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第二章 幽霊たちのおもてなし
7 悪魔のささやき
しおりを挟むエマはどこへ行った。
「母さん、エマはどこ」
「侑真、エマなんか叫んで外へ出て行ったけど、なにかあったの」
「母さん、ちょっとケンカしちゃったんだ。ごめん」
「そうなの。けど、エマがなにかわがまま言ったんでしょ。しかたがないわね。侑真、エマと仲直りしなきゃね」
「うん」
母は怒らなかった。なんとなくわかっていたのかもしれない。というか聞こえていたかも。
エマは庭の隅っこで泣いていた。
どうしたらいいのか正直わからない。あの男の子を助けたい気持ちはわかるけど、すでにあの世に行ってしまった。おじさんの悲しみを癒すことはできない。あの世へ行って連れ帰るなんてこともできるわけがない。神様が無理だと言っているのに僕ができるはずがない。
どうにかエマにわかってもらうしかない。けど、エマの泣き声が僕の足を止める。
エマを慰めて納得させる自信はない。
ヒックヒックとの声とともに背中を震わせるエマ。
僕も泣きたくなってきた。
あっ、父だ。エマになにか話をしている。頷くエマがいる。いったいなにを話しているのだろう。まだエマはヒックヒック言わせているけど大丈夫なのだろうか。
「父さん」
父はニコリと微笑み近づいてくると「侑真、ごめんな。まだおまえも子供だっていうのに大人の役目をさせてしまって」と口にして抱きしめた。
父のぬくもりに僕の目からじわりじわりと涙が溢れ出てくる。
「ごめんな、父親役なんてさせて」
父は僕の頭を撫でてくれた。
「僕、僕、大丈夫だよ。頑張るから」
「そうか、偉いな。けど、無理はするなよ。辛くなったお父さんを呼ぶんだぞ」
「うん」
目の端にエマが映り込み、そうだエマを慰めてやらなきゃ。
父から離れて僕はエマのところへ足を向けた。
僕はエマの横にしゃがみ込み肩に手を置き「ごめんな、エマ」と声をかけた。いつも暴れている子猫たちはエマに寄り添いながら上目遣いでエマの顔を覗き込んでいた。子猫なりに泣いているエマを慰めているのかもしれない。ゴマもやってきてエマの膝に手を置き「グゥギャ」と鳴いた。
「エマ、みんな心配してくれているよ。エマが陽太くんのことを思うようにみんなだってエマのことを思ってくれているんだよ」
「うん、でもエマ……」
潤んだ瞳でみつめられるとどうしていいのかわからなくなる。僕の瞳もまだ潤んでいるからエマの顔がちょっとぼやけて見える。けど、今はエマのことを考えよう。僕の大切な妹だから。
「ごめんな、お兄ちゃんなんにもできなくって」
「ううん、そんなことないよ。パパも言っていたもん。だから、ごめん」
父が何をエマに話したかはわからないけど、父に感謝しなきゃ。こういうとき、幽霊でも父がいてくれることが嬉しく思う。ちょっと変だけど。
「そうだ、エマ。陽太くんのことは無理だけどおじさんを元気づけに行ってあげようか」
「えっ、おじさんを」
エマは涙を拭って目を見開いた。
「そうだよ、おじさんはきっと今のエマみたいに泣いているかもしれないだろう。僕たちが言って元気づけてあげたら少しは笑顔になるかもしれないだろう」
「うん、そうだね。それいいかも」
エマがやっと笑ってくれた。まだ潤んだ瞳をしているけど口角は上がっている。よかった。
「ふん、馬鹿な人間だ。おまえら狐に化かされているだけだ。本当はあの世からあの子を連れ戻すことなど容易いことだというのに」
えっ、誰だ。どこにいる。
「エマ、今の声聞こえたか」
「う、うん」
エマも猫たちもキョロキョロと見回している。
「我はあの世の住人だ。我があの世へ連れて行ってやるぞ。そうすればうまくいく。皆、幸せだ」
もしかして、あの烏か。庭のモクレンの木にいる。
「本当なの。陽太くん帰ってくるの」
「ああ、本当だ。だから狐の言うことなんか無視すればいい」
やっぱりそうだ、あの烏が話している。
「えっ、でも、もふもふ様はいいキツネさんだよ」
「だから馬鹿かって言っているんだ。いいように使われているだけだ。用済みになったらポイッと捨てられて終わりだ。つまり、皆死ぬ。それでもいいのか」
嘘だ、そんなはずは……。
なんでだろう、否定できない。どこかでそうかもと僕は思ってしまっている。もふもふ様なんて呼んでいるけど狐神様は怖い存在かもしれない。心のどこかでそう思っていたのかも。いやいや、そんなことはないはずだ。馬鹿な考えは捨てなきゃ。けど……。
「違う、違う、違うもん。もふもふ様は悪くなんかないもん。死なないもん。お兄ちゃん、そうだよね」
「えっ、それは……」
エマは僕とは違った。もふもふ様を完全に信じている。僕は間違っているのだろうか。
「ふふふ、そっちの坊主は狐が悪者だと思っているみたいだぞ」
「えっ、そうなの。お兄ちゃん」
「ば、馬鹿言うな。そんなこと、ないって」
顔が引き攣ってしまった。エマがじっとみつめてくる。どうしよう、僕の心が揺れ動いていることに気づかれてしまっただろうか。
「ふふふ、坊主。こっちへ来い。あの世へ連れて行ってやるから助けてやればいい」
助けられるのなら、そのほうがいい。エマはきっと喜ぶ。
「本当に助けられるんだな」
「ああ、おまえがあの世へ行けばな」
「わかった。エマ、僕が陽太くんを連れてくるから待っていろ」
「う、うん。けど、大丈夫なの」
「大丈夫さ、任せろ」
「侑真、ダメだ」
えっ、今の声は。振り向いたがそこには誰もいなかった。父の声だと思ったのに。
「ほら、こっちへ来い」
「グゥギャギャ」
えっ、ゴマか。
「いてぇ」
「ゴマ、何をするんだ。痛いって、離せよ」
ゴマが脛に爪を立ててギュッと握っていた。
「ゴマしゃん、ダメ。いたい、いたいでしょ」
そうかと思ったら三匹の子猫たちまで僕の足にしがみついてきた。なんだ、どうした。
そのとき一陣の風が吹き荒れて烏が叫び声をあげて消え去った。
「阿呆、おまえ死ぬところだったんだぞ」
もふもふ様が頭の上に乗って来た。死ぬところだったって、どういうことだ。
「なに、なに、もふもふ様、なにがなんなの」
「おまえらは悪魔のささやきに囚われていたんだ。ゴマに助けられたな」
「助けられた。僕が」
悪魔の声だったのか、さっきのは。けど、ゴマに助けられたって。
「鈍い奴だな。あのままあの世へ行っていたらおまえは帰って来られなかったってことだ。まんまと悪魔の術中にはまるところだったってことだ。阿呆が」
「なんだよ、阿呆って言うな。僕はただ……」
「まあ、おまえは人が良過ぎるな。エマもだが」
「ふん、それならなんでもふもふ様はすぐに助けてくれなかったんだよ」
「いやぁ、それはその。すまん。悪魔の結界があまりにも強力で。あはは」
「あはは、じゃないよ」
「めんぼくない。おいら、まだまだ下っ端狐神だからな」
僕は死ぬところだったのか。ゴマが引き止めてくれなかったら今頃……。そう考えたら震えがきた。
「お兄ちゃん、よかったね。ゴマしゃんにおもてなししなきゃ」
「そうだな。もふもふ様は頼りないけど、ゴマは頼りになるな」
「おい、それは言い過ぎだぞ。おいらがいなきゃ悪魔を排除できなかったんだぞ」
「ええ、本当に。結界も破れなかったのに排除なんてできないだろう」
「そ、それはだな。あはは。すまん、嘘をついた。白狐様が悪魔をやっつけてくたんだ。あとでお礼に行けよ」
なるほど、そういうことか。
「いますぐ、行こう。お兄ちゃん。ね、ね、エマ、大きな真っ白なもふもふ様に会いたい」
「じゃ、行こうか」
そうだ、おじさんのこともどうにかしてあげなきゃ。きっと落ち込んでいるはず。白狐様にも訊いてみようか。いや、もふもふ様がうちにはいるしお礼だけ言いに行こう。チラッと後ろを振り返るともふもふ様が肩を落としてとぼとぼとついて来ていた。
ちょっと言い過ぎたかも。傷ついちゃったかも。
「もふもふ様」
「なんだよ」
「僕さ、本当はもふもふ様のこと大好きなんだよ。だからさっきはごめん。言い過ぎた」
「エマもだーーーいすき」
もふもふ様の顔がパッと明るくなったかと思ったら、エマの頭の上にぴょんと乗ってきた。なんだかわかりやすいもふもふ様だ。
「ほら、行け。白狐様に感謝するのだぁ」
ふと視線を感じて後ろに目を向けると父が微笑んで手を振っていたかと思うとスッと姿を消した。幽霊の父か。エマは霊感が強いし、もふもふ様はいるし、猫たちは自由気ままでわが家はおかしな家族だ。
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