カラー・マン

上杉 裕泉

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 水野対外惑星大使の案件は、要するに初接触する異星人とのパーティーに出席してほしいとのことだった。
 独特な風味のする茶を一気に飲み干し彼は疑問をぶつけた。
「一体、なぜ私なのでしょう」
「もちろん大きな理由があります。まず、今回接触する彼らの文化的背景が関係しているのです。ウルサゴ人は身に付ける色を非常に重視します。その色は人物の性別に始まり、位や職業に応じて完全に決まるそうなのです」
「…………まるで冠位十二階ですね」
「おっしゃるとおり。それもそのはず、この文化は日本を起源とするらしいのです」
「ほう!」
「先方が提示した文献によると、彼らは大昔の古代日本に幾度も訪れた形跡があったのです。実際に調査したところ、現代ウルサゴにも日本語を由来とする色名が数多く残っていたのです」
「……なるほど、それで日本人というわけですか」
「そして長官でなければならない理由がもうひとつあります。ずばりアロン人との実績です。まさか二国間協議中に突然落ちてきた飛翔体に、自分から近寄って話しかける人なんて今後も現れないでしょう。しかし長官はそれをやってのけた。あなたが大胆に語りかけたことで、ファーストコンタクトは成功したのです。実は今回のお相手のウルサゴ人は、かねてよりアロン人と交流があったそうで。実のところ先方からのご指名なのです」
 あのときも実は今回と同じような状況で、翌週末に迫ったゴルフコンペまでには何としても片付けたかった―なんて口が裂けても言えない。
「……なるほど。確かにご指名とあらば引き受けるしかありません。しかし私はウルサゴ人について君が教えてくれたことしか知りません。どんな姿をしているかもわかっていない。彼らについて詳しく説明してくれませんか」
「承知しました。ではこちらをご覧ください」
 そう言って秘書が腕に付けた端末に触れると、部屋の中央に立体映像が現れた。地球と惑星ウルサゴが隣り合って映し出され、それは地球よりやや小さく見えた。
「ウルサゴ人はファーラン系第四惑星を起源とする種族です。この星の大気組成の特徴は酸素が20.82%と地球よりやや濃い程度、表面重力は0.92倍という惑星です。実際の彼らを映像でご覧頂きましょう。これはウルサゴ代表政府主体の移住プロモーションビデオです。彼らはこのような特徴的な頭頂部を持ち、いわば「きのこ」のような外見をしています」
 彼女の言うとおり、映像の中で動くのは真っ白なきのこの大群で、どれも軸の部分にカラフルな布を巻いていた。根本から生える無数の触手が足の役割を果たし、時折笠の下から伸びる二本の触手が別個体とふれ合う。おそらく個体間でコミュニケーションを取っているのだろう。しかし映像からわかったのはそれくらいで、彼らの年齢も性別も、全く区別が付かなかった。その大きさに違いはあれど、すべてが白い「きのこ」なのだ。見分けられるとすれば、それは彼らが胴に巻いた色の違いくらいだった。
 そうしてようやく、彼は自分が何を求められているのか悟ったのである。
「……なるほど。わたしに色を見分けろということですね」
「さすが長官話が早い。長官には相手方の身につけるであろう色を覚えていただきます。会場は衛星あかつき。当日はウルサゴの様々な要人がいらっしゃいますから、まず召し物の色で探して頂き、真っ先にご挨拶をしていただくという作戦です」
 作戦という言い方に違和感を持ったものの、断るわけにはいかなかった。色を覚えるくらいならば簡単にできる。そう考えた彼はあっさりと返答した。それが地獄の始まりとは知らずに。
「―わかったいいだろう。引き受けよう」
「ありがとうございます」
 そう言った彼女の目が笑っていないことに気付いた朝倉はふと訪ねた。
「それで、その色とやらは何色なんだね」
「……実は五六色ありますので、今すべて申し上げるのは難しいかと」
「五六?五六だって?」
「はい。五六です」
 彼女の言葉を受けた彼は絶句した。せいぜい三色くらいだろうと高を括っていたのである。何だって?
「―その五六色を全部覚えねばならないのかね?」
「当日はどの色を着られるかわかりませんので」
 そう言われてしまったら、もう何も言えなかった。あまり自信はないがやるしかない。彼の座右の銘は猪突猛進だった。相手が地球人の場合、彼はいつもこの言葉を念頭に努力と根性でやってきたのである。アロン人の時もなんとかできたではないか。
 彼はそう自分を奮い立たせ、再び彼女に問いかけた。やるからには徹底的にやる男である。
「水野君、ちなみにウルサゴには全部で何色あるのだね?」
「長官、すっかりやる気でいらっしゃる。ええとデータベースによると……これはすごい。公用色として約八百はあるとのことですよ」
 ―それを早く言ってくれ。
 彼の叫びは誰にも聞こえることなく、心の中で響いた。
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