは涙を拭って目を見開いた。

「そうだよ、おじさんはきっと今のエマみたいに泣いているかもしれないだろう。僕たちが言って元気づけてあげたら少しは笑顔になるかもしれないだろう」
「うん、そうだね。それいいかも」

 エマがやっと笑ってくれた。まだ潤んだ瞳をしているけど口角は上がっている。よかった。

「ふん、馬鹿な人間だ。おまえら狐に化かされているだけだ。本当はあの世からあの子を連れ戻すことなど容易いことだというのに」
 えっ、誰だ。どこにいる。

「エマ、今の声聞こえたか」
「う、うん」

 エマも猫たちもキョロキョロと見回している。

「我はあの世の住人だ。我があの世へ連れて行ってやるぞ。そうすればうまくいく。皆、幸せだ」

 もしかして、あの烏か。庭のモクレンの木にいる。

「本当なの。陽太くん帰ってくるの」
「ああ、本当だ。だから狐の言うことなんか無視すればいい」

 やっぱりそうだ、あの烏が話している。

「えっ、でも、もふもふ様はいいキツネさんだよ」
「だから馬鹿かって言っているんだ。いいように使われているだけだ。用済みになったらポイッと捨てられて終わりだ。つまり、皆死ぬ。それでもいいのか」

 嘘だ、そんなはずは……。
 なんでだろう、否定できない。どこかでそうかもと僕は思ってしまっている。もふもふ様なんて呼んでいるけど狐神様は怖い存在かもしれない。心のどこかでそう思っていたのかも。いやいや、そんなことはないはずだ。馬鹿な考えは捨てなきゃ。けど……。

「違う、違う、違うもん。もふもふ様は悪くなんかないもん。死なないもん。お兄ちゃん、そうだよね」
「えっ、それは……」

 エマは僕とは違った。もふもふ様を完全に信じている。僕は間違っているのだろうか。

「ふふふ、そっちの坊主は狐が悪者だと思っているみたいだぞ」
「えっ、そうなの。お兄ちゃん」
「ば、馬鹿言うな。そんなこと、ないって」
 顔が引きってしまった。エマがじっとみつめてくる。どうしよう、僕の心が揺れ動いていることに気づかれてしまっただろうか。

「ふふふ、坊主。こっちへ来い。あの世へ連れて行ってやるから助けてやればいい」

 助けられるのなら、そのほうがいい。エマはきっと喜ぶ。

「本当に助けられるんだな」
「ああ、おまえがあの世へ行けばな」
「わかった。エマ、僕が陽太くんを連れてくるから待っていろ」
「う、うん。けど、大丈夫なの」
「大丈夫さ、任せろ」
「侑真、ダメだ」

 えっ、今の声は。振り向いたがそこには誰もいなかった。父の声だと思ったのに。

「ほら、こっちへ来い」
「グゥギャギャ」

 えっ、ゴマか。

「いてぇ」
「ゴマ、何をするんだ。痛いって、離せよ」

 ゴマがすねに爪を立ててギュッと握っていた。

「ゴマしゃん、ダメ。いたい、いたいでしょ」

 そうかと思ったら三匹の子猫たちまで僕の足にしがみついてきた。なんだ、どうした。
 そのとき一陣の風が吹き荒れて烏が叫び声をあげて消え去った。

「阿呆、おまえ死ぬところだったんだぞ」

 もふもふ様が頭の上に乗って来た。死ぬところだったって、どういうことだ。

「なに、なに、もふもふ様、なにがなんなの」
「おまえらは悪魔のささやきに囚われていたんだ。ゴマに助けられたな」
「助けられた。僕が」

 悪魔の声だったのか、さっきのは。けど、ゴマに助けられたって。

「鈍い奴だな。あのままあの世へ行っていたらおまえは帰って来られなかったってことだ。まんまと悪魔の術中にはまるところだったってことだ。阿呆が」
「なんだよ、阿呆って言うな。僕はただ……」
「まあ、おまえは人が良過ぎるな。エマもだが」
「ふん、それならなんでもふもふ様はすぐに助けてくれなかったんだよ」
「いやぁ、それはその。すまん。悪魔の結界があまりにも強力で。あはは」
「あはは、じゃないよ」
「めんぼくない。おいら、まだまだ下っ端狐神だからな」

 僕は死ぬところだったのか。ゴマが引き止めてくれなかったら今頃……。そう考えたら震えがきた。

「お兄ちゃん、よかったね。ゴマしゃんにおもてなししなきゃ」
「そうだな。もふもふ様は頼りないけど、ゴマは頼りになるな」
「おい、それは言い過ぎだぞ。おいらがいなきゃ悪魔を排除できなかったんだぞ」
「ええ、本当に。結界も破れなかったのに排除なんてできないだろう」
「そ、それはだな。あはは。すまん、嘘をついた。白狐様が悪魔をやっつけてくたんだ。あとでお礼に行けよ」

 なるほど、そういうことか。

「いますぐ、行こう。お兄ちゃん。ね、ね、エマ、大きな真っ白なもふもふ様に会いたい」
「じゃ、行こうか」

 そうだ、おじさんのこともどうにかしてあげなきゃ。きっと落ち込んでいるはず。白狐様にも訊いてみようか。いや、もふもふ様がうちにはいるしお礼だけ言いに行こう。チラッと後ろを振り返るともふもふ様が肩を落としてとぼとぼとついて来ていた。
 ちょっと言い過ぎたかも。傷ついちゃったかも。

「もふもふ様」
「なんだよ」
「僕さ、本当はもふもふ様のこと大好きなんだよ。だからさっきはごめん。言い過ぎた」
「エマもだーーーいすき」

 もふもふ様の顔がパッと明るくなったかと思ったら、エマの頭の上にぴょんと乗ってきた。なんだかわかりやすいもふもふ様だ。

「ほら、行け。白狐様に感謝するのだぁ」

 ふと視線を感じて後ろに目を向けると父が微笑んで手を振っていたかと思うとスッと姿を消した。幽霊の父か。エマは霊感が強いし、もふもふ様はいるし、猫たちは自由気ままでわが家はおかしな家族だ。

しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...